「戻ってくる声」
リビングの片付けもひと段落して、全員がテーブルを囲んで座っていた。
さっきまでの修羅場が嘘みたいに、少しだけ穏やかな空気が流れている。
でも、まだ終わっていない。
この空気のままでは——「あにき」のことが、残っている。
そのとき——。
ガチャ。
玄関のドアが開く音がした。
全員がピクリと体をこわばらせる。
聞き慣れた、重ためのブーツの音。
あにきが、帰ってきた。
「……」
リビングの入り口に現れたあにきは、いつもの飄々とした雰囲気とは違って、眉を少しだけひそめていた。
外の空気で冷えた体と、冷静になった頭。
けれどその目は、みんなの様子を一瞬で見抜いていた。
「……片付いてるやん」
「……うん」
いむが小さな声で答える。
まろは膝の上で手を握りしめたまま、視線を落とした。
初兎とりうらも、気まずそうに目を逸らす。
な俺だけが、あにきの視線を正面から受け止めて、ゆっくりと立ち上がった。
「……おかえり、あにき」
「……おう」
あにきは重い足取りでリビングに入り、テーブルの対面に腰を下ろした。
冷たい外気をまとったまま、全員を順に見回す。
「……で。落ち着いたんか?」
短いその言葉が、全員の胸にずしりと響いた。
いむの喉が小さく鳴る。
まろは唇を噛みしめる。
初兎とりうらは身じろぎし、な俺は静かに頷いた。
「……うん。全員、話した。謝った。……ちゃんと、向き合ったよ」
「……そっか」
あにきはふっと目を伏せて、小さく息を吐いた。
怒鳴るでもなく、責めるでもない。
でも、その声の重さが、みんなの胸を締めつける。
「俺な……正直、あの時、頭に血ぃ上ってた。勝手に“関係ない”言われて、ムカついた。……外出たのは、怒鳴る前に冷やしたかったからや」
その素直な言葉に、いむが目を潤ませた。
「……ごめん、なさい……あにき」
いむの震える声が、静かな部屋に広がる。
「僕……あんな言い方、ほんとにしたくなかった。ごめん」
あにきはしばらく黙っていむを見ていたが、ふっと力を抜くように肩を落とした。
「……怒ってへんよ。ほとけが一番混乱してたん、見れば分かるしな」
「……うぅ……」
いむがまた涙をこぼすと、今度はあにきがゆっくりと腕を伸ばし、その頭をぐしゃっと優しく撫でた。
「ほんま、しゃーないな。泣き虫は変わらんわ」
「な、泣き虫じゃないもん……」
—
「まろ」
急に名前を呼ばれて、まろの肩がビクッと跳ねた。
「……はい」
「お前も、しんどかったんやろな。でもな、他のやつにまで当たるんはちゃうやろ」
「……わかっとる」
「ほんならええ」
短いやりとりだった。
けれど、そこには長い付き合いだからこその信頼が滲んでいた。
まろは深く頭を下げる。
「……悪かった。ほんまに」
「ええよ。わかってる」
—
「初兎と、りうら」
名前を呼ばれた二人も、同時に姿勢を正した。
「……二人とも、止めに入って巻き込まれたんやな。怒鳴り声聞いた時、俺もイラッとした。お前らもそうやったやろ」
「……せやな」
「うん……」
「でも、誰も悪者ちゃう。感情ぶつけあっただけや。……ほんま、めんどくさい家族やな」
その言葉に、全員がふっと笑ってしまった。
あにきも、少しだけ口元を緩める。
—
「……ないこ」
「ん?」
「お前、ようまとめたな。助かったわ」
「別に。俺が怒鳴ったって余計こじれるだろ。……だから、聞いた」
「そーいうとこ、リーダーやな」
あにきは、肩を軽く叩いた。
その仕草に、全員がちょっとだけ安心したような顔になる。
あにきがいると、不思議と空気が落ち着く。
仲間にとっては、もう一人の「大人」みたいな存在だから。
—
沈黙が少し続いたあと、あにきがふっと笑って言った。
「……ほんで? もう仲直りしたんやろ?」
「うん」
「まぁ、まだちょっとギクシャクしてるけどな」
「うるさいな、ほとけ」
「いふくんがうるさい!」
「はいはい、そこまたケンカすんな」
全員が思わず笑う。
さっきまで泣きじゃくっていた空気が、ゆっくりと明るくなっていく。
—
あにきはみんなを見渡し、腕を組んだままぽつりと呟いた。
「……喧嘩してええ。でもな、“壊れる”喧嘩だけはすんな。お前らは仲間や。それだけ、忘れんな」
その言葉に、全員がしっかりと頷いた。
俺は静かに笑って言う。
「……うん、俺たち、バラバラになんてならないよ」
その一言が、リビングに優しく広がった。
今度こそ——本当の意味で、仲直りだった。
以上です‼️
最後まで見てくださりありがとうございました😿💧
コメント
1件
ありがとうございました!!MVPつけるとしたらないちゃんか