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「酔ってる……だって?」
実《みのる》が、眉をつり上げ、岩崎を睨み付けた。
「実《みのる》様、御案内いたいます」
佐紀子が、声を荒げ、実《みのる》の気を引こうとしている。
岩崎と引き離したいと、実《みのる》を連れ出しにかかっているのだろう。
月子は、この一触即発的な状態に、自分も何かできないかと、岩崎をそっと見た。
できるならば、実《みのる》に、落ち着いて欲しかったが、ここは、岩崎に、なのかもしれない。
口惜しいが、こちらから、仕掛けた所もある。そして、実《みのる》は、まだ若く、佐紀子とそう変わらない年頃に見えた。と、なると、この状態で堪えるなど、とても無理だろう。
「大丈夫だ。うちには、一人勇ましいお方がいるだろう?」
心配そうに見上げる月子へ、皆に聞こえないよう、岩崎がそっと言った。
と、同時に、そのお方が、しゃしゃり出る。
「本当!酔っぱらいの絡みじゃないの!あなた、結局、うらやましいんでしょ?!で!佐紀子さんとやらもね、恥じらいなさいな!嫌だ嫌だも好きのうちって言うじゃない?!適当に転がして置けばよろしいの!」
なんなの、なんなの、融通が効かない人ばかりと、芳子が、愚痴りながら激を飛ばした。
が。
「はっ!そんじゃあ、転がしますか?!」
実《みのる》が、悪態をつきながら、芳子へ向かって、自分にだされていた湯飲みを蹴り上げた。
たちまち、あたりに茶が飛び散る。
佐紀子が、実《みのる》を凝視した。余りのことに、どうすれば良いのか、というのが、本音なのだろう。いつものように、落ちつき払っている佐紀子の姿はなく、目を泳がせながら、野口のおばへ、取りすがるよう視線を移している。
「芳子!」
飛び散る茶から、芳子を庇おうと、男爵が動いた。
芳子へ被さった男爵の上着に、茶が、かかる。
「芳子、着物は大丈夫か?!」
「えっ?!京一さん、そこ、ですの?!」
驚きから、芳子は、少し震えながるも、精一杯声を絞り出していた。
「うん、染みが出来たから、新しい着物を買うとかなんとか言って、また、色々買い込んでしまうだろう?それも、なかなか、物入りだからねぇ」
「ええ!京一さん、そこ、そこなんですかっ?!」
「そうそう、そうですよ?」
男爵は、朗らかに芳子へ買い控えしろと釘を差すと、やおら、振り返り、田村と実《みのる》親子を見た。
「田村さん、確か、実《みのる》さんも、お宅の銀行の取締役に名を連ねておりましたね。このように、荒い人物が上に立つ銀行とは……。投資も少々考えさせて頂きたいものですなぁ」
「なっ、脅かよっ!」
実《みのる》が、男爵へ叫ぶ。
「岩崎男爵様!申し訳ございません!すべては、私の失態!ど、どうか、お気をお沈めください!!」
田村は、実《みのる》を、引っ張り無理矢理、正座させると、その頭を押さえつけた。
そして、自身も頭を深々と下げ、詫びを入れる。
その様子を、佐紀子が、じっと見ていた。
だが、手におえないを越え、どうしようもない所に来てしまっていると感じているのか、言葉すら出ないようだった。
そんな、佐紀子の袖を、野口のおばが引っ張り、佐紀子も座って、男爵へ頭を下げるよう、合図している。
「まあ、これで、帰る口実は出来た」
岩崎が、また、月子へそっと言った。
「そもそも、こんな所へ、足を運んだのが間違いだったのだろう。さあ、帰ろう」
田村が、男爵へ平謝りしている中、実《みのる》だけは、ぶつぶつ文句を言っている。
その態度に、芳子が再び噛みつき、ああだこうだと、言い合いが始まっていた。
「まっ、あとは、任せて……退散あるのみだな」
岩崎は、呑気に言っているが、月子は、不安で仕方ない。
そんな、月子を落ち着かせようとしてなのか、岩崎は、淡々と言う。
「いいかい?君は、岩崎の人間になる。だから、もう、いや、こんりんざい、西条の家とは関係のない人間なんだ。佐紀子とやらの顔色を伺わなくていいんだよ。もっとも、彼女の顔色も、今は悪いがね」
確かに、佐紀子は、実《みのる》の態度、というよりも、垣間見た、その人となりに愕然としており、一人おののいているように伺えた。