所詮は上から塗り潰しただけだった。本物には慣れない紛い物。
 それでも私は、彼女をただ一心に求めていた。
 紛い物でもいいから、彼女からの愛が欲しかった。
 何処から間違えた?
 何がダメだった?
 なぜ……
 私じゃダメなんだ?
 私と彼は何が違う?
 君には私が必要不可欠だっただろう?
 なぜ、私を拒む。
 なぜ
 なぜ……
 なぜ、私を捨てたんだ。
 ああ、もし……第二の性という邪魔なものがない世界ならば。
 君はその瞳に私だけを映してくれたのか?
 
 「エレ、」
「ヌヴィ!!待ってたのよ?」
「ああ、遅れてしまって申し訳ない」
 可愛らしく頬を膨らませているエレにキスを落とし、今日も確認をする。
 この世に第二の性という面倒なものがあってしまうから。運命というものがこの世にある限りこの確認は止めることができない。
 エレの項に手を添わせる。
 キィン
 高い音がした。
これは、エレが運命を感知しにくくなる……言ってしまえば呪いのようなもの。
 「ヌヴィ?」
「いや、なんでもない」
 また一つ、エレにキスを落として2人で夕食を食べることにする。
 エレは私の運命ではない。それはエレと出会った頃から理解していること。
 そして……エレの運命はいまだに現れていない。
 私の運命はすでに処理は終わっているが、エレの運命は生まれてすらいないとなれば……
 「……」
「ヌヴィ?」
 いっそのこと私と同じ時間を生きれる体にしなければ良かったのかもしれない。
 そう思うほどに運命というものは強固で何物にも取って代わることのできなそうなものだった。そう、自分の経験から嫌というほど知っている。運命を処理したあの日……不覚にも私の愛が運命へ向かいかけたあの一瞬を私はこの身が朽ちるまで忘れないだろう。
 「……ねぇ、ヌヴィ…」
「ん?エレ、どうかしたのか?」
 エレは愛らしく瞳を潤ませて、私を誘う。
 「どうしようもなく、ヌヴィが欲しいの……お願い、」
 まるで控えめの発情期のように、おぼつかない手で私の服を脱がし始めるエレ。
愛おしい番の可愛らしいお願いに答えるべく私は合図として、エレの項を噛んだ。
 それからだった。エレは発情期ではないのにたまに私を誘うようになったのは。
 今覚えば、それはある人物と会ったときのみだったな。
 そんな、ある人物は私の番に会ってみたいと紅茶を持ってパレ・メルモニアにアポもなく訪問してきた事があった。
 あの時に、リオセスリ殿をメロピデ要塞へ帰していれば……エレは私の腕の中にいてくれたのだろうか?
 その後は、思い出したくもない。
 「ヌヴィ、」
 私を呼ぶ愛おしい声がして、振り返ったと思えば、エレの視線は私ではなくリオセスリ殿にあった。
 「はは……やっと…やぁっと、見つけた」
「あ、、っ…ぬ、ゔぃ?」
 リオセスリ殿は運命に会ったからか、狂ったような笑顔を浮かべて一歩一歩エレに近づく。
エレは、私の呪いのせいか運命と出会っても理性は残っているようだった。
 ぶわっ、とリオセスリ殿のフェロモンが香る。
 それはまるでエレの理性を全て消し去ろうとしているようで……私と言う存在に警告を示しているようだった。
 エレの番は俺だ、と。
 「なぁ、ヌヴィレットさん」
「なんだ」
 自分でも聞いたことのないような低い声が出る。
 この場に人がいなくて助かった。特にメリュジーヌ達がいたのならば怖がらせてしまっただろう。
 「なんで俺の運命があんたのところに居て、ヌヴィレットさんが俺の運命である彼女の番なのかは聞かないでおく」
 何かを含むような笑みをこちらへ向けるリオセスリ殿に思わず戦闘体制に入るがその腕の中にエレが居て躊躇をしてしまう。
 「……ヌヴィレットさんの番はこの200年間変わっていないと聞いた」
「何が言いたい?」
「200年間もこの子を独り占めしていたのなら……俺に譲ってくれてもいいだろう?」
「っ、それは…!」
「なぁ、あんたの名前はなんて言うんだ?」
 リオセスリ殿は私を気にしないのか、腕に抱き締めているエレに問いかける。
 「えれゔぃーな……えれゔぃーな、おるれあん、、」
「そうか、エレヴィーナ。ふ、とても可愛らしい名前だな」
 リオセスリ殿はまるで口の中で甘い飴玉を転がすように、エレの名前をずっと呼び続ける。
 だんだんリオセスリ殿のフェロモンの匂いに、エレのフェロモンも混ざり始めた頃、リオセスリ殿は言った。
 「エレを今までありがとうな、ヌヴィレットさん。これからは……俺が彼女の番だ」
「んぅ……」
「リオセスリ、俺の名前だ」
「りお、、?」
「ああ、リオ、でいい。あんたが呼んでくれるのならなんでも嬉しいさ」
 そっと、エレを抱き上げてリオセスリ殿は踵を返す。
 腕を伸ばしたが、届かない。
 運命の番達の中に私が入り込める隙間は無い。
 「…………リオセスリ殿。エレを捨てるようなことをすれば、私は君を許さないだろう」
「そんなことは生涯無いと誓うさ」
 リオセスリ殿達は扉を開けて出ていく。
 ぱたん、
 呆気なかった。
 大事に囲っていたものは、
 私の手から簡単に消えていった。
 ああ、もし……もし、来世があるのなら。
 「その時は……君の全てをくれ、」
 生まれ変わりでもいい。
 君の記憶がなくてもいい。
 ただ、エレの魂を、私のそばに欲しい。
 だから私は、、
 「待っている。エレヴィーナ、」
 こんな私を許してくれ。
 君が死ぬことを望む私を。
 ああ、もし君が原始胎海の水に触れて、水になってしまったのならば……
 それを飲み干す権利だけが欲しい。
 そして、生まれ変わった時は私の運命としてきて欲しい。
 「リオセスリ殿、短期間だけエレを貸すことにしよう」
 いずれ、彼女は回収させてもらうがな。
 それが何百年先であろうとも、この身が朽ちるまで待っていよう。
 今度こそは、完璧に塗り潰して本物になって見せよう。
 
 
 その日のフォンテーヌの空は恐ろしいほどに晴れていたらしい。
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