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ChanceはいつものようにカジノのVIPルームでギャンブルに興じていた。サングラスの奥の瞳は冷静そのものだが、彼の頭の中に浮かぶのはいつもItrappedのことだった。
「あいつのこと、ただの親友だと思ってるけど、俺はもっと…」
一方、Itrappedは青い尖った王冠をきらめかせながら、Chanceをじっと見つめていた。
彼 の瞳には、友情などという色はない。
「Chanceはいい金づる。そう割り切ってる」
二人の距離は近いのに、心は遠く離れている。
ChanceはカジノのVIPルームの革張りのソファに深く腰掛け、片手でグラスを揺らしていた。
琥珀色のウイスキーが、低くかかった音楽のリズムにあわせて波打つ。
「勝ったな、また」
Itrappedがやってきた。
青い王冠が間接照明に反射し、まるで冷たい宝石みたいに光っている。
彼はテーブルの端に腰を下ろし、脚を組んで笑った。
「さすが俺の親友。金持ってる男って、やっぱかっこいいよな」
「…親友、ね」
Chanceはぼそっと呟いた。
いつものサングラスの奥で目を伏せる。
Itrappedはその呟きを聞き逃さなかった。
にやり、と口角を上げ、わざと近づく。
肩と肩が触れる距離まで詰めて、耳元に口を寄せた。
「ねぇ、Chance。俺のこと……ほんとはどう思ってんの?」
「……っ」
一瞬、動きが止まる。
けれど次の瞬間、Chanceは勇気を振り絞るように、唇を少しだけ震わせた。
「Itrapped…俺は、お前のことが――…好きだよ。そういう意味で」
Itrappedは、わずかに目を見開いた。
けれど、それも一瞬。すぐに柔らかな笑みに戻る。
「……ふぅん」
そして、次の瞬間――
Itrappedの指が、Chanceのサングラスをそっと外した。
初めて見る、彼の素の瞳。
驚いたような、怯えたような、でも必死な光。
「そういう意味、ね」
Itrappedはにやりと笑い、軽く首を傾けた。
そして――そのまま、Chanceの唇に、自分の唇を押し付けた。
柔らかく、けれど一切の感情を込めない、ただの“キス”。
そのキスはあまりにも冷たくて、
Chanceの胸の奥に、熱いものを置き去りにした。
飛ばします
シーツの上で重なった肌と肌の温度が、夜の静寂の中に溶けていく。
窓の外では、都市の灯りが静かに瞬いていた。
それはまるで、Chanceの揺れる心を映すように――儚く、でも確かに存在していた。
ChanceはItrappedの首筋にそっと唇を落とす。
その仕草はどこまでも丁寧で、まるで壊れ物に触れるように優しかった。
その一方で、彼の指はItrappedの背中を這い、肩甲骨のくぼみをなぞる。
触れ方一つ一つに、想いが乗っているのがわかる。
触れたいのではなく、“確かめたい”のだ。
この身体が、自分のものであってほしいと、ただそれだけを願っている。
「Itrapped……お前をこうして抱けるのが、夢みたいなんだ」
囁きに混じる息が熱を帯び、Itrappedの耳をくすぐる。
けれどその表情には、感情らしきものは見えなかった。
ただ、瞼を伏せて、なされるがままに身を預けている。
それが無関心なのか、それとも意図的な演技なのか――Chanceには、まだわからない。
「…なぁ、本当に嫌じゃないのか?」
問いかけながらも、彼の手はItrappedの腰にまわり、ゆっくりと抱きしめる。
一瞬、Itrappedの睫毛が揺れた。
「嫌じゃないよ。……金が動くならね」
皮肉混じりの声。
けれどChanceは微笑む。
その言葉さえ、愛しいと思ってしまう自分に、呆れそうになる。
「じゃあ、永遠に払うよ。……お前の心ごと買えたらいいのにな」
そう言って、彼はもう一度唇を重ねる。
さっきよりも深く、長く、そして切なさが滲んでいた。
Itrappedはそのキスを受け入れながら、そっと爪をChanceの背中に立てる。
その力は微かに強く、まるで自分の存在を刻みつけるような痕を残していった。
「ほんと、変な男」
「……それでも、俺はお前が欲しい」
熱を帯びた言葉の応酬と、交わされる息遣い。
心の奥に溜まっていた感情が、少しずつ表に溢れていく。
シーツの音、擦れる肌、夜の空気の中で高まる緊張感。
ChanceはただItrappedを、抱きしめ続ける。
求めるのは、肌よりも、心。
けれどその距離が一番遠いことを、彼はもう、理解していた。
**
その夜、二人は何度も触れ合った。
しかしその温もりの中で、同じ場所にいたのはChanceだけだった。
Itrappedの心は、どこか遠く、誰にも踏み込ませない冷たい王冠の奥に隠されている。
けれどそれでもいいと、Chanceは思っていた。
触れることさえできるなら。
愛という名の代償を払い続けることが、自分の生きる理由になるのなら。
朝。
白い光がカーテンの隙間から差し込むころ、Itrappedはすでに身支度を整えていた。
王冠をかぶり、淡々と時計を見て、Chanceのベッドを振り返る。
