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「こいつの酒癖の悪さは年々ひどくなるな~ 」
ビック・ジンが郵便局の帽子を外して、頭をガシガシ搔きながら呆れて言う
自分の思考を言葉にしてくれてありがとうと、北斗は言いたかった
「生きてるのか?」
「さっき確認したときは生きてた」
直哉は二人の会話にしゃっくりで返事した。どうやら納屋の藁と青いダウンジャケットのおかげで、こいつは凍死から免れたようだ
ロングの茶髪は汗で湿り、髭も伸び放題だ。見る限りそうとう泥酔している
じっと弟の顔を見る
兄弟はまるでコインの裏と表だった。北斗は陰気で寡黙、直哉は陽気で屈託がなくおしゃべりが上手だ。当然両親は直哉を可愛がった
顔は父親の良い血筋を引いて彫が深く男前だった、髪もロングで軽薄に茶色に染めてはいるがとても似合っていた
北斗がこんな髪型をすれば、みんなの笑いものになる
二人とも牧場の仕事で筋肉質で屈強だが、外見の良さはすべて直哉のほうに現れている
直哉が気楽に生きている事を、北斗は羨んで当然だが、そうは感じていなかった
直哉はとても人好きがするので、むしろ厳しくて堅苦しい北斗と牧場の従業員や町の人間との、良い潤滑油になってくれていた
それに直哉は北斗にとってこの世でただ一人の肉親で、両親が無くなってからはたった二人で力を合わせて生きて来た
そしてポッと義理の弟が出来てからは、子育ても二人でやってきた
北斗が明を背負って、直哉がオムツを替えてきた
そうやって三人で力を合わせて生きて来たのに、このところ直哉が飲んではめをはずすのは、毎週末の恒例行事となっている
まったくどうしようもないヤツだ。成宮家の人間は酒は強くない、父は酒がたたって死んだのに、それなのに直哉はこんなふうに父と同じ過ちを繰り返そうとしている
そこに牧場の従業員も集まって、なんとか直哉を母屋の自室へ運んだ。目が覚めたら怒鳴りつけてやる、そこへ着替えを済ませた明もやってきた
「な・・・ナオ・・・大丈夫?」
心配そうに泥酔している直哉をじっと見ている。たぶん心の中では色々と思っているのだろうが、それを言葉にするのは難しそうだ
北斗は泥酔している二番目の弟と、歳が離れすぎている小さな義弟をじっと眺めた
今まで弟達に対する責任を一人で背負ってきた
この家は食器が銘々に席に用意されることもない、花もレースもカーテンもない、居心地の良い住まいを作るには女性の手が必要だ
しかしこの男三人兄弟に、牧場の従業員これまた男8人の、成宮カントリーファームにはそうしたものが決定的に欠けていた
まだ小さな弟を見て北斗は考える。自分が結婚するべきなのだろう
この家に女性が入り、家がもっと快適な場所になったら、二番目の弟もここまで町に出て飲み歩くこともなくなるかもしれない、家にいたくなるような楽しみが何もないのだ
北斗が牧場主になってからは多くの事を成し遂げたが、もっぱら改善に力を入れたのは、牧場や土地まわりのことだった
直哉もこのままでは酒乱の乱暴者になりかねない、そして一番下の義理の弟も問題を抱えている・・・・
しかし自分は牧場主であって子守りではない
一番下の義弟の明にも何が不満で、どうしてやったらいいのかまるでわからない
明は慰め方をしらない北斗に絶望しきって、泣きながら眠ることもあった
「おーい北斗!俺はそろそろ帰るぜ、おっとこの家に来た用事を忘れる所だったぜ」
ビック・ジンが大きな包み紙と封筒を3枚持ってきた
「Amazonからの荷物と手紙3通だ」
Amazonからの荷物を見ると、北斗の注文した本と、大きな箱には明のランドセルが入っていた
「そうかぁ~・・・坊主は今年から一年生か、お前よくやってるな〜 」
ビック・ジンが感慨深げに言った
「いたらない所だらけだ・・・ 」
北斗は大きくため息をついて、ビック・ジンから残りの手紙を受け取った
その時ハラりと桜色の封筒が床に落ちた
差出人は「伊藤アリス」と書かれていた
「おい?どうした?俺もう帰るぞ 」
ビック・ジンが突然、北斗の顔つきが変わったのを見て言った
それを遮るかのように北斗はビック・ジンに手をかざした
:*゚..:。:. .:*゚:.。
すぐさま心の中で興奮と不安が交差してくる。彼女は今まで大勢の求婚者を拒んできた、それならこの手紙はいったい何の手紙だろう
北斗は今でも彼女の魅力的な唇と、それ以上に魅力的な知性溢れる彼女の的確な美しい言葉遣いを、記憶から振り払えずにいる
北斗は薄汚れたキッチンに行って水を一杯飲んでから、アリスの手紙の封を切った
いかにも女性らしい、優雅で流れるような筆跡で書かれた手紙を一心に読みはじめた
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成宮北斗様
拝啓
新春の新しい季節に希望を馳せるこの頃、成宮様におかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます
さて先日は何かといたらぬ私に、色々とお心遣いを頂き言葉では言い表せないほど感謝しています
あなたがご親切にご忠告くださったおかげで、大きな後悔をする事態を避けられました。近々あなたのお耳にも入られると思いますが、私と相手方の鬼龍院様との婚約は破棄されました
私のようなものに求婚してくださったことにも、お礼を申しあげなくてはなりません。今となって思えば、私の評判が傷つくのを案じて下さったのですね
寛大なお申し出を、お断りする形となってしまいましたが、気分を害されていなければ良いものと信じております
今後の私としましては、幸運にも私の女学生時代に留学していたパリの「聖セントメアリー国際バイリンガルスクール」で
音楽教員の職に就くことが出来ました
この手紙を読まれる頃には、私はパリに旅立っているでしょう。これからは懐かしい母校で後輩女学生たちと、音楽の素晴らしさを学ぶつもりです。ご厚意とご忠告にあらためてお礼申し上げます
心をこめて
伊藤アリス
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北斗は一言ずつじっくり読んでいった・・・
そして止めていた息を一気に吐いた、すべきことが山ほどある
北斗はいきなりズカズカと母屋を飛びだして行った
「お!おい!どうした? 」
慌ててビック・ジンが北斗の後を追う
「しばらく家を空ける、そのために夕方までに雑務を終わらせる」
ビック・ジンが大きな体の割には小さな目をしばたいて、廊下を渡って北斗の部屋へ着いてきた
「家をあけるって?何でまた? 」
「急用ができた、従業員にも指示するが俺がいない間、ナオとアキの様子を見てやってくれないか?
特にアキの方を・・・出発は2~3日後になる。その前にかたずけておかなければならない仕事がある」
ビック・ジンがもの言いたげな視線をむけた
「う・・まぁ・・・それは全然かまわないが・・・いったいどこへ行くというんだ?」
そうビック・ジンが聞いた時には北斗は、引き出しから自分のパスポートを手に持っていた
そして振り返ってこう言った
「パリだ! 」