「えっと、何を言ったんだっけ」
「ほら、覚えていないだろう? それが答えだよ」
そう言うと、彼は私の顔を覗き込んだ。
彼の瞳はルビーのように赤く輝いていたけれど、どこか冷たく、吸い込まれてしまいそうだ。
彼の視線から逃れようと目を逸らすと、そこには巨大な石板があった。
何か文字が刻まれているようだけど、見たこともない記号のようなものが並んでいるだけで、意味はさっぱりわからない。
私がそれをじっと見つめていたからか、彼が説明してくれた。
「これは古代文字だ。遥か昔に使われていたものでね。今では使う者もいない」
「どうしてこんなところに?」
「ここは神殿だからだよ」
彼はそう言うと、私の手を引いて歩き出した。
「あの、どこへ行くんですか? 私、まだここを見て回りたいんですけど」
「もうすぐ夜になる。きみも疲れただろうし、今日はここまでにしておこう。ほら、こっちだ。おいで」
彼に促されて、渋々ついていく。
神殿の中は広くて、とても神秘的だった。
見たことのない植物が生えていて、天井から水滴が落ちてくる。
私は好奇心を抑えきれず、きょろきょろと見回してしまう。
すると彼は笑みを浮かべ、手を差し出してきた。
その手を握れば、優しくエスコートしてくれる。
そして、連れられた先は、大きな部屋。
部屋の中央には、巨大な石像が鎮座していた。
まるで巨人のような体躯をした男だ。
しかし、その表情は穏やかなもので、慈愛すら感じられる。
「これは?」
「神像だ。この世界を作ったとされる存在」
「これが神様なんだ」
私は、彼の隣に立って、その姿を見上げる。
私も、この世界の生まれだったら、こんな風に育つのだろうか。
「これを見て、何か気付いたことはあるか?」
「えっと、顔が怖くて強そうってくらいしか」
私の答えに、彼は苦笑する。
確かに、この神像は怖い顔をしている。
「そうだな。この顔は恐ろしい。怒りや憎しみ、妬み嫉みの表情をしているからな。だが、この像の顔はそれだけじゃないんだ。例えば、この目をよく見てごらん。涙の跡が見えるだろう? これは、この像が流した涙なんだ。この神は、この世界のために涙を流したんだよ」
この世界に生きる人々を見守る神様がいるとすれば、きっとこの方のように優しいお姿に違いないと私は思う。