「じゃ、そろそろ行くわ。また金、よろしくね」
その言葉に、ベッドの中のChanceは、ゆっくりと体を起こす。
髪は乱れ、サングラスも、帽子も外されたまま。
素の顔のまま、無防備な姿で彼はItrappedを見上げた。
「もうちょっとだけ……いてくれないか?」
Itrappedは眉をひそめるでもなく、ただ首を傾げて見せる。
「……何?急に。依存? それ、ダサいよ」
言葉は軽い。
けれど、その軽さが一番重かった。
Chanceは何も言えず、目を伏せた。
自分でもわかっていた。
これは依存だ。
でも、それしか支えがない。
金を払って、身体を重ねて、愛を乞うように日々を過ごして――
それでも一言の「好き」がItrappedの口から出ることはない。
夜だけは、触れさせてくれる。
だけど朝になれば、決まって彼はいなくなる。
その繰り返しが、ゆっくりと精神を侵食していく。
「Itrapped……俺、最近よく夢に見るんだ。
お前がどこかに消えて、連絡もつかなくなる夢。
起きたとき、吐きそうになるくらい怖いんだよ」
小さく笑って、苦しそうに喉を鳴らす。
Itrappedは少し黙ってから、スマホを操作しながら返した。
「……Chance。あんた、顔だけじゃなくて心まで裸にしてくるようになったね」
「……そうでもしないと、お前が俺を見てくれないから」
言った瞬間、自分でも滑稽だと思った。
けれど、それが本音だった。
Chanceは今、愛されるために、心を削っている。
彼は億万長者だ。
地位も名声も、金もある。
だけど――Itrappedの「好き」だけが手に入らない。
それだけが、どうしても、欲しい。
「なぁ、Itrapped……俺のこと、少しでも“人”として見てるか?」
一瞬、Itrappedの目がわずかに動いた。
だがそのまま、彼は鋭く光った王冠を直しながら無表情に言い放つ。
「うーん……“金ヅル”としては、最高。
でも“男”としては……んー、考えたことない」
皮肉にも、その言葉で体温が上がる。
バカだ。
冷たくされても、遠ざけられても、Chanceは――嬉しいと思ってしまった。
少しでも考えてくれる可能性があるなら、それでいい。
「……好きだよ、Itrapped」
「知ってる」
それだけを残して、彼は部屋を出て行った。
静まり返った部屋に、Chanceの呼吸音だけが残る。
手元には落ちたサングラス。
それをそっと握りしめて、呟いた。
「俺……壊れてるな、もう」
でも、それでも。
好きだった。
どこまでも、どうしようもなく。
その日、Itrappedはいつも通りだった。
何事もなかったようにChanceの部屋に現れ、
何も求めず、何も与えず、ただ「居た」。
いつもの夜、
いつものキス、
いつもの温もり、
そして――いつものように、朝になれば帰ろうとする。
靴を履きながら、Itrappedは涼しい顔で言った。
「そろそろ別の奴とも遊びたいんだよね。ここんとこ、ずっとあんただけだったし」
その一言で、何かが――音もなく、切れた。
Chanceは、笑わなかった。
止めもしなかった。
ただ、そこに立っていた。
サングラスはしていなかった。
帽子も、ヘッドホンもない。
素の顔、素の声、素の感情。
すべてをさらけ出した彼が、静かに口を開いた。
「……俺は、こんなにもお前のことが好きなのに」
Itrappedの動きが、一瞬止まる。
「なあ、いつもみたいに笑ってごまかさなくていい。
冗談でも、演技でもなく……一度だけ、本気で答えてくれ。
俺は……お前にとって、なんなんだ?」
声が震えていた。
握った拳に力が入るのが、自分でもわかる。
「俺はさ、金も地位も名声も、なんでも持ってるって言われる。
でも、お前だけは、手に入らない。
それがどれだけ苦しいか、わかるか?」
Itrappedはゆっくりと立ち上がり、表情を崩さずに言う。
「……言ったじゃん。金ヅル。便利な財布。
それ以上でも、それ以下でもないって」
その言葉が、Chanceの胸に深く突き刺さった。
でも――それでも引けなかった。
「ふざけるなよ……ッ」
初めて、声を荒げた。
怒鳴ったことなんて、今までなかったのに。
「こんなにも、お前を愛してるのに……!
夜が明けるたびに置いていかれて、それでも好きでい続けて……
俺の全部をお前に渡してるのに……それでも“金ヅル”ってだけなのかよ……!!」
目の奥が熱くなる。
視界が滲む。
「見てくれよ……! 一度でいい……男として、俺を――」
声が、詰まった。
涙が頬を伝う。
Itrappedは少しだけ、口元を歪めて言った。
「……なんでそんな顔すんの。泣くくらいなら、好きになるなよ」
「……それができたら、こんなに苦しくねぇよ……」
Chanceは、崩れ落ちた。
膝をついて、嗚咽をこらえながら、自分の顔を覆った。
Itrappedは、しばらく無言で立ち尽くしていた。
その表情は読めない。
怒りも、悲しみも、優しさも――何も見えない。
「……じゃあね、Chance」
そう言って、ドアが閉まる音だけが響いた。
残されたのは、静かな部屋と、
膝をついて泣き続けているChanceだけだった。