玲王くんは私に甘すぎる。
「私に構って」
難しい書類を眺めている玲王くんの膝の上に座ると、玲王くんは仕方ないなぁと言うように眉を下げて笑った。
「なぁに、どうした?甘えたくなった?」
私に話しかけるその声は、でろでろに甘い。
「お仕事はまだ終わらないの?」
「ん、だから先に寝てて。明日はたくさん構ってやるから」
「やだ。今構ってほしいの!」
ぎゅう、と玲王くんの首に腕を回して抱きつくと、
「あー……可愛い。もぉ、しょうがないなぁ」
やっぱり私に甘い玲王くんは私のことを抱きしめ返してくれる。
本当は玲王くんが忙しいこともわかっていて甘えている私はひどい彼女なのに、玲王くんは私に怒ったりしない。
きっとこのまま私のことを甘やかして、私が寝てからまた一人で起きてやるべきことを終わらせるんだろう。
……怒ってくれればいいのに、といつも思う。
玲王くんはいつだって私に優しくて、でもそれは玲王くんが完璧主義者だからこそ私に尽くしてくれているだけなんじゃないかっていつも不安になる。
だから私はわがままを言って、どこまで玲王くんが私のことを許してくれるのかを試してしまう。
玲王くんのことが大好きなのに試す私は最低だとわかっていても、やめられなかった。
・ ・ ・
玲王くんとは学生の頃から付き合い始めた。
海外を拠点にしてサッカーと御影財閥の跡取りとしての仕事を両立するから私に「ついてきてほしい」と言った玲王くんと海外で暮らし始めて数年が経つ。
「お前みたいなわがままな彼女とは別れる!!」
近くから聞こえてきた声にびくりと肩を跳ねさせた。
一人で飲みに行ったバーで、恋人が別れ話をしているらしい。
自分に言われたわけではないのに妙に心臓が嫌な音を立てて、それを誤魔化すようにお酒を飲みまくった私はべろべろに酔ってしまった。
「たらいまぁ」
家に帰る頃にはただいまも言えないぐらい呂律が回っていなくて身体がふらふらして立っているのもしんどいから玄関に座り込むと、先に家に帰ってきていたらしい玲王くんが玄関まで私を迎えに来た。
「おかえり。ちょうどお前のことを迎えに行こうと思ってたんだけど……すげー酔ってんなぁ……」
座り込んだ状態のまま玲王くんを見上げると、玲王くんって大きいなぁと思う。
スタイル抜群で、顔もかっこよくて、成績優秀、運動神経抜群で、改めて私の彼氏はすごい人なんだよなぁと実感した。
「何、俺の顔に何かついてる?」
まじまじ玲王くんを見つめていたら、玲王くんは不思議そうに首を傾げてから私の目の前にしゃがみ込んだ。
「こんなに夜遅くまで飲みに出歩いたら危ないだろ?せめて連絡してくれればすぐ迎えに行ったのに」
あえて強めの口調で言い聞かせてくる。
「れおくん」
「何」
「くつぬげない……ぬがして?」
「……」
真顔で私の靴を脱がしてくれた玲王くんの腰に私はひしっと抱きつく。
「たてない……だっこ……」
玲王くんが私のお願いも、私の上目遣いも大好きだということを私は知っている。
「……お前それほんと可愛いからやめろ」
怒ってるんだか、デレデレしてるんだかわからない玲王くんは私のことをひょいと抱き上げた。
……口元が今にもにやけそうになっているから、怒り1割、デレ9割といった感じだろう。
「あーもーすげぇ酒臭いんだけど!」
文句を言いながら私のことをベッドまで運んでくれた玲王くんに私はしがみつく。
「やだ。まだだっこして」
「わかったわかった。寝るまでずっと抱っこしててやるからおやすみ」
「わたし、おふろはいってないからおさけくさいよ」
「明日一緒に朝イチで風呂に入れば良いじゃん」
お酒臭いと文句は言ったものの私から離れずに私が寝るまで抱っこし続けて背中を撫でてくれる玲王くんは、本当に私に呆れていないのだろうか。
海外に来てから私は仕事という仕事をしていない。
玲王くんが呼んだ家政婦が私のご飯を用意してくれたり部屋の掃除をしてくれたりするから私は本当に玲王くんが帰ってくるまで暇で、お酒を飲み歩いて夜遅くに家に帰ってきても玲王くんは私に怒ることはなかった。
