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33 ◇稲岡珠代と稲岡和彦
北山珠代は高等女学校を卒業したあとは、花嫁修業として家事手伝いをしつつ
家業に興味があったことから時々工場に行き、父親とお茶をして談笑してみたり
敷地内のゴミ拾いや工員たちの様子見などしたりという、もうこの頃から一風
変わったお嬢様であった。
その後、縁談などもチラホラ来ていたが、珠代は釣り書の相手の顔すら見ずに
断り続けていた。
厳しい両親であったならそんなことは許されなかったかもしれないが、それなりに
娘に甘々な父親は縁談拒否を許していた。
それは娘の年齢がまだ10代と若かったこともあるのだが。
********
珠代には近所に住む稲岡和彦という幼馴染がおり、子供時代が過ぎても、
一緒に祭りに出掛けたり近くの神社で待ち合わせして何をするでなく
ぷらぷら歩いたり、そして時には活動写真館へ行ったりと本人たちにしてみれば
子供時代からの延長線上の付き合いであり、恋愛カップルのような意識はなく
付き合っていた。
或る日のこと、いつものように和彦に誘われてカフェへ繰り出した時のこと。
何気に珠代は笑い話として和彦に最近縁談が舞い込むことが多くなってきて
いる話をしたのだが、それを聞いていつになく和彦が黙り込んでしまった。
珠代にしてみれはせ、一緒に笑うところなのにどうしちゃったんだろう
という話で、和彦に疑問を口にした。
「和くん、どうしたの? 難しい顔しちゃって。私の話面白くなかった?」
「面白くない……な」
「そっか、じゃあさ新しい活動写真が来てるみたいだから
今日はそれ行ってみる?」
「いや、行かない。そんな気分になれない」
「分かった。じゃあもう今日はさ、お茶飲んだら帰るとしますか。
ねっ、和くん。また機嫌のいい時に活動写真館へ行こう」
「珠代ちゃん、誰とも見合いするなよ」
「うん、まだしないよっ。結婚しちゃったらこうやって自由に外出てプラプラ
できないしね。20才過ぎてから考えるわ」
目の前の珠代が話す内容を聞いて、和彦は頭が痛くなってくるのだった。
『おいおい、誰と結婚するっていうんだ』と。
「珠代ちゃん、20才過ぎても見合いしたら駄目だ」
「えーっ、そんなの行き遅れ婆になっちゃうじゃない。
嫌よ、そんなの。はははっ。私さ、こう見えても子供産んで
お母さんになるのが夢なのよ」
―――
子育ての大変さなど何も分かっていない小娘は自分の
夢を幼馴染の和彦にうっとりしながら語るのであった
――――