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「風見鶏」
「ねぇ。春来先輩。」
「あ?何」
「私たちの後輩。可愛いですよね」
「…あぁ。」
「…デレました?」
「は?」
いつもどうりの施設の道。
肩を並べ2人の男女が歩いている。
「あっ。御幸先輩。春来先輩」
また後ろから男女が2人のもとへ走ってきた。
御幸。と呼ばれた女が言った。
「あれ?2人とも今日の任務は?」
「今から行くところです。」
答えた男の横にいた白髪の少女も頷いた。
「そーなんだ。がんばってね」
「はいっ。」
一通り会話を終えたとき、けたたましく警報音が鳴り響いた。
『緊急任務。明日市にて怪物発生。
すでに10名の愛奪還組隊員を送り込んだものの全滅と思われる。今から呼ぶものは直ちに現場へ急行せよ。
なお、待機所にいる隊員は入隊半年未満の隊員以外は全員急行せよ。
――春来。御幸。橘。リリー。晴流也…
以上の者は直ちにむかえ。繰り返す。――』
それを聴いたとたん待機所が凍てつくような雰囲気に囲まれだれ一人として困惑の声をあげなかった。
ただ一人を除いて。
春来は思考が停止していた。
いや。停止させていた。
あの日の。七菜が死んだあの日もこのような警報がけたたましく鳴り響いていた。
春来は唇を噛み締めた。
動けないのだ。動きたくとも。
その時春来の胸を誰かが軽く叩いた。
「――御幸」
「先輩。らしくないですよ。カッコ悪いとこ後輩にみせないでくださいね」
春来の手が微かに動いた。
「ほら。早く。」
御幸に急かされ気付くと足が勝手に歩いていた。
春来はそんな自分を少しおかしく思って頬が少し緩んだ。
「そうだ。先輩。ここに帰ってきたら煙草でも吸ってみません?」
「あ?」
「やっぱ煙草って格好いいじゃないですか。
みんなさそってみんなで吸いましょうよ。」
「馬鹿。煙草なんて不味いだけだよ」
「なんすか。吸ったことないくせに。」
「俺の先輩が一回吸ってたんだよ。煙を嗅いだだけで不味かった」
「えー。まぁいいじゃないすか。煙草うまいって言ってましたよ。」
「誰が」
「先輩。 夢の中の。ね。」
少しどや顔をする御幸をみて春来は口角を少し上げた。
ずいぶん生意気になったものだな。
そんなことを思いつつ。
戦場の近くに降り立つ。
春来は大きなゴーグルをかけ、銃の最終点検を終わらせる。
御幸は柔軟と隠した武器と毒を。
リリーは前を見据え、まだ見えない戦場を見渡しているようにみえる。
晴流也は爆弾や薬を戦闘用のポシェットに詰める。
「行くぞ」
春来の一言を皮切りに皆が地を蹴った。
胸が高鳴る。
この表現があっているのか分からないが、そのような感じ。
恐れでも興奮でもなく。ただ心臓が波打つ。
ここが自分の居場所だと。
土煙がたつ。血の匂いと魚のような生臭いにおい。
地には血とタグと身体の一部。
からだの奥底から沸き出る怒りが微かに空にとけすぐに消えていく。
戦場と自分がひとつになるように。
冷静さ。これは春来のもっとも優れた特性である。
怪物が家に足をつけ唸っている。
人間離れした容姿。
魚、鳥、虫、人間。他にも様々なものを混ぜたようだ。大きな体格。十階だてのマンションぐらいはありそうだ。回りには人サイズの怪物もいる。
目を伏せたりはしない。目は前を向く。
怪物の首を目を。
どこがいいのか。
悩みはしない。だって勘が言っている。
目。だと
その時春来が銃に手を掛けた。
鉄の鉛はまっすぐに飛び、怪物の目を深くえぐった。
その鉛を追うように隊員が飛び出していく。
御幸はまず周囲の通常サイズの人形の怪物に向かっていく。人型への勝率は愛奪還組のエースである春来を軽くこしている。
戦闘が始まりしばらくがたった。
おおよそ一時間ほど。
多くの隊員が目の前で命を刈られていく。
少しずつ少しずつ怒りが腹のそこにたまっていく。
春来は考える。
もう少し自分が強ければ。
怪物なんて、いなければ。
だんだん怒りにのまれていく。
視界の端を長い黒髪をとらえた。
「――は?」
そこには間違いなくあの日のままの”七菜先輩”がいた。
『春来っ!』
「せん…ぱい?」
