スタジアムの熱気、そして控え室に響く国民の歓声に、猛獣の雄叫び。いつでも俺を奮わせる。
「っしゃ!」
控え室の石製のベンチから立ち上がり、闘技場へ出る。
「さぁ姿を表しました!この男こそ我がギルマン帝国の最強の雄‼︎その名をジビル!姓はなく、己の体一つでその名声を手に入れました!」
控え室で聞いた歓声が何倍にも聞こえる。そして目の前の猛獣と目が合う。一触即発、いつ襲ってきてもおかしくない。そんな状態の中、一歩ずつ猛獣へ近づいていく。
「グルゥゥ……ガァゥウウ!」
爪と牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
「あぁぁーと!猛獣がジビルに向かって突っ込んできます!」
観客席からは悲鳴も聞こえてくる。だが大半の観客はやっちまえという期待の眼差しと大歓声を俺に向ける。そして俺はその要望に応える!
「うぉおおおりゃー!!」
足を踏み込み、腰をひねり、拳を固める。一瞬の脱力とあらゆる力のタイミングを最高の殴りに向けて集約させる。俺の掛け声のすぐ後、拳が猛獣の皮に触れ、肉を捉え、骨に衝突する。 瞬間、空間が歪んだような感覚と共に猛獣の身体がバラバラに空中で分解する。骨と臓器が剥き出しの身体の肉片と血飛沫が空中で一瞬静止し、地面へ向かって落ちてくる。
「でたー!ジビルの強力な一撃〜!ジビルの拳は大樹を倒し、厚い鉄板に穴を開けるなどの伝説を残しています!その一撃が綺麗に猛獣へ入ったァァ!!」
今日一番の大歓声。闘技場は燃え上がるような熱量に包まれている。
「はは……お前ら最高だ――」
揺れ。その時闘技場、いや帝国都心部が大きく揺れた。比喩でなく物理的に。地面が大きく、そして蠢くように揺れた。
「きゃー‼︎」
「なんだこの揺れは!?」
観客席の大混乱、そして天地がひっくり返るような衝撃に俺は地面に這いつくばることしか出来なかった。
「何だってんだ!この……」
メキメキ……
地面から何か出てくる。大きな衝撃と共にそれは出てきた。
ナマズのような見た目に、あまりにも厚い皮膚、そして100m以上はあるであろう体。今までのどんな珍獣や猛獣とも比べものにならないほどの規模感に俺は唖然とするしかなかった。その怪物は口のように体の裂け目を開き、強力な吸引力で吸い込み始めた。
「くそ……ヤベェ」
つかむものすらなく、微かに闘技場の砂を掴んだと思ったら空中に自分の身体が浮かび上がる。 建物、土、そして人を物凄い勢いで吸い込んでいき、俺はなす術もなくその怪物の裂け目の中へと吸い込まれた。
意識がうっすらと戻り始める。目は開けられないが生暖かい空間の中にいることだけは分かる。意識が少しずつ戻り始め、目をゆっくりと開ける。空間内は無風で、周りは黒で覆われているのにはっきりと自分の周囲は暗くない。 「来たか我が子よ」
闇から声が聞こえてくる。
「誰だ!?俺の親ならとっくに死んでんぞ!」
「ふっ、安心なさい……私はお前の母親ではない」
「お前は誰だってこっちは聞いてんだよ!!」
怒鳴り声をあげてみても声は全く響かない。
「その血の気の多さは闘士としての適性の高さを感じさせる」 声は近づき、頬に触れられている感触を感じる。
「何だっ……うわ、触んな」
「我が子よ、そなたはこれから新たな世界に飛び立つ。強く生きなさい……それだけを私は祈っていますよ」
一方的に何か伝えられ、視界がぐるぐると渦を巻く。 視界がグルグルと地面と天井が交わるような感覚と共に光が差してくる。咄嗟に目を瞑り、腕で目を覆い隠す。
…………ん?肌に風を感じる。
腕を下げ、目を開けると見渡す限りの海岸線。足元を見ると白い砂浜。綺麗な光景だけど……
「ここ何処だよ……?」