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ダダダダダダダッ!!
iTrappedが展開したコンソールから、無数のエネルギー弾が放たれる。
それは銃弾というより、プログラム上の削除コードのようだった。触れたアスファルトが、音もなく四角い穴を空けて消滅していく。
「クソっ、なんてデタラメな攻撃だ!」
Chanceさんが地面を転がって回避する。
しかし、彼の動きにはいつものキレがない。迷いがあるのだ。
私と目が合うたびに、彼は苦痛に顔を歪める。
「カリス、離れろ! 俺の近くにいると、また……!」
「また、私の不運に巻き込まれるって言うんですか!?」
私は叫びながら、落ちていた看板の裏に滑り込んだ。
看板が弾を受けて消滅していく。
「逆です! 私はあなたのおかげで、孤独じゃなかった! あの雨の日も、今も!」
「なっ……」
「あなたが生きているのは、私が死んだから。……だったら、責任取って生き延びてくださいよ! 私の命を使って生き残ったんだから、ここで諦めるなんて許しません!」
自分でも驚くほど身勝手な論理だった。
でも、今はこれくらい言わないと、この臆病なギャンブラーは立ち直れない。
Chanceさんが目を見開く。
そして、ふっと小さく笑った。
「……ハッ。俺より先に逝った奴に説教されるとはな」
彼がフェドラ帽の縁を指でなぞる。
「高くつくぜ、その命の代償は」
「ええ。たっぷり利子をつけて返してもらいます!」
『……無駄話は終わったか?』
iTrappedが冷ややかに告げる。
彼が指を鳴らすと、私たちの足元の地面が赤く変色した。
『消えろ』
ドオォォォン!!
地面から巨大なデータの槍が突き出した。
しかし、私たちは既に動いていた。
「Guest、007n7! 援護を頼む!」
Chanceさんの合図と共に、路地の屋根からGuest 1337さんが飛び降りた。
彼は空中で回転し、iTrappedの顔面に強烈な飛び蹴りを叩き込む。
『グッ……!?』
さらに、007n7さんが物陰から画面を操作する。
「……あなたの攻撃パターン、解析完了しました。コードの改竄には、こちらも更なる改竄で対抗させてもらいます!」
007n7さんが手元の画面を叩く。
すると、iTrappedの周囲に展開されていたコンソールの一部が誤作動を起こし、彼自身に弾を発射し始めた。
『な、何……!? 俺の権限に干渉しているだと!?』
007n7さんのハッキングだ。
一瞬の隙が生まれた。
「今だ! カリス!」
「はいっ!」
私は走り出した。
iTrappedに向かって一直線に。
怖い。足が震える。でも、今の私には最強の相棒がいる。
iTrappedが私に気づき、慌てて銃口を向ける。
『目障りだ、イレギュラー!』
彼が引き金を引く。
私は避けない。
私の背後から、Chanceさんが叫ぶ。
「俺の運を信じろ!!」
バンッ!
銃声と共に、私の足元のマンホールが突如として跳ね上がった。
私の『不運』による誤作動か、Chanceさんの『幸運』による偶然か。
鋼鉄の蓋が盾となり、弾丸を弾き飛ばした。
「行っけえええええッ!!」
私はマンホールを踏み台にして、高く跳んだ。
手には、あの壊れかけの懐中時計を握りしめている。
――『Critical Failure』、発動!
アビリティ:『Critical Failure』
概要:周囲の物体や能力に強制的に機能不全を起こす。
効果:対象(キラーの武器、能力、あるいは周囲の物体)に対して、致命的な動作不良を強制的に発生させる。
発動条件:対象に直接触れるか、至近距離まで接近する必要がある。
制約:一度使用すると、使用者自身も一定時間動けなくなる。
私の周囲の空間が、『致命的なバグ』を起こしたかのように歪む。その歪みを、iTrappedが展開するコンソールと銃口に叩きつける。
バチバチバチ!!
iTrappedの銃が赤熱し、コンソールの文字列が文字化けを起こした。そして。
ドオォォォン!!
暴発。iTrappedの武器が、彼自身の手の中で爆発した。
凄まじい爆発が彼の身体を焼き、黒い検閲バーにノイズが走る。彼の身体が点滅し、半透明になっていく。
iTrappedが膝をついた。彼の身体は崩壊し始めている。
『馬鹿な……この俺が……』
Chanceさんがゆっくりと歩み寄る。
彼は懐からフリントノック銃を取り出し、iTrappedの額に突きつけた。
「……ああ、俺たちはバグだ。世界から『見捨てられた』、どうしようもないエラーの塊だ」
Chanceさんは静かに撃鉄を起こした。
「だがな。バグだからこそ、お前の予測できない未来を引き当てられるんだよ」
彼は引き金を引いた。
ズドンッ!!
今度こそ、銃は火を噴いた。
轟音と共に、iTrappedの身体が光の粒子となって霧散していく。
後には、静寂だけが残った。
雨が、小降りになっていく。
「……終わった、のか」
Chanceさんが銃を下ろす。
私はへなへなと座り込んだ。
泥だらけで、ずぶ濡れ。あの死んだ日と同じ状況。
「……カリス」
Chanceさんが私を見下ろした。
彼は少し躊躇ってから、口を開いた。
「今思えば、お前の言葉に従っとくべきだったな」
彼の言葉と共に、私の脳裏の『あの日』の記憶が鮮明によみがえる。――雨の日の公園。私がChanceさんと出会った日。
『iTrappedってダチがよ、すげえ儲け話を持ってきてくれたんだ。これで借金も返せるし、マフィアともおさらばだ』
Chanceさんは缶コーヒーを片手に、嬉しそうに語っていた。でも、私は不安に駆られた。彼から聞くその友人の話は、どこか『完璧すぎる』気がしたから。
『……Chanceさん。その人、本当に信用できるんですか?』
『あ? 何言ってんだ。あいつは親友だ』
『でも……マフィアに追われてる時に近づいてきたって怪しいような……』
『考えすぎだ。お前は心配性だな』
彼は笑い飛ばしたけれど、私の胸騒ぎは消えなかった。だから、私はあの日、こっそりと彼の後をつけたのだ。
「お前は正しかった。俺は目が曇ってたんだ」
彼は自嘲気味に笑った。
「その結果がこれだ」
「……」
「俺は、お前を犠牲にしてまで生きようとして、結局死んじまった無様な男だ。……合わせる顔なんて、本当はねえんだよ」
彼は自嘲し、視線を逸らした。
でも、私は首を横に振った。
「いいえ。……私、思い出したんです」
私は銀色の時計を取り出した。
「あの日、Chanceさんはこれを私にくれました。『これでお前の不幸も少しはマシになるだろ』って」
「……ああ」
「私が勝手に飛び出したんです。だから、Chanceさんのせいじゃありません。……あなたが生き延びて、そして死んで。この世界に来てくれたから……私は独りぼっちじゃなかった」
私は手を差し出した。
「だから、今。死ぬ前よりもずっと、幸せです。……帰りましょう、私たちの家に」
Chanceさんは呆気にとられた顔をして、それからクシャッと泣き笑いのような顔をした。
彼は私の手を取り、力強く引き上げてくれた。
「……ああ」
雲の切れ間から、微かな月明かりが差し込んでくる。
私の懐中時計の針は、止まっていた23時59分を越え、新しい一日を刻み始めていた。
私たちは二人とも死んでいる。
けれど、私たちの物語は、ここからまた始まるのだ。