「おはようございます。湊さん」
「ふわぁ〜おはようさん」
あくびをしながら湊が答える。
「眠たそうですね…いつもこんなに朝早いんですか?」
時計をみると、まだ6時だった。
(誰のせいだと思ってるんだよ…)
言いたい気持ちをぐっと抑えた。
「お…お前がちゃんと起きれるか心配で…」
「子供じゃないんですから、きちんと起きれますよ笑」
「だ…だよな…笑。そうだっ! 朝ご飯はお前の担当だからなっ」
「はい!すぐ作ります!」
「やっぱ美味いな~!この玉子焼き。食べたかったんだよ〜」
口いっぱいに玉子焼きを頬張る。
「喜んで頂けて光栄です」
シンがにっこり微笑む。
「……」
(朝から眩しすぎんだよ…その顔…)
「湊さん…寝癖ついてる…」
「あー…またか…」
じーぃぃ…
シンの視線が痛い…
「なんだよ!後でちゃんと直すわっ!」
「……」
「なんか言えよ…」
「湊さん……かわいい……」
「はあぁ?朝から何言ってんだよ!」
「照れてる湊さんもかわいい…」
「そりゃぁどうも。早く食わねーと学校遅刻すんぞ!」
「えっ!」
慌てて時計を見る。
「もう、こんな時間!湊さんのせいです!」
「はぁ?」
「湊さんが朝からかわいすぎるから 」
「はいはい…喋る暇あったらさっさと飯食え!」
以前のような会話がまたできる事が今の湊には嬉しかった。
「シン!」
キャンパス内で声をかけられる。
振り向くと明日香が手を振っていた。
「英か…なんだよ」
「なんだよってお前の事心配して大学来てやったのに…冷たいな〜」
「心配してくれなんて頼んでねーだろ」
「相変わらず冷たいねシンは…で、記憶まだ戻らねーの?」
つきまとう明日香を鬱陶しく思いながらもシンは
「…ぅん」
返事をした。
「そっか…アキラさんまだ落ち込んでるんだ…」
「いや…今朝は美味しいって玉子焼き頬張ってたぞ」
明日香の動きが止まる。
「ん?…今朝……?!」
「俺が朝食作ったから…」
「まてまてまて…!えっ…?全く状況よめないんですけどっ!」
明日香から顔を背けながらシンは
「……昨日からまた湊さんと同棲してる」
「はあぁぁぁ?!だってお前まだ記憶戻ってないって!なのになんでアキラさんと一緒に暮らし始めたわけ?!」
「…ほっとけないから」
「……」
「あの人ときどきすごく寂しそうな表情するんだ。それが…なんかよくわかんねーけどほっとけなくて…抱きしめたくなって…そばに居たくて……」
「シンから言ったの?」
「いや…湊さんから。また付き合って欲しいって…」
「で?なんて返事したの?」
「記憶がないままの俺でよければ…」
「アキラさんの事好きじゃないの?」
「はぁ?好きに決まってんだろっ!記憶がなくたって毎日あの人の事ばっかり考えてるよ!記憶を無くす前の自分に嫉妬するくらい…四六時中あの人の事しか考えらんねーよ…」
「良かった…」
明日香はシンに向かって笑う。
「なんだよ…」
「別に〜でも、シンはやっぱりシンなんだって安心した」
「用はそれだけか?俺、授業あるからもう行くぞ」
シンは荷物を持って立ち上がりその場を去ろうとすると
「シン!」
明日香に呼び止められる。
「なんだよ!まだなんかあるのかよ!」
めんどくさそうに振り返る。
「アキラさん。これ以上悲しませるなよ…」
「……」
シンは何も言わずに去って行った。
(わかってるよ…)
記憶の戻らない自分に一番苛立っているのはシン自身だった…
「湊さん!」
学校帰りにシンはコインランドリーに寄った。
「……居ない?」
湊の返事は無かった。
ガレージを覗くと湊が机に突っ伏して眠っていた。
シンはそっと近づき隣に座る。
「前の俺はこんな時どんな風にしていたんですか…?」
眠っている湊に静かに問いかけるが返事はもちろんない。
寝顔を見つめる事しか出来ない自分がもどかしく徐ろに湊に手を伸ばす。
そっと触れた湊の髪は柔らかかった。
もっと触れたい…
そんな気持ちをシンは押し殺そうとしたが…伸ばしてしまった手は湊の唇に触れてしまう。
キスしたい…
シンの指が湊の唇を辿った時
「…んっ……」
湊が目を覚ました。
シンは慌てて伸ばした手を引っ込めた。
「…シン……?」
虚ろな目でシンを見つめる湊。
「もう、夕方ですよ湊さん…」
「えっ!」
その言葉に湊は驚いて立ち上がる。
「あっちゃー寝すぎたな…」
頭を掻いて笑った。
「一緒に帰りましょう。湊さん」
シンも立ち上がる。
ガレージを出て並んで歩く。
「…湊さん」
「……?」
「……」
(手…繋いでいいですか?)
その言葉が口に出せずシンは黙ってしまった。
湊に触れたい気持ちがシンの中で溢れていた。
そんな気持ちを察してか湊からシンの手を握った。
「お前の手大っきいよな…笑」
「……」
「出会った頃のお前はさ、事あるごとに俺に触ってくるから交わすの大変だったんだぞ笑」
「…俺に触られるのそんなに嫌だったんですか?」
「ばーか。違うって…」
シンに触れていたいのは湊も同じだった。
手を繋いでいるだけでこんなにも幸せな気持ちになれるんだって…
以前、シンが言った言葉を思い出していた。
「今夜はさっぱりアジフライが食べたいな~シン!」
「アジフライってさっぱりしてましたっけ?ってか、また俺が作るんですか?家事は分担じゃ…」
「お前のアジフライ絶品だからなっ!」
「褒めてもだめです笑」
「食べたいな〜シンの作ったアジフライ!塩辛も付けてもいいぞ笑」
「もぅ〜…笑」
蝉の鳴き声が一層大きくなり響く。
道路に映し出した2人の影は互いの気持ちを隠すかのように黒く伸びていた。
【あとがき】
真面目な話が続きますが、飽きてやしませんか?大丈夫ですか?
まだ、続きます。
揺れ動く切ない2人の感情を上手く表現できているか不安ですが…
もう少しお付き合いください。
また、次回作でお会いできますように…
月乃水萌
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