大切にされている、といったらそれまでなんだろうけど、本当は大切じゃなくて『必要』とされたい。
でも私にできることなんて結局ないから、飽きっぽい玲王くんが私に飽きてないかを確認するためにわがままを言うことしかできないのだ。
「れおくん……すきっていって……」
「好きだよ。大好き」
私がお願いすれば、玲王くんは私の欲しい言葉をなんでもくれる。
いつか私に飽きる日が来たらどうしよう、そう考えない日はなかった。
・ ・ ・
「何度教えたらわかるんですか?」
玲王くんがいない日、マナー教室とかいう玲王くんの恋人としての勤めを果たすというか、勤めを果たすために勉強していたら先生に怒られた。
何度教えられても私が理解できないからである。
「テーブルマナーの基本がなっていません、それにドレスを着ているときの基本姿勢が……」
基本基本うるさくて、私だって頑張ってるのになぁ、とモヤモヤし出したら止まらなくなっていく。
マナー教室に、玲王くんに通えと言われたことはない。
玲王くんの周りの人に勧められて、私も玲王くんの隣に立っていて恥ずかしくない人になりたいなぁと思って始めたことだけど、全然上手くいかなくて。
「……やだ」
「え?」
「やだもう無理私帰る」
子どものように駄々を捏ね出した私を見て私に指導をしていた先生が天を仰いでしまう。
「子どもみたいなことを言わないでください」
「今から玲王くんに迎えに来てもらう」
「玲王様は、本日CTOの方との会食の予定が」
しーてぃーおーって何、と聞く気もないので私が玲王くんに電話をすると、玲王くんはすぐに電話に出てくれた。
『もしもし?どうした?今日はマナーの先生と勉強中じゃなかったっけ?』
玲王くんの優しい声を聞いていたら少し安心する。
「マナーのお勉強やだ。今すぐ迎えに来て」
『……今すぐ?』
少しだけ困ったような声を出した玲王くんは、やっぱり今日は忙しいんだろう。
それなのに、
『んー……わかった。じゃあ10分で迎えに行くからそこで待ってて』
「え」
私が止める間もなく玲王くんは通話を切った。
本当に今すぐ私のことを迎えに行こうとしてくれているのだろう。
「そんなにわがままだと、いつか玲王様に愛想を尽かされてしまいますよ……」
ぼそりと呟いた先生の言葉に私は言い返せなかった。
・ ・ ・
「お疲れ様」
車で私のことを迎えに来てくれた玲王くんと目を合わせるのが気まずくて、ふいと目を逸らしてしまう。
「マナーの勉強疲れた?……もし嫌ならやめても……」
やめていい、なんて玲王くんに言われたら心が折れてしまいそうだったから私はその言葉を遮る。
「しーてぃーおーの人と会食しなくていいの?」
「しーてぃーおー……?あぁ、チーフ・テクノロジー・オフィサーのこと?いいよ、別に。また別の日にずらせばいいんだし」
……やっぱり玲王くんは忙しいのに私のことを迎えに来てくれていたらしい。
それなのに文句の一つも言わないで、お疲れ様って私のことを労ってくれた。
私より玲王くんのほうが頑張ってるのに。
「玲王くんもお疲れ様」
玲王くんの手を取って両手でぎゅう、と握ると玲王くんが肩を揺らして笑う。
「なーに、くすぐったいんだけど」
「ツボ押しマッサージのつもりだった」
「ふは、くすぐったいって」
全力で力を込めても玲王くんを笑わせるだけの結果に終わってしまった。
そりゃそうか、玲王くんが疲れたらプロのマッサージをしてくれる人に頼めば良いわけで、私なんかのツボ押しで玲王くんの疲れが取れるわけがない。
「今度玲王くんがしーてぃーおーの人と会食するときまでにマナーの勉強頑張るから、私も一緒に会食に行ってもいい?」
私にできることはないかを考えて提案すると、玲王くんはまさかそんな提案をされるとは思ってもみなかったようで瞳を見開いて固まってしまった。
「……だめ?」
申し訳なくなって俯いたら玲王くんが私の頬をむぎゅむぎゅと揉むように撫でる。
「だめじゃなくて!お前が可愛いこと言うから意識が飛んでたんだよ!だめ?って聞き方可愛すぎだろ可愛い」
可愛いって何回言うんだよ……と心の中でツッコミを入れておく。
「ほっぺふわふわもちもちで可愛いなもぉ〜!」
