コメント
0件
隣のフラットに暮らし同じ病院で専門は違っても同じ医師として働く、ある意味奇跡のような恋人、杠慶一朗と付き合うようになって季節が流れ、秋めいていた空はすっかり秋そのものになっていた。
勤務先の小児病棟で定期的に行われる、入院している子供たちへのレクリエーションでダンスをして以来、己の恋人が躍ることが好きだと知ったリアムは、週末の仕事終わりに、市内のクラブに踊りに行くぞと声を掛けられる回数が増えていて、その回数の多さに内心辟易していた。
リアムの趣味はデイキャンプを始めとしたアウトドアで、室内で何かをするよりは大自然の中で思いっきり身体を使って遊ぶことが好きだった為、今まであまりクラブに代表される店とは縁遠かったのだ。
尻込みするリアムを気にするなの一言で車に押し込み、行きつけのクラブに金曜の夜に出かける慶一朗の横顔が本当に嬉しそうだったため、無碍に断ることもできずに今日も仕事を終えて少しだけ疲れた身体を恋人の愛車の助手席に押し込み、前回と同じ店に行くことを告げる彼にただ頷くだけだった。
到着した店は一見すれば少し高級そうなキャバレーかクラブかと思うような店で、しかも店の外にはリアムと体格的には変わりはないが、目つきだけは決して勝てないと思うような男性が立っていて、すっかり顔馴染みになってしまったからか、慶一朗の赤いスポーツセダンが店の前付近の駐車スペースに停まった時、こちらへと顔を向けて軽く会釈してくれる。
車から降り立って同じく会釈で返したリアムだったが、今日は奥のブースで初めての団体客がいるため、店の雰囲気が少しだけ違っていることを彼から教えられ、慶一朗と顔を見合わせる。
「初めてで団体客? 良くルカが許したな」
この店のオーナーは名の通った変わり者で、初めての団体客を入れるなんて珍しいと慶一朗が口笛を吹いてオーナーの英断を認めるが、何か問題が起きたとしても大丈夫だと隣に立つリアムの腕を一つ撫でて片眼を閉じる。
オーナーは慶一朗の古くからの友人で、慶一朗と一緒だから誰にも何も言われずにリアムも店内に入れているが、通常であればこのセキュリティスタッフにじろりと一瞥されているはずだった。
そんな仕事熱心な彼にもう一度手を挙げて挨拶をしたリアムは、慶一朗が中に入るのについていき、店内に流れる陽気な曲とそれに合わせた照明に一瞬ハレーションを起こしそうになる。
「…何か飲むか?」
店に来た時には必ず飲み物を注文するが、店内の照明が目の裏で明滅し、今日は調子が悪いとリアムが自己診断を下した時、カウンターの奥から大股に駆け寄ってきた青年がカウンターに腕を付いて身を乗り出してくる。
「ハイ! ケイ、リアム! 良く来てくれたね!」
最近は毎週のように来てくれて嬉しい限りだけどと、満面の笑みの割には何か引っかかりを覚えるような笑顔で二人に声をかけてきたのは、古代エジプトの有名な女王をリスペクトしているのかと疑いたくなるような髪型をした同年代の男だった。
一見すれば性別不明なこの男性が、この店のオーナーであり慶一朗の友人でもあるルカだった。
友人の声に顔を振り向けて彼と同じようにカウンターに腕を付いた慶一朗が呼吸をする自然さでルカにキスをし、同じように彼も返すが、毎回その挨拶を何とも言えない顔で見守ってしまうリアムにもルカは事情は分かると言いたげな顔で頬にキスをしてくれるのだ。
優しさなのか同情なのか理解に苦しむそれにも律義に同じ場所へとキスを返したリアムだったが、今日は奥が少々喧しいから程々にしたほうがいいと、慶一朗とリアムの間に顔を突っ込んだ性別不詳のクレオパトラが艶めかしいというよりは胡乱な目つきで囁き、二人がその顔を至近距離で見つめてしまう。
「どうしても断れない客からの紹介だったから…」
だから入れてしまったけれど、実はもうかなり後悔していると肩を竦められ、これは早々に退散したほうが良いと慶一朗が判断した時、カウンターの奥でビールを飲んでいた、悪夢から抜け出してきたような化粧をした小柄な女性が近寄ってくる。
