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夢の中。
燈は、ただ静かに座っていた。
誰にも気づかれない片隅。影の中。けれど、その目はまっすぐに一つの光景を見つめている。
――太宰と、美琴。
二人は笑っていた。
陽だまりのような穏やかな空気の中で、どこか他愛もない話をしていた。
「だから、あの時ほんとに焦ったんだってば!」
「ふふ、君にしては珍しいね」
太宰が笑う。
その笑顔は、優しく、美琴だけに向けられたものだった。
そして――その様子を、燈の“隣”で、もうひとりの美琴が静かに見ていた。
夢の中に引き込まれている彼女は、燈の視点と想いに触れながら、この光景を体感していた。
(これが……燈の見ていた……)
自分と太宰が並んで笑っている。燈は何も言わず、それをただ黙って見ている。
その目に、強い怒りも、嫉妬もない。ただ、寂しさだけが滲んでいる。
胸が痛くなった。
喉がつまる。
何もしていないのに、何かを奪ってしまった気がした。
(違う……私は、何も……でも……)
燈の想いが、美琴の心に流れ込む。
――あの人が笑ってくれるだけでよかった。
――そばにいられなくてもいい。
――せめて、忘れられたくなかった。
美琴の目に、自然と涙が浮かぶ。
「……燈……」
思わず声をかけそうになって、けれど言葉が喉で止まった。
燈は立ち上がろうとしない。
声をかけようともしない。
自分の存在を、この夢の中でさえ、脇役として消していた。
太宰が微笑むたびに、燈の心が静かにひび割れていくのがわかる。
そのたびに、美琴の胸も同じように痛んだ。
(こんなに……こんなにも……好きだったんだね、治のこと)
静かな夢の終わり。
燈の唇が、ぽつりと震える。
「……いいなあ、美琴は……」
その言葉に、美琴の胸が締めつけられる。
自分が太宰の隣で笑っていることが、誰かの孤独を深めていたなんて――思ってもみなかった。
夢が崩れはじめる。
光の粒が、世界を包みこむ。
(燈……)