私の頬を玲王くんがむぎゅむぎゅし続けてこようとするので、
「やだ」
流石に抵抗したら、玲王くんは肩を落としてあからさまにガッカリしていた。
・ ・ ・
会食までになんとかマナーと礼儀を身に付けた私は、玲王くんと一緒に会食に行くことができた。
「あんまり俺から離れんなよ?」
「なんで玲王くんから離れちゃだめなの?」
「会食に参加した男がみんなお前の可愛さに気付いてめろめろになるかもしれない」
「玲王くんって、頭良いはずなのにたまにアホ……っていうか、頭おかしいよね」
「はぁ?」
心外だとでも言いたげに眉を寄せて私を見てくる玲王くんのことは気にしないでおこう。
今の私はドレスを身に纏っていて(これも可愛いドレスじゃなきゃ着たくないとわがままを言いまくってとんでもなくお高いドレスを買ってもらった)、みんなが私にめろめろになることはないにしても、今日の私は割と可愛いと思う。
でもそれなら私をエスコートするように手を伸ばしてくれた玲王くんはスーツを身に纏っていて、王子様みたいにかっこいい。
「王子様みたい」
思ったことを正直に伝えると、
「はぁ!?」
と声を荒げた玲王くんは垂れてきた髪を耳にかけながら照れくさそうに呟く。
「……ありがとな。……お前だってお姫様みたいに可愛いけどな」
「……」
玲王くんの目っておかしいんだな、と思った。
だって実際会食する予定の会場に入ると綺麗な人なんて大勢いて、私なんかすぐに霞んでしまったから。
高級なドレスを着ていたって、スタイルが良いわけでも顔が可愛いわけでもないのだから仕方ないかと思いながら玲王くんの隣を歩く。
「ご機嫌よう玲王様」
玲王くんはすれ違うたびに挨拶されていて、ご機嫌ようって言う人本当にいるんだ……と感心していると、一際綺麗な女の人が玲王くんの傍に駆け寄ってきた。
「玲王様……きゃあっ」
転びそうになったその人を、玲王くんは私をエスコートしていた腕を解いて支える。
……王子様みたいにかっこいい玲王くんとその女の人が並んで立つと、すごくお似合いだということに気付いてしまった。
「支えてくれてありがとうございます玲王様」
「いえ、怪我がないようで良かった」
愛想良く笑う玲王くんのその表情は私の知らない顔で、なんだか見ているとモヤモヤする。
何よ、綺麗な女の人にデレデレしちゃって、と思っていると二人は知り合いだったらしく話はまだ続くようだったから私はこっそりその場を離れて会場の隅に立つ。
「はぁ……」
疲れた。
まだ会場に入って30分しか経っていないけど玲王くんは人気者で目立つから隣にいるだけで『隣にいるあの子は誰?』みたいな目で見られて疲れたのだ。
ドレスに似合う高いヒールを履いたせいで、足が痛い。
「はぁ……」
もう一度ため息を吐くと隣に見知らぬ男が立ってきた。
なんだこの男、馴れ馴れしいな。
「こんばんは。デュフフ」
笑い方がなんだか独特な人だったけど、話し相手もいないし暇だから私はこの人と話すことにする。
「そういえばキミ、さっき御影玲王選手と一緒にいなかった?どういう関係?」
「あー……。と、友達、的な」
「友達かぁ」
……恋人です、って胸を張って言えばいいのに私にはそれを言う勇気はない。
そんなことを考えていたら悲しくなってくるから、私は違う話をすることにした。
「あのさ、さっきから玲王くんと話してるあの女の人誰?馴れ馴れしいんだけど」
「あぁ、あの方はスパゲッテン会社のバーカ専務だね」
「すぱげってぃ会社のバカ専務?」
「……なかなかひどい聞き間違いだね」
バカ専務って名前なんだ、珍しい名前だな。
言われてみれば綺麗な、日本人とは思えない顔立ちをしていたような。
スタイルも良かったし、仕草もなんか綺麗だったし。
「あの二人は恋人なんじゃないかって噂もあってね」
横にいる男が余計な話をしてくるせいで、それにドレスの着心地が悪くて苦しいから気分が悪くなってきた。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
「えっ、顔色悪いけど大丈夫?」
