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iTrappedとの激闘から数日が過ぎた。サバイバーハウスには平穏が戻り、私たちがいつものように暖炉の前でくつろいでいた。
しかし、007n7さんは違った。彼は手元の画面と、私の懐中時計を交互に見比べながら、難しい顔をしていた。
「……やはり、計算が合いません」
「何がだ?」
Chanceさんが包帯を巻いた手でコーラを飲みながら尋ねる。007n7さんは、タブレットの画面を指さした。
「時系列の矛盾です。整理しましょう。Chanceさん、あなたがこの世界に来たのはいつですか?」
「いつって……生前の感覚で言えば、一年前ぐらいだな。iTrappedに殺されて、気づいたらここにいた」
「そうですね。そして、カリスさんが来たのはつい最近です。皆さんご存じの通り、あなたたちの到着には年単位の開きがある」
007n7さんは眼鏡の位置を直し、鋭い視線を向けた。
「しかし、カリスさんが亡くなったのは、Chanceさんが亡くなる『数週間前』のはずです」
その言葉に、部屋の空気が凍り付いた。Chanceが持っていたコーラの缶を握り潰す。
「……言われてみりゃ、そうだ。俺はカリスが死んでから数週間、逃亡生活を送ってた。……順序で言えば、カリスの方が先にここに来てなきゃおかしい」
「ええ。亡くなってからここへ来るまでにタイムラグがあった……という前例はありません」
私は自分の胸に手を当てた。私が死んでから、ここに来るまでの時間。私にとっては一瞬だった。でも、この世界では何か月もの時間が経過していた?
「じゃあ、私のその数か月間……どこにいたんですか?」
「それが問題です。現世でもこの世界でもない場所……。考えられるのは一つ。カリスさんのデータは、システムのエラーによって『ロード中』のまま数か月間スタックしていた」
007n7さんの声が低くなる。
「そして、そのスタックを解消し、あなたをこの世界に引きずり込んだ『トリガー』があったはずです」
顎に手を置き、さらに付け加える。
「勿論、たまたま例外だったという可能性も考えられますが……。もう一つ、異常な点があります」
「……ここ数回のラウンドを振り返ってみてください」
腕を組んで聞いていたGuest 1337さんが、重々しく口を開いた。彼は鋭い眼光で私たちを見回した。
「キラーの選出があまりにも作為的です」
「作為的?」
「はい。通常、キラーの選出はランダムで行われる……。しかし、最近はどうでしょう?」
Guest 1337さんは指を折りながら数え上げた。
「まず、Chanceさんが因縁を持つ『Mafioso』。次に、お二方の死に直接かかわる『iTrapped』。どちらも今まで現れたことはなかった『新キラー』です。……まるで、あなたたちの過去を清算させるために、あえて順番にぶつけられたかのようです」
言われてみればそうだ。あまりにも都合よく、まるでドラマの脚本のように、私たちの因縁の相手ばかりが現れた。
「確率論で言えば、天文学的な数値になります。これは偶然では片付けられません。何者かが意図的に操作し、この一連の戦いを『演出』した、と推測されます」
Guest 1337さんが断言する。軍人としての勘は、見えざる敵の存在を嗅ぎ取っていた。
「……iTrappedとの戦い。今思えば、あのエンディングは『綺麗すぎる』。……基本的に、キラーは死なないはずです。それこそ、光の粒子になって消えるなど……」
『ブラボー! ブラボー!!』
突然、割れんばかりの拍手喝采がハウス内に響き渡った。
照明がバチバチと明滅し、空間に亀裂のようなグリッチが走り始めた。
「な、なんだ今の!?」
「耳が痛え!」
Shedletskyさんが耳を塞ぐ中、暖炉の炎が紫色の変色し、そこから『彼』が滲み出るように現れた。
その姿は、悪夢と喜劇を継ぎ接ぎしたような異形だった。顔の右半分は、頬に紫の渦巻き模様が書かれた、白く無機質な仮面。その目と口は柔らかい白色に発光している。対して左半分は、歯を食いしばった紫色の骸骨であり、眼窩は虚ろな闇だ。頭上には、喜劇と悲劇のミニチュア仮面をあしらった。ギザギザとした鋼鉄の王冠。その頂点には、光り輝く星の宝石が嵌め込まれている。
さらに異様なのは、その身体だ。右半身は紫色のスーツで正装しているが、左半身は剥き出しの紫色の肉塊であり、そこからは0と1のバイナリコードが滝のように流れ落ちている。
「Noli……!?」
