テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「あれ…ここは?」
俺は医局の仮眠室で寝ていたはずだ。なのに今は見たこともない森の中を彷徨っていた。
どこに行っても見えるのは木と、苔と、岩の数々。変わっているような変わっていないような曖昧な空間だった。時間が流れているようで流れていない、風だけがこの森の中を通っていた。
朝露が木の葉の頬をそっと撫でながら落ち、地面に染み込む。そのせいなのか雨特有の匂いが森に充満し、風に揺られて俺の鼻腔を通り抜ける。それだけの出来事が何故か胸の奥深くに刺さって俺の何処かに眠る傷をえぐった。
「っ…。」
胸元をぎゅっと握りしめた。
―なぜこんなにも胸が痛むのか、俺にはどんな傷があるのか、俺は知らない。
歩き続けていて、足の裏から伝わる踏みしめた柔らかな苔の弾力だけが現実に連れ戻してくれた。
一時間以上歩き始めた頃だろうか、この妙な森を歩いていて気づいたことがある。一つ、太陽の位置が先程から変わらないため、ここは現実とは異なる世界だということ。二つ、この場所にはどれだけ歩いても出口が存在しないこと。そして最後に三つ、この世界に俺は来たことがあるということ。なぜだかはわからないけれど胸の痛みと傷をえぐられる感覚からおそらくそうなのだろうと俺は思っている。
「一体ここはどこなんだか…。」
どこかで聞いたことのあるような声が何処かから聞こえるが、その声の在処と内容はわからなかった。そもそも言葉かどうかも曖昧だったのだ。
思い出は優しい顔をしている。けれど本当は、もう二度と触れないものばかりでできている。だから人は時々思いに触れて、自分がどれだけ遠くに来てしまったのかを知る。だが、俺の場合はその輪郭すらも、もはや分からないのだった。
「とりあえず…。」
おれは近くの岩に背を預けて地面に腰を下ろした。
もし時間が本当に流れているのなら、どうして思い出だけは、いつまでも同じ場所に立ったままなのだろう。
「不思議なもんだな…。その思い出すらわからないのに。」
独り言をタラタラと言う中でカサっと僅かに人によって葉が揺らされた音が聞こえた。まさかここに人がいるのかと疑った。俺は立ち上がり、その音の場所に向かった。
「いない…。気のせいだったのか…?」
―でもたしかに音はしたはず。もし人間じゃなかったとしても一人よりはマシだ。
そう思いながらあたりを見渡し、森を歩いているときだった。後ろから強く背中を蹴飛ばされた。
「ほら、行って来い!」
「うわっ…!」
前に倒れるのとほぼ同時に一部の地面に漆黒の穴が広がった。俺はその中に飲み込まれ、その闇の深くへと落ちていった。
#ブラフラ
なみゃ
20
skbn
11
て ぃ あ ら 。
2,081
8
コメント
1件
第6話、読み終わりました。想像の森というより「思考の森」というタイトルがぴったりな、とても内省的な回でしたね。特に「思い出は優しい顔をしている。けれど本当は、もう二度と触れないものばかりでできている」という一文に、胸がぎゅっとなりました。主人公が過去の傷を思い出せないまま、それでも確かに痛みを感じている描写が切ないです。最後の不意の落下、あの「ほら、行って来い!」の台詞から誰かが意図的に彼を別の場所に送り出したように見えて、次が気になります。