「ハーイ、ケイ、久しぶりねぇ」
「・・・久しぶりだな、バンビーノ」
身長が190センチを超えるリアムは別にしても慶一朗は小柄ではなかったが、それでもそんな彼よりも小さなバンビーノと呼んだ女性がグラスを差し出し、そちらの長身マッチョなイケメンはどなたと秋波を送るが、そんな彼女に対し珍しく慶一朗がぶっきら棒な口調で上段から言い放つ。
「どんな芝生でも青く見える目を持つバンビーノ、この庭は俺のものだ」
例え世界中の芝生が寝転がる許可を与えたとしても、こいつには手を出すな、出した事が分かればそのつけまつげを全部引っこ抜いてやるぞと、色素の薄い双眸を細めてバンビーノと呼んだ女性を見下ろすと、彼女が舌打ちをした後、だれがそんな筋肉バカに手を出すかと一声叫んで舌を出し、気分が悪いわと踵を返していく。
己の恋人は仕事でもプライベートでも余程のことがない限り人に対して悪い印象を与えるような言動は取らないのだが、彼女へのそれがリアムにとってはかなり新鮮なもので、呆気に取られつつ慶一朗の横顔を見つめれば、ばつが悪いといいそうな顔で視線を逸らしてしまう。
「・・・俺のもの?」
「う、るさい。ああでも言わないとあいつは・・・」
すぐに人の男に手を出すからと、そっぽを向いたまま不明瞭な声で言い訳をする慶一朗のうなじが控えめな照明の下でも赤く染まっている事に気付き、滅多に見ることも聞くこともない本心が姿を見せたことに気付く。
ただそれだけでさっきまでの気怠さが無くなった気がしたリアムだったが、それでもやはり調子が悪いと訴える己の声を無視することはなく、ルカと慶一朗のどちらにも伝わるように口を開く。
「ケイは楽しみたいようだけど、今日は早めに帰っても良いか?」
ダンスフロアで顔を紅潮させながら踊るお前やカウンターでルカと楽しそうに話しながら飲んでいるお前を見ていたいが、今日は調子が悪すぎると二人に謝罪するように伝えると、慶一朗のきれいな指がそっと上がり、リアムの耳朶を軽く摘まむ。
「ケイ?」
「・・・一杯だけ飲んで帰らないか?」
リアムの耳朶を摘まんだことで何かを察したのか、慶一朗がさっきまでとは全く違う顔で頷いたため、近くでそれを見守っていたルカの目が驚きに見開かれる。
慶一朗の交友関係をある程度は知っているルカだったが、リアムへの態度が今までの相手とは何かが違うことに気付き、ある意味真っ当な恋愛関係を築けなかった友人が、もしかすると初めてそれが出来る相手と一緒にいるのではとも気付くと、無意識のうちに安堵のため息を零してしまう。
「ケイ、リアム、僕は向こうの客の相手をしなきゃいけないからちょっと戻ってこれないけど、帰る時は気を付けてね」
今夜はやけに警官の姿を見かけるからと二人にだけ忠告したオーナーは、小さな音を立ててそれぞれの頬にもう一度キスをした後、店の奥へと姿を消す。
ルカが店の奥へと消えた後、どちらも飲む気持ちも踊る気持ちも起きず、せっかくここまできたが今夜は帰ろうと慶一朗がリアムの腰を一つ撫でる。
「良いのか?」
一杯だけでも飲めばどうだと己の我儘につき合わせる申し訳なさに慶一朗の耳元に顔を寄せたリアムだったが、外にいたアンディが言ったように店の雰囲気が確かにいつもと違うこと、バンビーノがいるおかげで楽しい気分が吹っ飛んだ、反吐が出ると言いたげな顔で吐き捨てられて目を丸くし、そういうことなら帰ろうと店を出る。
入ったばかりの二人が出てきたことに軽く驚いたセキュリティスタッフのアンディに一つ肩を竦めた慶一朗は、今日は乗り気じゃなくなったから帰ると告げ、来週また来るからルカによろしく伝えてくれと告げつつお小遣いだとポケットに一番大きな硬貨を一枚落とす。
子供の小遣いにすらならない50セント硬貨だが、慶一朗が帰る時にアンディに渡すのが儀式のようになっていて、アンディもいかつい顔に少しだけ笑みを浮かべてポケットをポンと叩く。
