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佐川が声をあげるも依然として、周囲の反応もなく鎮まり返っている。
タキシード男はゆっくりと立ち上がった。
服に付いた汚れを軽く叩く。
やれやれという表情を浮かべながら、佐川を真っ直ぐ見た。
「君の名前は佐川 涼ですか、ならば私も挨拶をするのが礼儀ですかね」
周囲をキョロキョロし、ハットを見つける。
男は左手を伸ばした。
ハットを深々と被り、視線を佐川に向けた。
「私の名前はサーザスです、どうぞお見知りおきを」
服装からかなりお高いタキシードと思われる。
ネクタイも黒色でお葬式かと感じる程だ。
紳士的な雰囲気に苦手意識を持ちながらも、佐川は相手を観察してみた。
身長は180cmくらい、黒髪ロングのオールバック、目は赤色でつり目、体型は痩せ型。
恐らく50歳と思われるが、姿勢が良く年齢を感じさせない佇まいだ。
反撃の拳が左頬にヒットしたが、赤みもなく平然としている。
「うーむ、苦手なタイプだ」
口には出さないが、ゲンコツ制裁するお爺さんタイプの方がまだ話が通じそうだ。
佐川は左足を前に踏み出し、目線をサーザスに向ける。
「ごめんなさい」
軽く会釈した。
サーザスは無反応だが、佐川は続けた。
「右ストレートが見事に決まったことは謝罪します」
突然の出来事だが、佐川も悪く反省していた。
だが、どこかむず痒い。
なぜ、自分は川へ投げ飛ばされなければいけないのか。
佐川は強い口調で言った。
「だが、あんたも悪い」
「お互い、ごめんなさいでこの場を納めませんか」
サーザスは不敵な笑みを浮かべ、右手を挙げ振り下ろす。
その瞬間、目に見える三日月の風を佐川へ向けて放った。