007n7が驚愕の声を上げる。ここ、サバイバーハウスにキラーが来るのは、異例の事態だった。
『ご名答だヨ、諸君! そして鋭い洞察だ、Guest 1337!』
Noliは右手に握ったヴォイドスターをマイクのように掲げた。
『因果、というのは便利な存在ダ。少し確率をイジるだけで、物語は勝手に転がル』
Noliの視線が、私とChanceさんに向けられる。
『どうだい? Spectreの退屈な鬼ごっこより、よほどエモーショナルなショーだっただロ?』
「……てめえか」
Chanceさんが低い声で唸り、銃を構えた。
「俺たちの過去も、死の苦しみも……全部お前の暇つぶしのネタだったってわけか!」
『暇つぶシ? ノンノン! これは芸術ダ! 不運な少女と幸運なギャンブラー、二つの特異点が織りなす奇跡の物語! 私はそれを特等席で観たかったのサ!』
Noliは左半身の骸骨の歯をガチガチと鳴らして笑った。
『だが、『過去編』はもう終わりダ。観客も満足した頃だろウ。……ここからは、私は主役の最終章を始めようじゃないカ!』
Noliが指を鳴らすと、ハウスの壁が歪み、極彩色のノイズに塗り替えられていく。
『ルールは私が決めル。君たちが生き残れるか、それとも絶望の彼方へ消えるか……さあ、幕を開けよウ!』
そのセリフの後、まるでゲームのバグのように足場が消失し、私たちは奈落へと落下していった。
落下した先は、冷たい床の上だった。私は受け身も取れずに転がり、痛みに耐えながら身を起こす。
「おい、カリス! 無事か!?」
「は、はい!」
Chanceさんが駆け寄ってくる。
私たちは周囲を見渡して、言葉を失った。
「ここは……?」
「俺も見たことがねえ。……前戦った時は、もっと普通の廃墟だったはずなんだがな」
Chanceさんが忌々しげに吐き捨てる。
そこは、巨大な劇場だった。ただし、観客は深海のような闇に沈んでおり、何も見えない。唯一、私たちがいるステージの中央だけに眩しいスポットライトが降り注いでいる。
その時、頭上のスピーカーからドラムロールが響き渡った。
ジャンッ!!
スポットライトが移動し、ステージ中央に立つ『彼』を照らし出した。悲劇の仮面と骸骨を顔を持つ男、Noli。彼は大袈裟に両手を広げ、闇の客席に向かって一礼した。
『ようこそ、私の劇場ヘ! 親愛なるキャスト、そして観客諸君!』
姿の見えない客席から、録音されたような歓声が上がる。
『さあ、始めようカ! 不運と幸運、二つの特異点が織りなすグランドフィナーレ! タイトルは……『物語を拒絶する戦い』!』
Noliが指を鳴らす。
『第一幕! 悲劇の少女、再演!』
バンッ!
突然、銃声が響いた。
私の体がビクリと跳ねる。
ステージの書き割りが書き換わり、あの『雨の路地裏』が再現された。
「これは……」
そこには、過去の私たちがいた。
iTrappedに銃口を向けられるChanceさん。彼を庇おうとする私。
そして――崩落。
『再現ドラマダ。……だが、ただの映像ではないゾ?』
Noliが笑う。
次の瞬間、幻影の鉄骨が崩れ落ち――その衝撃波が、現実の私に襲いかかった。
「きゃあッ!?」
「カリス!」
吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
物理的な痛みはない。でも、心が削られるような重苦しさが襲ってくる。
過去の恐怖が蘇り、体がすくんで動かない。
『君はここで死んだ。無意味に、無様に! その絶望こそが君のロールだ!』
Noliが手を振るたびに、場面が変わる。
カジノでMafiosoに追い詰められる恐怖。iTrappedの冷たい銃口。
天井の照明が揺れ、床が軋む。私の力が、私自身を傷つけようとしている。
「やめろ! あいつを苦しめるな!」
Chanceさんが銃を撃つが、Noliには当たらない。銃弾はホログラムのようにすり抜けてしまう。
『無駄だ無駄だ! これは「脚本」にあることなんだよ! 君たちは悲劇の主人公として、ここで嘆き、苦しみ、そして美しく散るんだ!』
Noliの声が反響する。
私は震える手で、胸の時計を握りしめた。
怖い。思い出したくない。
でも――。
「……違う」
私は顔を上げた。
「私は、無意味に死んだんじゃない」
脳裏に浮かぶのは、Chanceさんが私に時計を託してくれた時の笑顔。
そして、彼を生かすことができたという、最後の瞬間の安堵。
「私は……あの時、自分で選んで彼を庇った。だから、後悔なんてしてない!」
私の言葉が響いた瞬間、
パリーン!!
