テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん/鷹槻うなの

35,460
鷹槻れん/鷹槻うなの

21,373
臣桜
51,196
#恋愛
水無月 京
1,300
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「えーこれ豆ちゃんの作り話じゃないの」
「だとしたら俺捏造上手すぎだろ。別の職業に転職するわ」
「確かに」
人事担当のパートナーとの打ち合わせが始まった。
私はカメラもオフにして、豆さんの家のリビングから参加している。豆さんはどうやら書斎があるらしくて、そっちに行ってしまった。
豆さんとモーニングに行く案はあまりに魅力的だったけど、散々悩んだ挙句「朝の会議以降すぐに家を出るなら、準備したりとかで時間が無いのでは…」と返さざるを得ず、そうすれば
「じゃあ今度行こうか。おすすめの店があるので」
と謎の約束を交わされ。
「ねーねーネクタイどれが良いと思う?」
着替えを邪魔しないようにとリビングのソファでうずくまっていた私にお構いなく、ワイシャツにスラックスという出立ちでこちらに来られた際には少しだけ悲鳴が口から漏れた。
「何!?服着てるよ!?」
まだ第一ボタンは空いていて、カフスも付けてない。
皺一つ無い濃紺のスラックスに、薄いストライプ柄の白地のシャツ。
未完成の装いは、決して日頃見ることができない姿だからこそ、普段とのギャップに強く色気を感じてしまう。さりげない関係性の変化を感じて、こっそりと喜びたくなるのは私だけだろうか?
「いやまぁ…そうなんですけど」
「えー何。というかネクタイどっちが良い?」
流石に懇切丁寧に説明するのは恥ずかしいので、適当に流してご要望にお応えする。候補は赤ベース、オレンジベースの2本らしい。豆さんから2本を受け取って、かわるがわる喉元に当てる。どちらも似合うので、今日の豆さんの訪問先は、とか、天気は、とかあらゆる根拠を求めたけれど結局よくわからなくて、私の好きな色で決めてオレンジを選んだ。
「ありがと。ちなみに、こっちの色を選んだ背景は?」
ネクタイの色を選ぶには少々時間がかかりすぎたことが面白いらしく、キラキラとした目でこちらを見てくる豆さん。
「いえ…色々考えたんですが、結局わからなくて私の好きな色にしました」
「なるほど?」
一瞬虚を突かれたような顔をした彼は、すぐに破顔する。
「良いね、悪く無い」
「そうでしょうか」
「弓家さんの好きな色で首輪をつけられると思うと、結構グッとくるね」
「本気で言ってます?」
「もちろん」
会議中なのにさっき交わした会話を思い出して、恥ずかしさで死にそうになっていれば、
「しかしねー、伊藤かー。伊藤かよー」
人事担当の間延びした声がパソコンから流れてくる。
豆さんのことを豆ちゃんと呼ぶ、あまりに気安い間柄のパートナーは他に見たことが無い。豆さんだって、画面越しの画も声も、だいぶ砕けた雰囲気を感じさせる。
昨夜軽く打ち合わせを要求していた時も思ったけど、やっぱり仲良いんだ、この2人。
「これどうやったら抹殺できる?」
「お前怖いこと言うなよ」
豆さんのあっさりとした言葉に、ギョッとしたような表情を見せる人事担当は、「そうねぇ…」と顎をさする。
「正直、これだと弓家さんへのハラスメントというのが一番早いし確実かな」
「ほう」
「社内政治はなぁ…背任でもねぇしなぁ。社外に何か情報売ってるとかあれば別だけど」
ま、あいつきな臭い噂はちょこちょこ聞くから、これをきっかけに社内調査すれば追い込むのは結構簡単かも知れねーけど。
「と言いたいところなんだが」
そこまでテンポ良く話していた人事担当は、少しだけ歯切れが悪くなり。豆さんは眉を動かして「何」と続きを促す。
「伊藤がね、朝イチで休職の手続きをしてきやがった」
病気療養だとよ。
苦虫を踏み潰したかのような表情に、豆さんも「先越されたか」と天を仰ぐ。
「逃げ足だけはクッソ速いな」
「俺が歴戦で鍛えた勘によると、これはこのままフェードアウトするな」
「歴戦も何も、普通にその道しか考えらんねーだろ」
「やだな豆ちゃん冷たい」
先に逃げられたら、こちらから処分を下すことができない。
伊藤さんの意図は明白で、2人が苦るのも当然だ。私もそれに対して当然納得はできないけれど。
「どうしようかな。転職先掴んだらそこに音声送るか。それとも週刊誌に記事にしてもらえたら再就職先をまとめて潰せるかね」
「あらやだ悪魔的発想」
「何カマトトぶってんだよ」
不穏なことを計画し始めた二人は、悪い笑顔を浮かべて楽しそうだ。
「お2人とも、危ないことはしないでくださいね」
イタズラを楽しむ子供のようで微笑ましくもあるけど、いかんせんいい年した大人だ。イタズラの度も超えている。
「もうこの会社から去るなら、そっとそのまま去らせたらどうでしょう」