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「ふむ…まぁ足置きぐらいにはなるんじゃない?」初めて顔を見た彼女は開口一番に俺に向かってそう吐いた。
彼女の名前はアイリス。美しい黒曜石のような美しい艶めきの髪と菖蒲色に染まった猫目が特徴的な少女だ。その小さな身体にはそぐわない魅力が閉じ込められているように感じる程彼女は美しかった。魔人だと言うことを知らしめる両耳のとんがりとそれを作り出す曲線さえも秀麗だと思えた。
彼女はサキュ地方の東側を奪い統治している言わば女王だ。見た目は美しい少女だが魔族と言うだけあって強い力でサキュの東側を征服し魔族の住む街を作った。特段東側は人間が住んでいた訳では無いが何故か北の地方に多いと言われていた魔族がこの砂漠の大地に根を下ろしたのかわからずそれを不審に思ったサキュ王国の王が東側を奪還しようとしているが軒並み失敗に終わっていたらしい。
俺は旅の途中金に困り傭兵として王国に雇ってもらい五度目のサキュ東側奪還のための兵士として出兵した。そして負けたのだ。アイリスは広大な砂漠の戦上で大勢の魔族の兵士達の前に仁王立ちし指を一振しただけで我々人間側の軍勢を薙ぎ倒した。その時は何が起こったのかわからなかった。気づけば風に吹かれて宙を舞い砂の上に落ちたことに痛みで気づいた。後ろ目に自分の軍勢を見ると人間が点々と砂の上に倒れて先程までの大群は見えなかった。
視線を前に戻すと少女が黒い髪をたなびかせてこちら側に歩いてくる。彼女は右手を天に掲げ口を弧にして俺の近くに倒れていた軍の指揮官に話しかけた。
「まだ殺されたりない?」
指揮官は飛び上がり恐怖から声を上げて彼女の元から走り去った。その様子を見た少女は呆れたように溜息を吐き出し挙げていた右手を振り下ろす。次の瞬間には指揮官は丸焦げになっていた。全てが終わった後に俺は指揮官が雷に打たれたことに気づいた。指揮官に手を下した彼女は服に付いた砂を払いながらつまらなさそうに言った。
「守るべき味方をほっぽり出して逃げる指揮官なんている?」
「何か考え事?煙草でも吸いたくなったの?」
少し昔のことを思い出しているといつの間にか俺を見つめる菖蒲色と目が合った。玉座に座り机に向かい執務をしていたはずの彼女に急に話しかけられハッとして顔を向ける。彼女は仕事に疲れ飽きてきたのかペンをクルクルと回している。
「まあそんなところだ」
「ふうん、何を考えてたの?」
「今日の晩飯とかだな」
「ふふ、今日は何が食べたいの?」
「ううむ、そう言われると難しいな」
「何それ」
彼女はふふふとにこやかに笑い持っていたペンを置き、彼女の横の地べたに座っている俺の頬を揉んでくる。俺はあの敗戦した時になんの因果か彼女に拾われ足置き兼愛玩動物として扱われている。犬のように首輪を着けられたりもしている。
「動物を飼ってみたかったのだけどいつもミアがダメって言ってくるの。公務で忙しくて面倒見るの忘れるでしょ?って!でも人間なら喋れるから何かあってもわかるかなって」
数日前にふと気になって彼女にどうして俺だけをあの戦場から逃がさずに領地どころか自分の城の自分の傍にいつも置くようにしたのか聞いた時にそう答えられた。初めて言われた言葉は足置きにならなるのではないのか?だったがあれは彼女の給仕でいつも思いつきで行動するアイリスを止めるミアが俺を飼うのを止めるのを止めさせる為の方便らしい。
「それに君は人間界ではそこそこ有名な剣士らしいじゃないの!領主の私には普通の人間選ぶよりはうってつけかなって」
彼女は一段高くした声でそう言った。確かに元剣士だったが人間界では名折れに分類されるような人間だ。腕は評価されていたがその他があまり自分でも評価できるものでは無いと思う。彼女が自分の情報を何処まで耳に入れて理解しているのかは知らないがなぜ俺のような白髪混じりの年増を選んだのかわからない。
「なら今日は晩酌にでも付き合ってもらおうかしら」
彼女は俺の頬を揉む手を頭に動かし撫で始めた。
「喜んで付き合いますよ、女王様」
「まあ、調子がいいのね!!」
ころころと笑う彼女の笑顔は少し蠱惑的で喉が疼いた。
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「剣の鍛錬をしたい?」
俺の頼みに素っ頓狂な声を出したアイリスは飲もうとしていたお茶を手に持ったまま固まった。
「そろそろ鍛錬をしないと弱ってしまう」
「ええ、そうね」
「だからこの国の兵士でいいから手合わせをして剣の感覚を忘れないようにしたいんだ」
「なるほどね!…うん、わかった!じゃあ行きましょ!」