周囲の幻影にヒビが入り、ガラスのように砕け散った。
『ぬ……!? 幻影が効かないだト?』
Noliが驚愕に目を見開く。
過去を受け入れ、肯定したことで、トラウマという『演出』が力を失ったのだ。
「Chanceさん! 過去はもう怖くありません!」
「へッ……! 言ってくれるじゃねえか、相棒!」
Chanceさんが不敵に笑う。
第一幕、クリア。
Noliは少しだけ不機嫌そうに仮面を歪めたが、すぐにパチパチと拍手をした。
『ブラボー! 悲劇を乗り越えたカ。……ならば、次は喜劇といこウ!』
彼がヴォイドスターを掲げる。
ステージが激しく揺れ、床が回転し始めた。
巨大なルーレット盤の上に、私たちは立たされていた。
『第二幕! 運命の改竄!』
「なんだこれ!? 足元が……!」
Chanceさんがバランスを崩す。
彼が体勢を立て直そうと足を踏ん張ると、あり得ない角度で床が滑った。
まるで、コントのような転び方。
「クソっ、撃ち抜いてやる!」
ChanceさんがNoliに銃を向ける。
しかし、発砲した弾丸は、空中で直角に曲がり、明後日の方向へ飛んでいった。
『ハハハ! ここは私の領域ダ! 成功率、命中率、回避率……全ての確率は私が管理していル!』
Noliが指先一つで数値を書き換えていく。
私が走ろうとすれば靴紐が切れ、Chanceさんが攻撃しようとすれば弾が消える。
絶対に成功しない攻撃。絶対に回避できない不運。
「だったら、私の力で強制的に……!」
私は時計を握りしめ、能力を発動しようとした。
『Critical Failure』!
Noliのヴォイドスターを暴発させようとする。
しかし――。
『おっと、それこそが私の狙いダ!』
Noliがニヤリと笑う。
私の放った能力はNoliには届かず、代わりにステージの照明をより一層輝かせた。
『ほら見ロ! 君が足掻けば足掻くほど、舞台は盛り上がル! 君の不運は最高のスパイスダ!』
「えっ……力が、吸われた?」
私が能力を使えば使うほど、Noliの存在感が増していく。
この空間において、ドラマチックな展開は、全て『演出』の一部として取り込まれてしまうのだ。
「マズいぞカリス……! 俺たちがアクションを起こせば起こすほど、あいつの養分になる!」
Chanceさんが私の腕を掴み、攻撃を止めさせた。
彼はルーレットの中心で、静かにNoliを見据えた。
「……気付いたぜ。お前、観客の反応を見てやがるな?」
『ほウ?』
「俺たちが焦ったり、怒ったり、一発逆転を狙ったりする……その心の揺れが増幅されて、お前の力になってるんだ」
Chanceさんは銃をホルスターにしまった。
そして、脱力したように両手を下げた。
「なら、答えは一つだ」
彼は私を見て、静かに言った。
「カリス、何もしないで突っ立ってろ」
「えっ?」
「攻撃も、回避も、期待もするな。……確率を観測するな」
彼は目を閉じた。
飛んでくる瓦礫、回転する床。
彼はそれを避けようともせず、ただ『そこに在る』だけの石のように佇んだ。
瓦礫が彼に直撃する――寸前で、軌道が逸れた。
いや、逸れたのではない。『当たるか外れるか』という判定そのものが行われなかった。
『な……何をしていル? なぜ避けなイ!? なぜ抗わなイ!?』
Noliが狼狽する。
観客が求めるのは『必死に足掻く主人公』だ。
棒立ちの演者なんて、もってのほかだ。
私も目を閉じた。
不運を恐れない。幸運を願わない。
ただ、無になる。
『動ケ! 悲鳴を上げロ! これではショーにならないだろゥ!!』
Noliが叫び、ステージの確率をめちゃくちゃに書き換える。
しかし、私たちが反応しないため、その現象は誰にも観測されず、ただのノイズとして霧散していく。
感情の供給が断たれた舞台。
客席の闇から、不満げなブーイングが聞こえ始めた。
ザザッ……ザザザッ……
ステージが色褪せていく。
極彩色のセットが剥がれ落ち、下から無機質な白い空間が露わになる。
『ば、馬鹿な……観客が……退屈しているだト!?』
Noliが初めて焦りの色を見せた。
彼は必死にヴォイドスターを振るうが、魔法のエフェクトすら出ない。
観客に見放されたショーマンに、力は残されていない。
「……終わりだ、Noli」
私は目を開け、一歩踏み出した。
胸の時計が熱く輝く。
「私は舞台装置じゃない。あなたの脚本通りになんて動かない」
私の一歩に合わせて、劇場全体に亀裂が入る。
パリーン!!
