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七月七日、晴れ。抜けるような青空が眼前に広がっていた。
「ああー。気持ちいーっ」うーんと伸びをして彼女が叫んだ。「あーもー、広坂さん! 愛してます!」
「おれもーっ」何事かと見てくる周囲の目線も気にならない。人の多い宇都宮駅前にて。
「……あなたたち、こっちまで聞こえてきたわよ……」車で出迎える夏妃の母が赤面する。「いくら、今日が誕生日で入籍日だからって、……まったく、していいこととしていけないことの区別すらつかないの?」
「母さんはこんなことを言っているけれど、昨夜は泣き通しだったんだよ」車から降り、補足を入れる夏妃の父。「娘が嫁に行くと普通、泣くのは父親のほうなのにね。まったく、あんなに泣かれちゃあ、こっちが我慢せざるを得なかったよ……」
かく言う夏妃の父の目は赤い。するとまた車が止まり、弾丸のように飛び出てくる夏妃の姉が、「夏妃ちゃん! おめでとー」……ハグするのは細田家の慣習かなにかか? 初対面の広坂は、「初めまして」と頭を下げる。
「あおれ、車停めてきますんで」運転する夏妃の姉の夫。後部座席に乗る子どもたちが、夏妃ちゃーん、おめでとー、と手を振り、クラッカーまで鳴らしていた。
宇都宮の滞在は、二時間。スケジュールはタイトだ。
先ず、電撃結婚を果たしたあの芸能人を見習い、日付が変わる午前0時ジャストに婚姻届を提出。カモフラなどいないので、不審に思われることなどなく、無事受理された。まだ薄暗い役所の前にて、あまいキスを交わした。
それから、タクシーで二人は、夏妃のアパートへと向かった。めくるめくあの獣のようなあまい夜を再現する。すべて荷物を引き払い、がらんとした、カーテンだけが残された室内で、床が夏妃に冷たくないかを気遣い、広坂が下になり、何度も何度もセックスをした。揺れる長い髪、たわわな乳房……自分から広坂のペニスを抜き差しする大胆さ。ペニスを頬張るときのちょっと照れた目つき……フルコースで、夏妃は広坂を愛しぬいた。
風呂場でシャワーを浴び、それでもまた飽きることなく性交を重ね、彼女の内腿が精液に濡れてしまうくらいに、求めあった。感じる、ふるえる、夏妃と繋がっている……尊い命の輝く瞬間を、彼は堪能していた。
洗顔と歯磨きを、夏妃は化粧を済ませるとドレッシーな服に着替え、宇都宮へと向かう。新幹線のなかでお弁当を食べた。駅弁は、どこまでも美味い。あのプレイも最高だったねえ? などと言うと夏妃が頬を赤らめた。
宇都宮の夏妃の実家で子どもたちも混ざりパーティーを開く。夏妃は、百合の花を耳のうえにさした。白いドレスに着替え、まさに花嫁そのものだった。
フリースクールのなかで子どもたちが愛の賛歌を歌い上げ、ふたりはキスする。それが、ふたりにとっての結婚式であった。
別れを惜しむ間もなく今度は横浜へと向かう。広坂の両親と守一家に挨拶をし、指輪を受け取る。店にいる皆が祝福してくれた。ああこんなにも恵まれている……ひとと接することの大切さを学んだ広坂であった。
最後は、新宿。宝石のかがやく海のような夜景を見渡せるレストランにて、とびきりの料理を堪能し、改めて広坂が夏妃にプロポーズをする。はい、喜んで……。入籍済みなのにこれをするのはおかしいかもしれないが、どうしてもしたかったのだ。店内は拍手に包まれ、デザートはミニホールケーキ。それに舌鼓を打ちながら広坂は、
「にしても皆にちゃんと言えばいいじゃん? 七月七日生まれの夏の妃なんて、最高じゃん」
「やーでも出来過ぎじゃないですか、もう恥ずかしくって……」白いドレスに身を包む姿が愛らしい。目を細める広坂に彼女は、「それに。実母の名前から一字取ったというのも、ずっとコンプレックスで……」
彼女が言うのは、自分の誕生日のことだ。七夕生まれの妃。出来過ぎな現実に、可愛らしい彼女はちやほやもされたが妬みを買った――小学校の頃に男子にいじめられた。それがトラウマとなってからは、彼女は、自分の誕生日は四月だと公言するようになった。設定した日付は、エイプリルフール。彼女が入社した際に履歴書に目を通した金原は夏妃の本当の誕生日を知っており、であるからこそ、ケーキは誕生日に取っておけと、言おうとしたのであろう。
「これからは、七月七日が、きみの誕生日で――結婚記念日になるんだよ。夏妃」
「うん。ありがとう……」
かちりとグラスを鳴らす。――いろんなことがあった。これからもきっと、いろんなことが起こるであろう……予想も出来ない出来事に出くわすことも、悲しみの涙に暮れることも。それでも、彼らは、ふたりでなら乗り越えられると、信じている。
いま、ここにある現実。
愛するひとが目の前にいる真実――。
宝物のような現実をこころに輝かせながら、二人は、目を合わせて微笑んだ。胸のなかにたちまち熱い感情が流れ出す。おそらくそれは、彼らをあたため続けるであろう。命尽きるそのときまで。
ロマンティックな夜に酔いしれ、帰宅するとふたりは互いの体温を確かめ合った。長い、長い一日であった。然れども、疲れなど、微塵も感じなかった。ドアを閉めるなり、
「譲さん。大好き――」
「ぼくも、愛している……」
ケーキよりも甘いキスをくれるこの男が大好きだ。改めて自分の気持ちを確認しながら彼女は、愛する男と一緒になれたことの喜びに浸り、やがて、彼女のなめらかな肌に触れる彼の手つきに酔いしれながら、ほとばしる情熱に身を任せるのだった。
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