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薄暗い部屋。
ひとりの青年が、口元に指を添えたまま、黙ってメッセージを見つめていた。
赤インクで書かれた文。
わずかに滲むその筆跡は、乱れていて──それが余計に意味を孕んでいた。
「……縦読みか」
低く、呟く。
メッセージは、縦に読むとこう語っていた。
──ビヨンド バースデイ。
キラが過去に送った犯行声明も、頭文字で仕組まれていた。
──たまたまか、それとも……。
青年は目を細める。
“B、お前がキラだとでも言うのか?”
ノートパソコンに手を伸ばし、ファイルを開く。
そこには、英字で並ぶコードネームの連絡リスト。“B”からZまで──しかし、ところどころ欠番がある。
青年は迷わず、上から2番目の文字をクリックする。
B──
沈黙が数秒。
やがて、画面上に音声通話の接続表示が現れた。
──応答せよ、バースデイ。
◈◈◈
ピピッ──。
パソコンから短く甲高い着信音が鳴った。
私たちは同時にそちらへ視線を向ける。
画面には、白一面の背景に、黒く浮かび上がるたった一文字。
『L』
その文字を見た瞬間、バースデイの体がピクリと震えた。
「L……」
呟く声は、どこか夢の中のようだった。
まるでそれが現実なのか確かめるように、彼は画面を凝視したまま動かない。
「………………」
私は思わず息を呑む。
バースデイの顔には、見たことのない表情が浮かんでいた。
絶句と歓喜。震えと緊張。
それらが入り混じって、表情というより“静かな混乱”に近かった。
「本当に……連絡が……きた……」
カチッ。
その音は、小さな合図だった。
長い静寂を破る、探偵同士の“開戦の鐘”が頭の中で鳴った──
〈……Lです。……聞こえますか?〉
肉声。
紛れもない、Lの声──本物だ。
有り得ない。こんなにも、こんなにも近くで話せるなんて……!
バースデイはふぅっと静かに息を吐いたあと、手元の操作パネルに目をやり、音声加工のスイッチを押す。
機械的に一瞬ノイズが走り、通信が切り替わる。
「……………聞こえています。L。私がBです」
その声は、震えていなかった。
けれど、それ以上に言葉の重みが異常だった。
“B”が、“L”に名乗る。
それだけの事実が、この空間を異様な緊張で満たしていく。
私はドキドキと波打つ胸に、そっと手を当てた。
BとLが話してる──
世界が変わる予感がする。
今はもう、私が口を挟む余地なんてない。
だから、私はすべてをBに託した。
〈初めまして、B。こうして連絡が取れたこと、嬉しく思います〉
Lの声はあくまで淡々としている
感情を剥いだような音質、だがそこには確かに“会えたことへの喜び”があった。
「ええ。こちらこそ、あなたの後継者として……光栄です。L」
BとLは、これまで一度も会ったことがない。
言葉を交わしたことも、顔を見たこともない。
それでも、お互いの存在を意識し合っていた。
バースデイは静かに応じた。
その声は不自然に落ち着いており、どこかで呼吸を浅くしているのが分かる。
この瞬間を、バースデイはどれほど待ち望んだことか──いや、それ以上にこの瞬間のために存在してきたのだ。
その覚悟が、今ようやく現実と接続した。
〈早速本題から入らせていただきますが、Bにお願いがあります。このキラ事件は、どんな凶悪犯罪よりも複雑で難解です。私一人では限界がある。ですので、B──あなたにも協力をお願いしたい。よろしいですか?〉
「ええ、もちろん。私もキラを捕まえたいですから」
〈では、Bにだけ、私が今もっとも疑っている人物を伝えます。メモなどは取らず、覚えていただけますか?〉
「分かりました」
通信の向こうで一瞬の静寂が走る。
〈──今、私が最も疑っているのは……彼──夜神月です〉
そう言ってLから送られてきたの、夜神月の顔写真と年齢、職業、住所など、個人情報が流れてきた。