轟音と共に、劇場が崩壊した。
闇も、スポットライトも、客席も消え失せた。
そこに残ったのは、何もない真っ白な空間。
『私の……劇場ガ……』
Noliが膝をつく。
彼の仮面にはヒビが入り、左半身のコードが崩れ落ちている。
「ここには演出も、確率操作もない」
Chanceさんが歩み寄る。
彼はゆっくりと、懐から銃を抜いた。
派手なアクションも、決め台詞もない。
ただの、攻撃。
「あるのは、俺とお前の実力勝負だけだ」
Chanceさんが引き金を引く。
私も同時に、懐中時計を握りしめて殴りかかった。
アビリティは使わない。
ただの、私の拳。
ズドンッ!!
ガッ!!
銃弾がNoliの仮面を砕き、私の拳が彼の王冠を弾き飛ばした。
何の変哲もない攻撃。
だからこそ、回避不能の決定打となった。
『……ハッ』
Noliが仰向けに倒れる。
彼の身体が、光の粒子となって崩れていく。
『……台本なし。……最高の、アドリブダ……』
カラン、とひび割れた仮面が床に落ちて砕ける。
Noliは光の中に消えた。
視界がホワイトアウトし、浮遊感に包まれる。
気が付くと、私たちは再びサバイバーハウスの床に転がっていた。――二人とも、生きている。
「……うわっ!? びっくりした!」
Shedletskyさんが素っ頓狂な声を上げた。
彼はフライドチキンを落としそうになりながら、突如として空間から吐き出された私たちを見下ろしている。
「おいおいおい! いきなり二人とNoliが消えたと思ったら、ボロボロになって帰ってきやがった! どこ行ってたんだ!?」
ハウスに残されていた仲間たちが、慌てて駆け寄ってくる。
どうやら、あの劇場に飛ばされたのは私とChanceさんだけだったようだ。
「……無事でしたか」
Guest 1337さんが短く息を吐き、Shedletskyさんの肩を叩いた。
「よく分かりませんが……。彼らが、やってくれたようです」
視線の先で、Chanceさんが帽子を拾い上げ、埃を払っていた。
その顔は傷だらけだが、どこか憑き物が落ちたように清々しい。
「まったく、とんでもない新入りが来たもんだ」
Chanceさんは苦笑しながら、私を見た。
「巻き込まれて、殺されかけて、挙げ句に神様の脚本をぶち壊すとはな。……とんだ貧乏くじを引いちまった」
口では悪態をついているけれど、その瞳は優しかった。
「……でも、私はその不運に救われました」
私は胸ポケットの時計を握りしめ、彼に微笑んだ。
「あなたの不運と、私の不運。二つ合わされば、どんな最強の敵も倒せます。……私たち、最強のコンビですね」
Chanceさんは目を丸くして、それから吹き出した。
「ハハッ! 違いねえ。……これからも頼むぜ、相棒」
彼が拳を突き出す。
私も拳を合わせる。
カツン、という小さな音が、これからの冒険の始まりを告げるゴングのように響いた。
ブォン、ブォン……。
間髪入れず、ハウス内にサイレンが鳴り響いた。
次のラウンドの合図だ。
演出家を倒しても、観測者のゲームは終わらない。世界は何も変わっていない。
「……たく、余韻もなしかよ」
Chanceさんが帽子を被り直す。
「行くぞ、カリス。……次の舞台が待ってる」
「はい!」
この世界は過酷で、理不尽で、死に満ちている。
でも、私はもう迷わない。
黒いスーツを翻し、私は相棒と共に光の中へ飛び込んだ。
私の名前は堀北カリス。
この見捨てられた世界で、誰よりも『不運』で、誰よりも『幸運』なサバイバーだ。