「ルカにいつも言ってるんだけどな、あいつを早くキックアウトしろって」
「・・・オーナーにまた伝えておきますよ」
「ぜひそうしてくれ」
手を挙げて挨拶を交わし愛車の運転席に乗り込んだ慶一朗は、同じように乗り込んでくるリアムの様子を少し窺っているが、調子が悪いのは体調ではなくメンタルだと察し、これならば早く自宅に帰って二人でゆっくりしたほうが良いと判断を下す。
リアムがシートベルトを掛けたのを確かめ、週末の夜の街へと繰り出す人々と逆方向へと車を走らせた慶一朗だったが、助手席から不思議そうな声をリアムが上げたことに気付き、どうしたと視線を向ける。
「さっきのバンビーノだったか? 彼女と言っていたよな?」
確かバンビーノはイタリア語で男の子や子供のことじゃなかったかと、リアムが己の記憶を呼び覚ましている顔で問いかけると、ステアリングを指先でノックした慶一朗の口から聞いたことがないような冷淡な声が流れ出す。
「ああ・・・ドラァグクイーンのように自分を主張出来ず、トランスジェンダーのように違和感のある性から移行することも出来ない、なのにそういった人たちと自分は違うと張り合っているだけの小さな男がどうした?」
その言葉はある意味辛辣で、よほど嫌いなのかとリアムが苦笑まじりに問いかけると、男を好きになるのならば女でなければならないと思い込んでいる為に女装をしているが、本当は男のままがいいと思っている、なのに男のまま男を好きになれず、だからと言って女性の体になる勇気もない、その相反する言動に腹が立つと苦虫を潰したような顔で呟かれ、リアムがヘイゼル色の双眸を激しく瞬かせる。
「・・・ケイが人を嫌いだというのを初めて聞いた気がするな」
「そうか? 俺は人の好き嫌いは激しいぞ」
もうお前のことだからわかっていると思うけれどと苦笑し、市内から郊外へと向かう道路をゆっくりと流れに乗って走らせる。
「帰ったら飲まないか、リアム」
調子が悪いと言っていたがあれは心理的なものであって身体的なものではないだろうと、シートにゆったり凭れ掛かりながらステアリングを握っていた慶一朗が前を見ながら問いかけ、助手席のリアムがそれに対して素直に頷く。
「・・・悪い」
「謝る必要はない、Mein Stern,クラブよりもキャンプで遊びたいんだろう?」
リアムの調子の悪さをしっかり見抜いていることを教えるように目を細める慶一朗だったが、無理に連れ出したのはこっちだと内心で詫びつつ、二人きりだけの呼び方で恋人を呼べば、嬉しそうな気配が助手席から漂ってくる。
その気配から不調さの由来が心理的なものだと改めて気付いた慶一朗は、赤信号になったタイミングで顔を横に向け、どうしたと小首を傾げる頬を手の甲でそっと撫でる。
「ケイ?」
「帰ったらワインを飲みたい。ウィスキーでも良いな」
「ああ。昨日ブランデーにチェリーを漬け込んでおいた。それも食べないか?」
慶一朗の手が触れた箇所が気持ち良くてそっと撫でたリアムは、ブランデーにチェリーをつけたことを思い出し、冷蔵庫にチーズやサラミなども入っていることも思い出すと、ワインだろうがウィスキーだろうがどんと来いと胸を張る。
それがおかしかったのか、慶一朗が珍しくくすくす笑いながら良いなと頷いた為、今度はリアムがそっと手を伸ばして恋人の端正な頬を撫でる。
家以外でのスキンシップを激しく嫌がる恋人だった為、また嫌がられるかと不安を覚えたリアムの前、慶一朗の顔が今すぐ抱きしめたいと思うほど柔和なものになり、クラクションを鳴らされないようにそっとアクセルを踏むことで顔がそれ以上にやけないようにしようと抑えているような様子だったが、そんな穏やかな表情のまま口を開く。
「・・・前に、何かあってもちゃんと話し合いたいと言っていたな」
「え? ああ、そういえばそんなことを言ったな」
「じゃあ帰ったら飲みながら話をしよう」
