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「こんばんは、奇遇ですね。」
ある夜中
お気に入りのバーで酒を飲んでいると
見慣れた顔が1人、隣に座った。
まるで偶然かのような口振りで。
「君は私の行く先々に現れるねぇ。」
「えぇ、不思議なこともあるものです。」
そう言い、
何事もないようなすまし顔で酒を煽る横顔を盗み見る。
「それにしても、今日の月は見たかい?」
「いいえ。」
「今日は満月でねぇ、とても綺麗なのだよ。」
彼は目線を1度窓の方へ向けた後
またグラスに落とした。
「貴方がそんなことを気にするなんて意外ですね。」
「何を言っているんだい、
あんな素敵なものを見ないなんて馬鹿のすることさ。」
「それは失礼しました。」
それから少し沈黙が流れた後、
やがて彼の方が先に口を開いた。
「太宰くん。」
「なんだい?」
「今晩、どうです?」
いつもと変わらない笑みの彼。
こちらもいつもと変わらぬ笑みで
「嗚呼、もちろん。」
と答えた。
真っ暗の密室
2人の肌が当たる音と
少しの吐息だけが響いている
「…声、抑えないでください」
「貴方の声が聞きたい」
手で口を覆う彼に声をかける
「っ…無理なお願いだよ、すまないね」
ぼくの下で涙目になりながらそう言う彼に
少しの悪戯心が芽生えてしまった
「ならば、ぼくの指を噛んでください」
「…え」
そう言うと彼の手を無理やり引き離し
口の中に指を突っ込んだ
「ッぁ…ちょ、っと…」
少し苦しそうな声を出す彼
嗚呼、愛おしい人
「すみません、激しくしますね」
ぼくは抑えきれなくなった欲望のままに動く
彼の口の端からは涎が流れ
その姿はとても妖艶だった
「あっ…んぅ”ッ…は、」
なおも声を抑える彼
汗と涙で濡れた頬に触れる
「愛してます、太宰くん」
「…知、ってるさっ」
口付けを交わした
彼はどこか嬉しそうだった
「なんであんなことしたのさ」
彼はぼくの手にくっきりついた歯型を眺め
少し不貞腐れたように言った
「だって、声を聴かせてとお願いしても
貴方は応えてくれないでしょう?」
「だからといってねぇ…」
「痛むかい?」
実際、行為に夢中で一切痛くなかった
だが、申し訳なさそうに言ってくる彼を
少し揶揄いたくなってしまった
「ええ、かなり」
嗚呼、悪い癖だ
「…そうか、すまないね」
そう言うと彼はぼくの手を優しく撫でた
「…ふふ、嘘ですよ。
全く痛くありませんのでご心配なさらずに」
彼は少し驚いたような顔をした
そして苦笑した
「ほんと、君には呆れてしまうよ」
深夜3時
2人で布団に潜った
そして彼は顔を合わせないで話し出した
「日本ではね、月が綺麗ですねは
愛してますという意味になるのだよ」
「知っていたかい?」
「いえ、初耳です」
「君でも知らないことがあるのだね」
「ええ、日本とはなんとも面白く興味深い国です」
そうして流れた沈黙
お互い何も発することなく目を閉じた
気まぐれ同士の求愛行動
そこにはそれぞれの頭脳だからこその
不器用な言葉で溢れている