「……やがみ……らいと?」
Bは首を傾げながら、夜神月の顔をじっと見た後、バースデイの口元が緩む。
肩を震わせ、喉の奥でくくっと笑いを堪えるその姿は、まるで──死神のようだった。
夜神月の名前。
その本名さえ分かれば、Bにとっては標的を見つけるのは容易いことだろう。何せ、彼には“目”があるのだから──
「L、夜神月を尾行したことは?」
〈尾行は、これから行う予定です〉
……さすがはL。
キラと疑われて数日でそこまで踏み込んでいるとは……やはり動きが早い。
「では、私がやります、L。キラの能力には興味がある。出来ることなら、間近で見てみたい。私にやらせてくれますか?」
私も、見てみたい。キラの殺しの方法は何なのか。気になる。
〈……分かりました。彼の住所を送ります〉
Lから送られてきたのは地図と、夜神月の家の外見。
ここまで調べあげ、送ってこられるのは世界一の名探偵だからか。それにしてもやってる事は犯罪級だ。
〈尾行は気付かれないように。たとえ殺しの手口が分かったとしても、独断で接触・拘束はしないように。いいですね?〉
「分かってますよ、L……くくっ……」
言葉では従順に返しているが、その笑みには何かが含まれていた。
──彼のことだ、本当に分かっているかどうかは分からない。
二人に一瞬の静寂があった後、すぐにLが言葉を発した。
〈ところで、Bに一つ質問があります〉
Lからの質問……──思わず前のめりになり、画面を見つめた。
「なんでしょう?」
〈──死神は、いると思いますか?〉
空気が一瞬、凍った。
バースデイは目を見開いたまま、画面に浮かぶ『L』の文字を凝視している。
死神……そんな非現実的な言葉が、Lの口から出るとは。
「何言ってるんですか? 死神なんているわけないでしょう」
即答だった。そりゃそうだ、死神なんているはずない。
「なぜそんなことを聞くんですか?」
〈キラは、死の前の行動を操れるようです。彼はある囚人に、『L知っているか、死神はりんごしか食べない』という文を書かせました〉
りんご?
──妙な違和感だ……。
「?……その文章に意味があるとは思えません。あなたを混乱させるための挑発文では?」
〈……そうですよね。私もそう考えています。死神などいるはずがない。Bの言う通りです。今の話は忘れてください〉
そうだ、死神なんて──
──ずずっ。
通信の向こうで、飲み物を啜る音が聞こえた。続けて、食器が軽くカチャリと鳴る。
〈では、尾行の件はBに任せます。報告は3番の回線へ──それでは〉
「了解しました、L」
忙しいのか、通話が早々に切れた。
張り詰めていた空気が一気に緩み、肩から力が抜ける。
思わず深く息を吐いた。
「はぁ……バースデイ、Lと話せたね?」
「うん」
どことなく嬉しそうなBの表情に、私の胸にも温かいものが広がる。
そんな顔、久しぶりに見た気がする。あんな風に、笑って欲しかったのかもしれない。いつものぞぞぞぞとか変な笑い方じゃなくて。
私は夜神月のデータをもう一度見直しながら、ぽつりと呟いた。
「……死神か。まさか、夜神月が死神だとでも言うの?」
「どうだか……」
バースデイは目だけこちらに向けて、静かに言った。
「……夜神月は死神じゃない。ただの──死神を気取った少年、だ」
そう。
死神なんかじゃない。ただの模倣。気取った偽物。
けれど──LにもBにも狙われた哀れな存在。
「Lに目をつけられるなんて、不幸な殺人鬼だ……くくくくくっ」
「Lだけじゃない。Bにも、でしょ?」
「うん、そうだな、ここまでくると可哀想だ」
LとB──この二人を敵に回して、生き残れるはずがない。
「この勝負……Lの勝ちか、Bの勝ちか──」
けれど、そんな問いはもう意味を持たない。
だってこの戦いは、最初から答えが決まっている。
オリジナルはコピーにひれ伏し、キラも本物の死神の前では手も足も出ない。
──“B”。
それが、このパズルの勝者だ。