クラブで踊る回数とデイキャンプに行く回数、どちらも楽しめる範囲を探るための話し合いだと笑う慶一朗に限界まで目を見張ったリアムだったが、シフトレバーに乗せられている手をそっと撫でてダンケと伝えて頭の後ろで手を組み、ダッシュボードに靴を脱いだ両足を乗せるのだった。
お気に入りのソファで、リアムに後ろから抱きしめられつつテレビのリモコンを操作していた慶一朗は、ここのキャンプ場は前に行ったことがあるかと斜め後ろを見ながら問いかけるが、そこは良い印象がないから他にしようという声とキスがうなじに返ってくる。
「フゥン、雰囲気が悪かったのか」
印象が良くないという言い方から嫌なことがあったのだろうと判断し、キャンプグッズや場所の紹介をしている番組へと視線を向けると、目の前にブランデー漬けになったチェリーが差し出される。
差し出したのは背後のリアムで、さっきから己の口に運ぶよりもこうして慶一朗に食べさせている回数の方が多いと気付くが、チェリーの美味しさに止められず、斜め後ろを見ながら舌を出す。
舌の上に乗せられる赤い果実とその軸を口の中に含んでモゴモゴと口の中で転がした慶一朗は、小さな満足の吐息を零した後、チェリーを落とさないように気をつけつつ再度リアムに向けて舌を出す。
「・・・器用だな」
そこにあったのは、綺麗に結ばれているチェリーの軸で、感心したように呟くリアムの前、ニヤリと笑みを浮かべた慶一朗が果実を食べて種を取り出すと、チェリーとブランデーに濡れた唇をリアムの手に押し当てる。
「・・・チェリーはもう良い」
これ以上食べると好きになりそうなものも嫌いになると笑う慶一朗の肩に顎を乗せてうんと笑ったリアムは、クラブとかが苦手でごめんと、どうしても気になることを詫びると、慶一朗が後ろに伸ばした手で髪を撫でる。
「・・・月に1回ぐらいだったらルカに会いに行っても良いか?」
その問いかけはリアムの気持ちを十二分に汲んだ上で己の希望を混ぜ込んだもので、毎週は厳しいが2回とかでも良いと伝えると、ルカが喜ぶなぁと嬉しそうな声が返ってくる。
「俺はルカに相手をしてもらうから、ケイは踊って来いよ」
「それも良いな。でも・・・」
どうせならお前と一緒に踊りたいと疑うことのない本心を小さな声で伝えられ、それにもうんと頷いたリアムは、先日のように家で踊るのも悪くないと薄い腹の前で手を組むと、その手に手が重ねられる。
「良いな、それも」
ここでも俺の部屋でも構わないが、お前と一緒に踊る楽しみを覚えてしまった今、もう我慢することなんて出来ないと笑う慶一朗に対し、抑えきれない思いが溢れそうでぐっと堪えたリアムだったが、これだけは許してくれと内心で謝罪しつつうなじにキスをする。
「リアム?」
「・・・話をしてくれてありがとう、ケイ」
ちゃんと話し合いたいと前に言ったことを守ってくれてありがとうと礼を言ったリアムの腕の中、もぞもぞと身動ぎした慶一朗がいきなり体ごと振り返ったかと思うと、リアムの頬を両手で挟んで真正面から視線を合わせてくる。
「デイキャンプもナイトクラブもどっちも・・・お前とだから楽しめる」
だからこれからも、昼と夜を代表するような娯楽を二人一緒に楽しもうと、ニヤリと笑みを浮かべた慶一朗が額に額を軽くぶつけて肩を揺らす。
「うん、そうだな」
どちらもお前と一緒なら楽しめると笑うが、テレビから聞こえてくる大笑いをする声が不意に邪魔に感じ、慶一朗の首筋に口を寄せてこのままベッドに行かないかと誘いかければ、シャワーを浴びさせてくれる余裕もないのかしらと、慶一朗が女性の口調を真似て上目遣いに見つめるとリアムも太い笑みを浮かべるが、お手伝いしましょうかと囁きかける。
「────悪くないな」
いつもならばベッドで先に待っていろとにべもなく言い放つ慶一朗だったが、今夜はどんな気持ちの変化からか、ソファから立ち上がりながらリアムに向けて手を差し出すと、ぐいと摑んだリアムが立ち上がりながら慶一朗を肩に担ぐように抱き上げる。