『怒りにのまれるな。怒りがもたらすのは強さではない。ただの弱さである。』
「先輩っ」
『なぁ。春来。もう少し、やれるだろ?』
「七菜先輩っ!」
視界が少し霞んだ。
そこにいるのだろうか。
少しの期待と少しの不安。
あの頃はいつもこんな気持ちだった。
大好きな先輩。戦いに出ると命知らずな先輩。
七菜先輩が無理をして怪我をする度に壊れそうなほど不安にさせられた。
そんな先輩の声がした。
でも振り向けなかった。
振り向くと消えてしまう気がした。
涙が視界をおおってしまいそうだと思ったから。
目の前には怪物が迫っているのだ。
そんな暇なかった。
バンッ。
春来から遠くはなれた位置から爆発音がした。
おそらく晴流也だ。
大丈夫。俺は一人じゃない。
『なぁ。春来。私には目標があるんだ。それを叶えるまでは死ねない。』
「――」
『春来っ。目標をもて。』
「――」
『おまえのせいで、死にたくなくなった。』
「――」
『――楽しかった。』
たくさん聞いてきた大好きな声。
眠る前。ご飯を食べるとき。いつだって。
そばに――いたのに。
聞き覚えのある七菜の言葉が頭を木霊する。
春来は唇を噛み締めた。
涙が瞳いっぱいにたまった。
あの頃の幼い春来のようにまだ子供のように。
ねぇ。七菜先輩。僕はまだあなたに会えないのですか。僕はかっこわるいですか。
「春来。――春来っ。逢いたい。あいたいよぉ」
七菜先輩の声がした。
なんだかすぐに分かった。
この言葉はこの声だけはそこにいるんだ。
「先輩。七菜先輩っ。僕だって、僕だってっ。」
情けない声が口から漏れでた。
返事はない。
嫌でも分かってしまう。
自分の声は届かないのだと。
あぁ。終わらせなければ。
いつか逢うために自分にできることは全て。
銃を撃つ。剣が大型の怪物を襲う。
それか一時間ほどたった。
怪物が倒れたのだ。
死ぬときは呆気なく地面に倒れていった。
「――終わった…」
これでこの戦闘も終わ――――――
ブチッブチッ。
耳がその音をとらえた。
肉と肉が引きちぎられる音。
その音の方をみる。
その音は。
御幸から発せられていた。
「っ。最悪。最悪」
痛みに歪む御幸の瞳。口。表情。
御幸の足は小型ではあるものの口は大きく牙が生え揃った怪物が深々と咥え右足を引きちぎっている。
右足が完全にちぎれ怪物が咀嚼を繰り返しているなか
、その怪物を左足の靴に仕込んだナイフで仕留めた。
御幸?御幸。大丈夫か。
いや大丈夫なはずがないだろ。また思考がとまった。
「――春来。いってらっしゃい。」
七菜先輩の声が脳を突き動かした。
気付いたときには足が前に。前に進んでいった。
御幸は足がなくなり動けない。
そこに10体ほどの怪物が向かっている。
3体は捌ききれない。
きっと向かったところで俺が死ぬ。
それでもいい。
とにかく御幸を救って。それで、七菜先輩のもとへ
行けるなら。
春来の様子に気付いた御幸は声を発した。
「春来先輩っ来ないで下さい。死ぬのは私です。
春来先輩がしようとしていること。それは。
正義でも救いでも愛でもない。ただの”自己犠牲”です」
“自己犠牲”?
自己犠牲とは愛ではないのか?
御幸の言葉を聴いたとき、
春来もリリーも晴流也も御幸も身体が一瞬止まった。
これが自己犠牲?
ならば七菜先輩も流星もせいちゃんも海も。
したことは自己犠牲である。それは何もかわらない。
でもそれが正義でも救いでも愛でもない。ただの
“無駄死に”だと言いたいのか?
春来の身体が走るのをやめた。
いや。動かなくなった。
いま御幸を自己犠牲で救うことはなにになるんだ。
答えのない問いだとは分かっている。
でもこれはさすがに酷ではないか。
御幸は己の言動に動揺しつつ死を待った。
あぁ。死んでしまう。
でもようやく海に逢える。
愛は受け継げたのだろうか。
いや大丈夫なはず。
だって私はっ。
『御幸。私の愛はそんなに軽かった?』
「――海?」
海の声が聞こえた。姿は見えない。
だけど声はしっかりと聞こえた。
大好きなあの声。
海の見える学校。
教室の窓辺。そこで話した。海の声。
電話越しでも。いろんな所で聴いた。
私の愛はそんなに軽かった?