心配してくれたけど答える余裕もなくてトイレに行って静かな場所で一人になると、少しだけ気分が落ち着く。
鏡に映る自分の顔はなんだか酷く情けない顔をしていて、やっぱり玲王くんについていったことを後悔した。
「あら、玲王様の恋人の……」
後ろに人影を感じて振り返ると、バカ専務が私の後ろに立っていた。
何しに来たんだろう……あ、トイレか、と思っているとバカ専務は私の傍まできて私のことを馬鹿にするように笑う。
「こんな見るからに庶民みたいな子が玲王様の恋人だなんて、信じられない」
「……どいてくれませんか」
……この人とこれ以上話したくない。
バカ専務の言葉なんて気にしていませんよ、という風に振る舞いたかったのだけれど私の声は震えていた。
「どこに行くの?お話ししましょうよ。あなた、周りからなんて噂されてるか知ってる?御影玲王の恋人はわがまま、マナーもろくにできない馬鹿女って言われてるのよ」
いちいち言わなくてもいいことを言われて、そんなこと私が一番知ってるのにと思う。
私が玲王くんに釣り合ってないことも、わがままばかりでマナーの勉強も全然できないし、良いところなんてないことぐらい知ってる。
「……うるさいバカ専務」
「バ……なんですって?」
驚いて言葉を失っているバカ専務の横を通り抜けて、私は逃げるように会場の入り口に向かって走っていた。
早くここじゃないどこかに行きたい。
外でタクシーを拾って、玲王くんにはあとで先に帰ってごめんって言って、それで……。
「いた」
後ろから手を掴まれて驚いた。
聞こえてきたその声は、今私が一番聞きたくない声だった。
「ごめん、驚かせるつもりはなくて」
……私のことを探していたらしい玲王くんは私を見つけてどこかほっとしたように息を吐く。
「さっき知らない男から伝言をもらってさ。アナタの連れのお友達が具合悪そうな顔でトイレに駆け込んで行きましたよって言うから心配してたんだけど、平気?」
さっき話してた男め、余計なことを言いやがって……と思いながら私は玲王くんと目を合わせていられなくて背を向けたままでいると、玲王くんが私の目の前まできて私と目を合わせるべく大きな身体を屈めた。
「……何かあった?」
私の様子が変だと思ったのか、体調が悪そうに見えたのかはわからないけど私に向けて伸ばされた手を私はパシッと振り払ってしまう。
「……え」
手を振り払われるとは思っていなかったらしい玲王くんに、私はごめんも言えずに小さな声で言った。
「……帰る」
小さな声だったけど、ちゃんと玲王くんには聞こえていたらしい。
「帰る?……あぁ、疲れた?慣れないドレス着てるし、ヒールも高いし足痛めてたり……」
「そうじゃなくて……!」
私が声を荒げると玲王くんがぴたりと喋るのをやめた。
少しの間、怖いくらいの沈黙が二人の間に流れる。
やがてその沈黙を破ったのは私の方だった。
「……日本に、帰る」
「え?」
「……日本に帰る……」
ぐす、と鼻を鳴らして俯く。
別に泣いてるわけじゃない。
ちょっと鼻水が出てきただけだ。
目から何か出てきた気がするけどこれはあれだ、目から出た汗であって決して泣いているわけじゃない。
「も、もう、やだ。れおくんといっしょにいるのつかれた」
「……」
「かえる……にほんにかえる……」
べしょべしょに顔を濡らして帰ると喚く私はわがまますぎて呆れられているかもしれない。
でも玲王くんは私がどんなわがままを言ったって笑って許してくれるから、だから、今もほら、笑って……。
「……はぁ?意味わかんねぇんだけど」
「……………………え」
笑ってなかった。
玲王くんが、私に、怒ってる。
「いくらお前のお願いでも、それはだめ」
私の手を痛いぐらいの強い力で掴んだ玲王くんは、冷たい瞳を私に向けた。
「他のわがままなら全部叶えるし、お前が喜ぶことならなんでもしてやりたいと思うけどさ」
瞳を逸らせなくなるほど、怒りを宿した紫の瞳が私の姿を捉えて離さない。
「帰るってわがままだけは絶対聞けない」
「……」
「……何か言いたいことがあるなら言えよ」
黙り込んでいる私の頬を乱暴に掴んで、玲王くんはどこまでも冷え切った瞳を私に向ける。