「ちょっとぉ、もう少し丁寧に扱いなさいよ!」
リアムの肩に肘を置いて頬杖をつきながらわざとらしいシナを作る慶一朗の声にリアムが肩を揺らしながら笑い、これは失礼しました皇帝陛下と恭しい言葉で己の非礼を詫びて
リモコンを操作して大笑いをする声を消すと、掛け声一つで慶一朗を胸の前に抱え直して横抱きにする。
「あ、この方がよく顔が見えるな」
「────!!」
ベッドに移動する際、肩に担ぐようであったり子供を抱き上げる時のようにであったり慶一朗を決して歩かせようとしないリアムだったが、流石に横抱き−いわゆるお姫様抱っこ−はあまりなく、意外な発見だと笑うと腕の中で慶一朗の顔が真っ赤になる。
「早く行けっ!!」
「はいはい」
降ろせと言っても決して降ろさないことはもはや経験済みのため、ならば早くこの羞恥の時間を終わらせるためにバスルームに行けと叫ぶ慶一朗におざなりに返事をしたリアムは、テーブルに置いたままのビールのボトルを慶一朗に持たせると、希望通り二階のバスルームに向かうのだった。
バスルームで慶一朗を降ろしたリアムは、羞恥に顔を赤くしながらも服を脱ごうとする恋人に気付き、バスタブの淵に腰を下ろしながら名を呼ぶ。
「ケイ」
「何だ?」
「・・・たまには脱がしたいな」
「は?」
いつも抱き合う時はシャワーを浴びた後だからバスローブ姿だし、ベッドに入る時にはそれすらも脱いでしまうためにリアムは慶一朗の服を脱がせたことがほとんどなかった。
だから今夜はそれをしたいと足を組んで頬杖をつくと、今更何を言うんだと言いたげに眉が寄せられるが、お前がしたいのならどうぞ、ただし俺もすると宣言され、大歓迎だと一つ手を打つと、己の前に向かい合うように立つ慶一朗の腰に腕を回して抱き寄せる。
踊ることが好きで一緒に楽しみたいと言ってくれるが、こちらの調子が悪い時や乗り気でない時にはそれを察して己の思いを堪えることのできる優しい恋人を抱き寄せキスをすると、密着するように肩に腕を乗せてくる。
キスの濡れた音を響かせながら慶一朗のシャツのボタンを一つずつ外していくと、リアムの服の裾から慶一朗の手が入り込み、同じように脱がそうとしてくる。
その手の動きに合わせて腕を上げるものの、脱がせてくれるまどろっこしさに笑い出し、自ら服を脱ぐと慶一朗の顔に不満と愉快の双方が浮かび上がる。
不満を解消させるために小さな音を立てて唇にキスを繰り返すと、リアムの思い通りに不満が掻き消えて愉しさだけが浮かんだ為、慶一朗のボトムスのボタンを外して膝まで一気にずり下ろすと、慶一朗の目が細められてエッチという意味のわからない日本語らしき言葉が聞こえてくる。
「何だって?」
「何でもない」
この言葉の意味を知りたければ総一朗にでも聞けと笑われて日本語を呟いたと理解したリアムだったが、露わになった下着が随分とセクシーなものだった為、端正な顔を見上げつつニヤリと笑みを浮かべる。
「・・・随分セクシーな下着だな?」
膝で止まっているボトムスを両足だけで脱ぎ捨てた慶一朗がリアムの足に跨って腰を下ろすと、舌舐めずりするような笑みを浮かべて足に尻を押し付ける。
「・・・お前に見せる為だと言えばどうする?」
勝負下着ではないが、踊った後のテンションのまま抱き合うのだ、色気も何もない下着で良ければそちらに履き替えるけれどと笑う慶一朗のシャツを全て脱がせて下着一枚の姿にしたリアムは、それは嬉しいなぁと笑いながら慶一朗の尻を掴む。
「・・・んっ」
恋人に見せるために穿いていた下着姿でその足に跨っていた慶一朗だったが、尻を掴まれ耳朶を舐められてくすぐったさに首を竦めるが、ここでやりたいと言われて流石に目を丸くする。
ベッドがいい、絶対にベッドがいいから早くシャワーを浴びてベッドルームに行こうと、リアムの足の上から飛び降りるものの、腰をがっちりと掴まれて逃げることができず、首筋をきつく吸われて目の前の鍛えられた身体にしがみつくように腕を回してしまう。