海が言った。
そんなわけない。
重たかったよ。まだなくなってないよ。
でももういいじゃん。
早く海のもとへ帰らせてよ。
『ばぁか。あんたの帰る場所は私んとこちゃうよ。』
ううん。違う。私の帰る場所は。
『忘れたらあかんで。いまのあんたの帰る場所は
ちゃんと、あるよ』
海のそばに――
『御幸。しゃんとしな。私はまだあんたに逢いたくない。』
な、なんで
『だってまだ。御幸に生きてほしいもん。
私はあんたが幸せやったって、死ぬまではあってやらん』
――
『生きてっていったやん』
海。私だって本当は――生きたいよ。
今さら気付かせないでよ。
ほら。死にたくなくなっちゃったじゃん。
「いや。死にたくないよぉ。」
御幸の声が小さく土へと溶けていった。
涙も鼻水もいろんなものでぐちゃぐちゃになった顔。
後悔ばっかの人生だった。
親に閉じ込められて死にかけたとき、そのまま死んでいれば。
海が死んだとき、私が走り出していれば。
そもそも海に出会っていなかったら。
愛奪還組に入隊しなかったら。
なんて本当は思わない。
海に出会ったのも入隊したのもなんも後悔してない。
あの日、暗い部屋から抜け出したいと扉を引っ掻いたのも。暗い世界に蝋燭を持ち込んでくれた海も。
そばにいてくれた愛奪還組の隊員たち。下らないことで笑ったみんなのことだって大好きだ。
「――最悪。」
御幸が怪物に目をやり微かに笑った。
おかしくなってしまった。
こんな自分が。まだ生きたいと。思っている自分を。
おかしく思ってしまった。
瞳を閉じた。
あぁ。死にたくないなぁ。
痛みは 来なかった。
いつまでたっても。
声が聞こえた。
「自己犠牲の何が悪い。俺にとっての正義は!
救いは!愛は!せいちゃんがやってくれたことだ!」
瞳を開けた。
晴流也の背中が大きく目の前に立ちふさがっている。
「ですよねっ。御幸先輩」
「は?」
晴流也が目の前から消えた。
違う。倒れたのだ。
私の代わりに。
怪物が呟いた。
「え?え?え?え?え?え?え?え?え?え?」
「なんで?なんで?」
「これが?愛?」
「庇うことが愛?」
「は?は?は?は?は?は?は?は?は?は?」
そう言っている怪物たちを駆けつけた春来が銃でうった。
「晴流也っ!」
春来が言った。
「――先輩。俺…より御幸先輩を。」
春来が唇を噛み御幸の足を強く縛った。
血を流しすぎた。視界が霞む。でも晴流也が。
「晴流也?」
御幸が身体を引きずりながら近づいた。
「――先輩?」
「な、なんで」
「俺に、とっての愛は、これしかないんです、よ。」
「――」
春来が言った。
「ごめん。俺が行けばよかった。銃を使えば」
「銃で、は10体、は無理です。さす、がの先輩、でも。」
「ごめん。――ごめん」
御幸と春来が言った。
「――」
何も返ってこない。
「先輩?どこ、にいるん、ですか」
「は?ここに」
「何も、聞こえない。どこ?先輩も俺を一人に、するんです、か」
「――」
2人は何も言えなかった。
手を身体を優しく、強く握ることしか。
晴流也の瞳から涙がこぼれた。
血と土が混ざり透明ではない。
晴流也が呟く。
「御幸先、輩。俺、の愛伝わりまし、た?」
「――うん」
涙交じりに御幸が答える。
「春来先輩。ちょっと、怖い人、でしたけど、先輩の愛。ちゃんと分、かってますよ。」
「――あぁ。」
春来は大きな涙の粒を土に染み込ませた。
「ははっ。なんも、聞こえ、ないや。伝わっ、てるのかな?」
2人は何も言えなかった。
もう、晴流也には伝わらないのだ。
「ちぃち、ゃん。せいちゃ、ん。僕ね頑張、ったよ。
格好よか、った?僕は僕の世界が晴れるよう、に頑張って、みたんだけどね、とっくの昔から晴、れてたみたい。」
晴流也の瞳からは涙が止まらなかった。
少しずつ少しずつ声が小さくなっていく。
とっくに瞳の光はなくなっている。
「――リリー。ちゃんとご、飯食べ、てね。何よ、り健康、で、長生き、してね。」
晴流也は笑いつかれ眠る子供のように霞んだ瞳を優しく閉じた。
晴流也の言葉は止まった。
止まってしまった
涙も止まった。
それなのに。血は止まらなかった。
晴流也の命と共に戦闘にも終わりがやってきた。
桜の花びらが晴流也の上を舞った。
あぁ。そういえば今は春だった。
春がやってきた。辛く幸せな季節。
そんな香りがやってきた。
雨が桜を濡らし流すように。
隊員の血が、晴流也の血が桜の花びらを流していった。
まるで辛く寂しい春を知らせるように。
春風を知らせるように。
「リリー。大丈夫?」
晴流也と一番仲が良かったリリー。
怪我をしているかもしれない。
そこにいるはずのリリーを見た。
探した。
でもそこにはリリーの姿など初めからなかったかのようだった
「――リリー?」
御幸の呟きが晴れ渡った空に溶けて消えていった。
コメント
1件
うわっ…第9話、めっちゃ重かったし切なかった…。晴流也の「俺にとっての愛はこれしかない」って台詞、グッときた。自己犠牲を否定されても、それでも彼が選んだ正義と愛が報われないのが辛すぎる。七菜先輩の声も海の声も、亡くなった人たちの想いがちゃんと生きてるのが伝わってくる描写がほんと上手いわ。とーとさんの筆致、心抉るな…次が待ち遠しいけど、ちょっと心の準備が必要だわ。