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#4 雨の匂いと、あなたの言葉
wki side
彼が会社を辞めてから、もう二週間が経った。
昼間はアルバイト探しをしているらしいが、夜になると必ず「セリーヌ」に現れる。
コーヒーを飲みながら求人誌を眺めたり、カウンター越しに俺と世間話をしたり。
時には皿洗いやカウンター拭きを手伝ってくれることもあった。
「こんなに人が少ない喫茶店って、逆に落ち着きますね」
そう言って笑う顔は、前よりずっと健康的で、声にも張りが出てきた。
カウンターの端に腰を下ろすその姿が、店の風景の一部になっていくのを、俺は心地よく感じていた。
その夜も、いつものようにフライパンを熱し、バターを落とす。
じゅっと響く音に、玉ねぎとピーマンを加えると、甘みと青い香りが一気に広がった。
彼は「この匂いだけで元気出ます」と言いながら、皿やフォークを準備してくれる。
俺が盛り付けを終えると、彼は慣れた手つきでテーブルに置いた。
ナポリタンを食べ終えた後、二人でコーヒーを飲みながら閉店作業を進める。
コーヒー豆の袋を棚に戻す音や、布巾でカウンターを拭く手の動き。
そんなささやかな音の重なりが、夜の静けさと溶け合っていた。
「俺、最近ここで過ごす時間が一番好きです」
ふいに彼が言った。
「……そうですか」
「はい。家にいるより落ち着くんです」
その言葉が、胸の奥で静かに響いた。
ここを避難所にしてくれたらいい_あの日思ったことが、確かに形になっている。
やがて、外で雨の音が強くなった。
閉店時間を過ぎても、彼は「もう少し雨宿りさせてください」と残っていた。
店内はコーヒーとケチャップの残り香に包まれ、外の雨音だけがリズムを刻んでいる。
「もう閉めますか」
「そうですね」
シャッターを下ろし、看板の灯りを消すと、店内は一層静かになった。
戸を開けた瞬間、冷たい雨風が顔を打つ。
彼はフードをかぶらずに外に出て、路地の先をぼんやりと見つめていた。
「送りますよ」
「大丈夫です。……っ…」
その後、何か言おうとしているのが分かったが、言葉が続かなかった。
雨粒が前髪を伝い、頬を濡らしている。
そのせいか、表情がよく見えなかった。
数秒の沈黙の後、彼は小さく息を吸い、俺の方を見た。
「若井さん……俺、あなたのことが好きです」
雨音が一瞬遠のいたように感じた。
告白というものを、こんな深夜の、しかも雨の路地で受けるとは思ってもみなかった。
けれど、その目は冗談でも気まぐれでもなく、真剣さと少しの不安を帯びていた。
返事は、すぐには出せなかった。
ただ、俺はポケットからハンカチを取り出し、彼の濡れた髪を軽く拭った。
「……風邪ひきますよ」
それが精一杯だった。
彼は少し笑って、「じゃあ、また明日も来ます」とだけ言い、雨の中を歩き出した。
背中が小さくなるまで見送った後、俺は静かに店に戻り、コーヒーの香りがまだ残る空気の中で、心臓の鼓動をしばらく落ち着けようとしていた。
_きっと、明日からの夜は、もう少し違って見える。
うわぁ〜短くてすみません
久しぶりに書いたぁ
お待たせしました
コメント
7件
もう最高すぎる~!!これは、またまた絵に描くしかない!! 大森くんのビジュを考えていたら夜は眠れそうにないです、、💓
えっ好きです?!?!?!!?!?🤭🤭 はーーーえぐすき…🫶🏻 早くちゅーしてほしいのが私の願いです😄😄