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凪は離れの部屋の縁側から、庭の松を眺めていた。
「奥様。これで最後になります」
遠藤と伊東が、最後の荷物を運び終える。
「重い荷物を運んでいただいて、ありがとうございました」
凪は頭を下げた。
部屋の隅には、兄の形見である薬研も置かれている。ようやく、すべての荷物が揃った。
「では、これで失礼いたします」
「あっ、待ってください」
凪は薬草を包んでいた風呂敷を開いた。
「お渡ししたいものがあるんです」
取り出したのは、小さな包みだった。
「これは『結菓子』というお菓子です。よかったら召し上がってください」
「ありがとうございます!」
遠藤と伊東は嬉しそうに受け取った。
「お疲れでしょうから、甘いものをどうぞ」
「ありがたくいただきます」
二人が頭を下げる。
「こちらこそ、ありがとうございました」
凪も笑って頭を下げた。
二人が部屋を出ていく。
静かになった部屋で、凪は薬研へそっと手を伸ばした。
兄の形見が、今度こそ自分のもとに戻ってきた。
凪は薬研を撫でながら、静かに微笑んだ。
凪は部屋から縁側へ出て庭を見た。
塀の手前には石で囲った小さな畑があった。凪はじっとそこを見ている。
「あの畑……」
「片付けは終わりそうか」
後方から将臣に声をかけられる。
「は、はいっ。荷物は少ないので。……ただ」
「どうした?」
「なぜ、私がこちらの部屋をいただけたのでしょうか?」
「私は夜遅くまで仕事をするからな。寝室も別がいいだろう」
「そうではなく…… こちらの南向きの部屋は、将臣様がお使いになったほうがよろしいのではないでしょうか」
ここの主人である将臣の書斎と寝室は、東の部屋に誂えていた。凪はそれが不思議だった。
「女性の身体は冷やさぬほうがいいだろう」
「え?」
「いや、医者だとついそんなことを……」
将臣は軽く咳払いをした。
(そのような細かなことまで……⁈)
「……お気遣いありがとうございます」
将臣の温かさに触れ、凪は胸がいっぱいだった。
「私も、食事やお掃除を頑張りますっ」
「母屋の手は借りないが、遠藤は私の下男だ。何かあれば、協力してもらいなさい」
「いいえっ。ここは炊事場も竈もあります。二人だけの生活なら、私一人でも十分です」
「無理はするな」
「はい。では早速、夕餉の準備に取り掛かります」
将臣は返事の代わりに、柔らかく目を細めた。
その笑顔を見た凪も、つられるように笑みを浮かべた。
しばらくすると西陽が落ち、庭の小さな畑を夕暮れの茜色が優しく包み込んでいった。