「ぅ」
「う?」
「うあ”ぁぁぁんれおくんがこわいぃぃぃぃぃ」
「なッ」
大きな声を上げてわんわん泣き出した私を見て玲王くんはハッと瞳を揺らした。
いつも私を甘やかしてばかりで、私のことを泣かせたことなんてない玲王くんは見たことがないほど動揺している。
「ご、ごめ……いや俺が謝るのはおかしいだろ、元々はお前が帰りたいとかわがまま言うから……」
「あ”ぁぁぁぁぁ”、やだぁっ、れおくんがわたしのこといじめるぅぅぅ……!」
「いじめてない!いじめてないから!!」
「わ”ぁ”ぁ”ぁぁぁぁん!!」
「〜〜〜〜〜っ」
しばらく大泣きする私を見ていた玲王くんは、
「好き!お前のことすっげぇ好き!怒ってないから!あーよしよし、ごめんな?怖がらせてごめんな?そんなに泣いたら目が溶けちゃうから早く泣き止んで?あーもー鼻水すげぇ垂れてる!ほら、泣いたら可愛い顔が台無しだぞー?」
「……………ふぇ」
「ほら、ハンカチで涙も鼻水も拭こうな。鼻水ちーんってできる?」
「……ちーん」
「そうそう上手、よくできました」
「……」
……私に怒った反動で、びっくりするほど私のことを甘やかしてきた。
・ ・ ・
「あー、泣きすぎて目ぇ真っ赤じゃん」
あのあとすぐに車を呼んで家に帰って二人きりになるなり私のことを膝の上に座らせて、玲王くんはずっと私のことを甘やかしてくれている。
「なんで日本に帰るなんて言い出したんだよ」
つんつん、と私の頬を突いてくる玲王くんはもう怒ってはいなさそうだった。
だから私はぽつぽつと話し始める。
「マナーのお勉強ね、」
「うん?」
「……すごい頑張っても、全然覚えられなくて」
「うん」
なんの話が始まったのかと首を傾げた玲王くんは、すぐに優しく相槌を打ってくれた。
「私は綺麗じゃないし、可愛くもないし、めんどくさい彼女だし、正直バカ専務のほうが玲王くんに釣り合ってるのかもしれないけど、でも」
「バカ専務って何?」
流石に会話を聞き逃せなかったらしい。
「えっとね、男の人に教えてもらったの。すぱげってぃ会社のバカ専務って」
「……スパゲッテン会社のバーカ専務のこと?」
「え?」
「まぁいいや、話続けて?」
なんか玲王くんがよくわからないことを言っていた気がするけど、気にしないでおこう。
「えーと……それでね、あのね……」
次に続く言葉を言おうとしたら、喉がヒリヒリと焼け付くように痛んで苦しくなってきた。
「…… 御影玲王の恋人はわがまま、マナーもろくにできない馬鹿女って、噂されてるんだって……」
「は?」
「ぅ、」
「違う違う違うそれは誤解だから俺の話を聞いてほしい」
さっき私を泣かせてしまったことが相当トラウマにでもなっているのか、玲王くんは大慌てで否定する。
「確かに俺の彼女がわがままって噂はあるけど」
玲王くんにしては歯切れ悪く、ぼそぼそと呟く。
「御影玲王は、わがままな彼女のお願いをなんでも叶えてあげるぐらい彼女にめろめろって噂があるんだよ……」
「えっ」
「それで、お前は俺の脳を破壊したやばいぐらい可愛い彼女って噂されてる」
「えぇっ!?」
「つーかお前が言ってたほうの噂、誰がお前に嘘を教えたわけ?そいつを社会的に抹殺したいんだけど」
バカ専務を庇うわけじゃないけど、本気で玲王くんが抹殺しに行ってしまいそうだったから私は慌てて止める。
「ううん、いいの。私がわがままなのは事実だし」
「でも」
まだ何か言いたげな玲王くんと目を合わせて、私は息を吸ってから言葉を吐き出す。
「私はわがままを言って、どこまで玲王くんが私のことを許してくれるのかを試してるんだよ」
緊張して、声も手も震えた。
「……いつか玲王くんが私に飽きちゃうんじゃないかとか、私のことを本当に好きでいてくれてるのとか、いつも勝手に不安になって、それで、わがままばっかりして玲王くんのことを困らせてた」
「……」
怒られる覚悟はできてる。
玲王くんを困らせてきた自覚もあるのだから。
そんな最低な私に玲王くんは、
「ふーん。それで?」
と言った。
「……」
「……」
ふーん。それで?……って何?