彼女は茶器を机に置いて俺の首に着けられている鎖の首輪を引っ張ってどこかへ歩き始めた。
「…痛いのだが」
「あら、ごめんね。気をつけるね!」
彼女が俺の首輪を優しく持って俺を誘導した先は城の演習場だった。演習場には数多くの魔族達が剣や魔法など様々な訓練をしている。演習場の様子に夢中になっていると隣から手を叩く音が聞こえた。
「みんな少しいいかしら?」
「アイリス様!」
兵士達はその鶴の一声を聞いて訓練を一時停止させてアイリスの前に整列した。アイリスは笑みを浮かべてルンルンした様子で言った。
「私の可愛い愛玩が剣の腕を掴んでいたいって言うの。だからみんな相手してあげて欲しいの、お願い出来る?」
兵士たちはそう言われると少し驚いてアイリスの隣に立つ俺の顔を見てきた。いきなり演習場に連れてこられた人間に訝しげに思っているであろう彼らにアイリスは言った。
「この子、人間界ではそれなりの腕をしてたみたいでその技量を捨てちゃうのは勿体ないでしょ?だからみんなの相手もしてもらってみんなも強くなれるしこの子も強くなれる、そして強くなったこの子に私は守ってもらう!ね?win-winじゃない?」
「は、はぁ?」
「とにかく!!みんなで鍛錬して強くなりましょ!ってこと!!じゃあこの子も入れてみんなで一対一で戦いましょう!」
アイリスに背中をぐいっと押されて兵士達の前に押し出された。兵士達もアイリスの押しに負けて立ち上がり剣を取る。
「さあ!始めましょ!よーい!スタートよ!」
刹那 金属がぶつかり合う音が響き出した。
「つ、つよ、い…」
演習場には大勢の兵士達が倒れている。兵士達は俺の攻撃を受けきれずに吹き飛んだり仰け反ったり倒れたりしてみるみるうちに俺に向かう刃は減った。恐らく全員がダウンしてしまったのだろう。自分に向かってくるのは空吹く風だけだ。
「名剣士の名は噂ではなかったのね!」
黒髪の彼女が嬉しそうに侍女が準備して座っていた椅子から立ち上がり拍手をしながら俺に向かって歩いてきた。
「まだ衰えてはなかったか」
「あらよかったね!」
「っと…」
いきなり視線が急降下し体が前に倒れていく。あっ、と声を上げたがその時には遅く膝をついてしまった。
「あら、大丈夫?」
彼女がこちらに走ってくる。そして彼女の胸に倒れ込んだ瞬間ふわりといい香りがした。少し甘やかで深い、でもどこか繊細さも感じる香りに心が疼いた。暑いサキュ地方特有の薄手のワンピースは風通しよくする為に胸元が開いている。上質な素材で出来た肌触りのいい布地が頬に当たる。そこから先程と同じ香りがする。
「大丈夫?久しぶりに動いて疲れちゃった?」
頭の上から声がして見上げてみるとアイリスの大きな猫目と目が合う。彼女は少し心配そうな表情をしている。
「ふふふ、いきなり倒れるからびっくりして何も思わず動いて受け止めちゃった」
「…すまない」
「んーん、大丈夫だよ。よく頑張ったね」
彼女は胸に埋められた俺の頭を優しく撫で始めた。彼女の暖かい体温と心音が俺の脳に直に伝わる。その響に俺は少し安らぎと共に心拍が上がる感覚がした。
「よしよし…」
気づけば優しい声で呟き始める彼女。俺はなんだか気恥ずかしくなったがそれを伝わらせないようにした。
「やめてくれ、まるでそれでは子供の様だ」
「私から見れば貴方は子供みたいなものだよ」
おもしろいことを言うのね、と彼女はころころと笑い始めた。意味がわからない。
「子供なのにか?」
「私貴方より年上だよ?」
「…え?」
彼女は俺から一旦離れてモジモジと少し照れくさそうにして小さな声で言った。
「私500年は生きてるわよ?」
どうやら彼女は魔王が魔族を生み出し始めてから初期の段階で作られた魔人らしい。今のように魔王が弱体化する前に作られた魔人だから魔力も凄まじいらしく老けない身体を持つらしい。
「だから私せくしー?なお姉さんみたいなのがみんな好きらしいんだけれど私なんてまだ幼児のような川に落ちてるちびっこい石みたいな姿のままなのよ…あー私も大きくなって強くてカッコイイ女王になりたかった!!」
彼女は空に向かってそう叫んでからムッとした顔で椅子のある場所まで戻って近くに置いてあった水をぐいっと飲んだ。
「ぷはー!…って大人はするんでしょ?」
彼女は俺の方を見てニヤリと仁王立ちをして笑った。
「少なくとも水では無いがな」
俺の新しい飼い主は強くて少し不思議で変なやつだ。
だが艶々とした瞳を塗りつぶす菖蒲色とあの甘やかな彼女の香りに俺は心をどこか奥底の方から引かれていることにその時は気が付かなかった。
続く?かも??
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