「バスタブに浸かる?」
シャワーだけで良いと小さく叫ぶ慶一朗の首筋にもう一度キスをしたリアムは、これ以上の抵抗を封じるためにバスタブの中に引き摺り込むと、シャワーヘッドから温めの湯を出して二人揃って頭からシャワーを浴びるのだった。
湯気で少しだけ曇る鏡に手をついて堪えようとする声を引き摺り出すように指で中をかき回され、一際高い声が出る場所を刺激されて膝が崩れ落ちそうになる。
与えられる快感をいつも以上に敏感に受け止めてしまっているからか、崩れ落ちそうになる腰を背後から片手で支えられているだけでも背筋が粟立ち、体内に篭った熱を吐き出そうと顎が上がってしまう。
その顎を腰を支えていた手で掴まれ、このままここで一度イってしまうのも良いなと囁かれ、何も良いことなどないと言い返せば、中を蹂躙していた指がぐるりと蠢き、本来は出口である場所を広げられて喉の奥に声が引っかかる。
「・・・ぁ、う・・・っ・・・!」
ずるりと指が抜ける感触に無意識に安堵の息を零した慶一朗だったが、うなじに口付けられ、顎を掴んでいた手がそろりと口元へと移動したかと思うと、今度は半ば開いたままの口に指が様子を伺うように侵入してくる。
その指が何をしたいのかを察した慶一朗は、素直にさせるつもりはないと鏡の中で視線が重なった恋人に目を細め、悪戯を繰り返す指に軽く歯を立てる。
「・・・いたいなぁ」
そうやってすぐに噛むと、痛みを全く感じていない顔で笑うリアムにできる精一杯の腹癒せだと笑った慶一朗だったが、直後に指とは比べ物にならない太さのものがゆっくりと中を押し分けて入ってきたことに気づき、強烈な快感に鏡についた手を握りしめる。
「・・・う、ぁああ、・・・っ!」
中を押し進む熱と質量にとっさに声を堪えようとするが、口の中で歯茎の裏を撫でたりと遊んでいた指が本来の役割を思い出したように舌を押さえつけた為、くぐもった声がバスルームの湯気に混ざって天井に届く。
「・・・最後までは、無理だな」
「・・・・・・あ、たり前、だ・・・っ!」
お前の長くて太いものを全て咥え込んだら明日一日俺は使い物にならなくなると、男のプライドを傷つけられた顔で吐き捨てた慶一朗だったが、緩く出入りした後に突き上げられてその衝撃に背筋を撓ませてしまい、癖で歯を噛み締めようとするが、口内を蹂躙していた指に力が入り、熱の篭った吐息を鏡に向けて吐き出してしまう。
「いつかは全部突っ込みたいな」
お前の一番奥はどれぐらい気持ちがいいんだろうなと、その場所の気持ち良さを想像しつつ慶一朗の腰を片手で掴んで腰を軽く押し付けると、明るい色の髪が左右に揺れ、がくりと項垂れる。
「ケイ、まだダメだぞ」
幾ら何でも早すぎると苦笑するリアムに咄嗟に何も言えなかった慶一朗だったが、鏡について身体を支えていた手を後ろへと伸ばすと、壁に手をついて身体を支えるのが辛い、ベッドがいいと滅多に見せない甘えた顔を鏡ごしにリアムに見せつける。
そんな顔を恋人にされてダメだと言えるリアムではなく、鏡ごしに快感に染まる顔を堪能したかったが、この調子だとベッドでも似たような顔を見せてくれるかもしれないと気付き、首筋に一つキスをした後、ずるりと抜け出して膝から崩れ落ちそうになる慶一朗の体をしっかりと支える。
「ベッドに行くか」
ここにやってきた時のように弛緩しかける身体を横抱きにしても文句を言われないどころか首に腕を回してしがみつかれ、本当に珍しいと内心喜んでいたリアムは、バスルームを出たすぐのドアを開け、二人で寝ても十分に広いベッドの中央に慶一朗を下ろすと、ナイトテーブルの引き出しからスキンを取り出して手早く着け、快感に染まる目で見つめてくる慶一朗にキスをし、再度中に入り込む。
その頃には不満を訴える気力も無くなっていたようで、押し入ってくるものを受け入れる快感よりも苦痛の声をあげるが、だらりとシーツの上に垂らされていた腕が持ち上がり、リアムの広い背中へと回される。