「わ、私、わざとわがままなことしてたんだよ!?確かに元々わがままかもしれないけど、でも、お仕事の邪魔したり、他にもいっぱい」
玲王くんが冷静だから私が必死に自分のわがままな部分をアピールすると、玲王くんが吹き出す。
「仕事の邪魔してたのはわがままだったんだ?甘えん坊でかわいーなとしか思わなかったけど」
「でも、忙しいときに迎えにきてもらったりしたし」
「本当に忙しかったら流石に俺も無理って言うけど?でも俺は器用だから、お前を迎えに行ったり予定を振り回されてもなんでもこなせるの。」
「へ」
自分で自分のことを器用って言った……と思っていると、玲王くんはふっと口角を上げて笑う。
「あと、俺は振り回されんの嫌いじゃないっつーか、むしろ好き。お前のお願いをなんでも叶えてやりたくて、甘えられるたびに嬉しかったよ。」
「……どえむだ」
「どえむって言うな」
話しながら私の髪をくしゃくしゃに撫で回した玲王くんは、困ったように眉を下げた。
「でも、帰るってわがままだけは叶えられない。俺はずっとお前の傍にいて、お前のことを幸せにするって決めてるから」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、幸せにしてもらってばかりでいいのかな?と不安になる。
「私は家事も何もしてないし、家でごろごろしてるだけの彼女だよ?」
「毎日俺にいってらっしゃいとおかえりって言って、俺にわがままなお願いして困らせんのがお前の仕事だろ?」
何でわざわざ当然のことを聞いてくるんですか?みたいな顔をして言われても。
「……そんな簡単なお仕事ある?」
「ある。それが御影玲王の彼女の勤め」
「そんなこと言われたら、一生私はわがままになっちゃうよ?私に飽きちゃったりしない?」
「絶対飽きないけど、俺がどこかに行かないようにお前がいっぱいわがままなことして俺のことを繋ぎ止めておいて」
「……わかった」
こくりと私が頷くと、玲王くんがぼそりと呟く。
「あと、急に泣くのはやめて。心臓に悪いから」
かなり真剣な表情を浮かべて頼み込んでくるから、私は笑ってしまった。
「俺は真剣なんだけど」
「笑っちゃってごめんね?許して?」
「〜〜〜っ、可愛いから許すけど!」
玲王くんはちょろすぎるなぁ、と思いながら私は玲王くんが大好きな上目遣いをして、
「……今すぐいっぱい甘やかしてほしいな」
無茶なお願いをしてみる。
でも玲王くんなら私を甘やかすのは得意でしょ?それにこういう風にお願いすることが玲王くんを喜ばせることだって、今の私はもう知っている。
その証拠に玲王くんは、じわじわと頬を赤く染めて嬉しそうに口元を綻ばせた。
「今から?」
「今から!」
「もぉ、お前ってやっぱりわがままだな」
「でもわがままな私が好きなんでしょ?」
「すっっっっっげぇ好き!!」
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