いつもならば顔を見るな恥ずかしいと一声吼える慶一朗だったが、今夜は快感に染まる声以外流れ出すことはなく、膝裏に腕を通して足を胸に押し付けるように抑え込めば、強い快感に顎が上がり、開いた口から艶かしい生物のような舌が見え隠れする。
さっきチェリーの軸を結んだ器用な舌を思い出し、腰をゆるゆると押し付けながら舌に吸い付くようなキスをすれば、受け入れてくれている身体がびくりと揺れる。
舌をもっと出してと強請りそれが叶うとその音を聞かせるように舌を吸い、歯茎の裏を舐めれば中が締め付けられてしまう。
付き合い出してこうして関係を持つようになって季節が一つ二つと過ぎようとしているが、抱き合っている最中にするキスに気持ちよさそうに反応をしてくれるとは思わず、癖になりそうだと内心自重した時、背中に痛みが走り、爪を立てられたことに気づく。
「・・・痛いなぁ」
さっきのように痛みを全く感じていない顔で呟き、快感に染まる色素の薄い双眸を見下ろしたリアムは、背中を抱きしめる手がその場を離れないことに気を良くし、イく瞬間までそのままがいいと囁きかけて動きを早くする。
リアムの動きに合わせるように慶一朗の声がひっきりなしに上がり、切羽詰まったような息を呑むような声が聞こえた直後、腹の間にぽたりぽたりと白いものが落ちていく。
「・・・もう少し」
気持ち良くなっている身体には辛いかもしれないが、後少しと囁き、今度はリアム自身が白熱した瞬間を迎えようと更に動きを激しくし、やってきた瞬間、背中に回されたままの手が己が傷つけた所を癒すように撫でてくれたことに気付くのだった。
何も考えたくない、脳味噌まで弛緩しきっているような時間、背後から緩く抱きしめられながらベッドで横になっていた慶一朗は、今夜はやけに敏感だったと背後から穏やかな声に己の様子を教えられ、瞬間湯沸かし器のように顔を赤くする。
「・・・Scheiße.」
「まーたそんなことを言う」
敏感に感じ取っているようだったから可愛かったと言いかけたリアムをドイツ語のあまりよろしくない言葉で封じた慶一朗は、そんなことを言うのはこの口かと顎を掴まれて目を丸くしてしまう。
「・・・リアム、痛い」
「じゃあもうその言葉は禁止だ」
ドイツ語で禁止したからといって英語でFから始まる言葉もBから始まる言葉もダメだと笑いながら告げて肩に小さな音を立ててキスをすると、先読みするなと肩越しに睨まれる。
「あ、日本語でもダメだからな」
ただし、日本語は未知の言語だから罵倒されているかどうかもわからないと素直に答えるリアムの腕の中で慶一朗が寝返りを打って鼻の頭が触れ合う距離で目を細める。
「エッチ」
「そう言えば服を脱がせていた時にも言っていたな、それ」
どういう意味だ教えろと笑うリアムの鼻を摘んで目を白黒させた慶一朗は、さっきも言ったがソウに聞けと笑い、今日はもう寝ると宣言してリアムの分厚い掌と鼻の頭にキスをする。
「・・・教えてもらおうかな」
「好きにしろ」
慶一朗からの寝る前のキスを受けて同じ場所へと返したリアムだったが、間近にある色素の薄い双眸が眠そうに揺らいでいることに気付き、これ以上引き止めるのは無理だと察すると、頭の下にいつものように腕を差し入れておやすみと囁きながら額にキスをする。
「・・・明日、何もないから・・・」
このままゆっくり寝ていようと恋人から休日のお誘いを受けたリアムは、それも悪くないと欠伸交じりに返し、ブランチを少し贅沢なものにしようとも告げ、一足先に目を閉じた恋人を追いかけるように目を閉じるのだった。
その後、少し贅沢なブランチをいつものようにテーブルに並んで食べながらリアムと慶一朗が話し合った結果、ルカの店には月2回の金曜日の夜、二人で行くデイキャンプはひと月に一度とすることとなった。
それは、二人が仕事の都合で離れ離れになる時以外は必ず守られる約束として二人の間に存在し、長年の習慣と笑い合う日が来るまで続けられるのだった。