テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
レコーディング中のスタジオでは、時間に追われる関係者達が忙しなく出入りしていた。
打ち合わせだったりのタスクを並行しながら各々が音を鳴らし、楽曲に向き合う。
詰まりに詰まったスケジュールではあるものの
この時間は決して蔑ろに出来ない、してはいけない大切な時間だから。
とは言っても。
何時間も通しで弾いたり歌ったりで消費する体力は尋常じゃない。
何をどうやって楽曲に落とし込むか、そこに神経使うし。
こういうのって普通に諸々をすり減らしながらよ。
全身の力を抜いてぐで、とソファ背もたれにもたれかかった。
完全に脱力した状態で差し入れされたアイスカップの蓋を剥がす。
別室から聞こえてくる様々な音色に耳を澄ませながら、スプーンで掬った一口を放り込んだ。
「うまぁ」
これ結構好きかも。
使いすぎで最早ショートしそうだった頭を冷やす甘さ。
身体の疲労は多少なりとも和らいだ。気がする。
「あ、なにそれ。何味?」
頭上から声が落ちてきた。
顔を上げればソファの後ろに立って覗き込む若井と目が合う。
「抹茶」
「抹茶か」
再度スプーンを口に入れる。
若井はその様子を見ながら、ソファの背に腕を置いてカップへ視線を向けていた。
その口元が僅かに緩んでいる。何か言いたそうに。
いや、なんかさ。
あなたが言わんとしてることは分かるんですよ。
「なんですか見ないでください」
カップを隠すように手で覆う。
えー、なんで、と笑いながら若井が続けた言葉は想像していた通りのものだった。
「ちょっと頂戴、一口」
やっぱ当たってる。
一瞬で察しがついてしまうぐらいには何回も経験した流れだった。
今迄を思い返してみても。 多すぎんのよ、一口頂戴が。
ていうかいつも食べる量ちょっとじゃないじゃん。
「若井さん、あなたさっき食べたよ」
差し入れなんて当然人数分届けられるんだし。
「ほんと少しだけ」
人の食べてるものばっか欲しがるって何。子供か。
不意に。
いつだったか、何かしらのメディアで聞かれたインタビュー内容を思い出した。
確かメンバーの直して欲しい所、だっけ。
涼ちゃんから若井に向けて「一口頂戴をいっぱいやめて欲しい」って。
直して欲しい所でそれが出てくる辺り、あまりにも涼ちゃんすぎる。
そこまで思い返してから、スプーンを持つ手の動きが止まっている事に気付く。
あ、うわ。なんか今変なこと思ったな。
あの問いに涼ちゃんがそうやって答えるくらいなんだから、一回や二回では無いのだろう。
人が食べてると美味しそうに見える、とかって言ってたし。理由なんてそれだけ。
ごく普通の事で日常茶飯事。当たり前。うん。
そうやっていつの間にか自分自身に言い聞かせてる。
何を気にしてんの俺は。
頭では分かっているのに、相反した感情が頭の奥で渦を巻く。
至近距離でぶつかっていた視線をカップに落とした。
なんか、少しだけ面白くない。
その感情を自覚したと同時に そう思ってしまったことに対しての恥ずかしさが滲み始めた。
じんわりと僅かに熱くなった頬を冷ますようにスプーンを口に入れて甘さを飲み込む。
「まじで少しね」
羞恥心を誤魔化したくて まじで、を少しだけ強調しておいた。
「え、やった」
そのまま仕方なくカップを手渡す、事はせずに。
スプーンで最後の一口分を掬って口元に差し出した。
「ほい」
この状況はとにかくヤケになって、と言うのが正しいかもしれない。
差し出す手に落とされた視線がすぐに此方に戻って来た。
そして 何を言う訳でもなく小さく笑って口を開く。
そのタイミングで一瞬躊躇いそうになったが、その口元に一口を運んだ。
咥えられたスプーンを持つ指先が熱くなって、目を逸らしたくなる。
今更意識なんかしちゃってんの。
その手を戻さずにいると、また一直線に視線がぶつかった。
さっきから調子狂うんだけど。
「間接キスじゃん」
平静を装いながら戯けた口調でスプーンをカップに戻す。
「今更すぎ」
いつも通りの冗談に返すようなトーンで若井が笑った。
そんなの当たり前に事実だし今更なのも確か。
冗談に聞こえるようにも言ったけどさ。
改めて言葉にされるとより一層頭の中に靄がかかる。
どうにも黙っていられず、身体の向きを僅かに変えて若井を見た。
背もたれに両腕をついたままの体勢で、埋まる互いの身長差。
「………ねぇ。」
顎を軽く持ち上げるような形で指を添える。
下唇を僅かに掠めた親指で、その柔らかさをなぞるように指先を動かした。
「…ちょっとは意識すれば?」
呟くような声が部屋に落ちた。
一拍。
数秒の静寂を掻き消したのは部屋の外から聞こえてきた足音。
触れていた手を離す。
一瞬でも感じてしまった名残惜しいという感情を、小さく息を吸うと同時に呑み込んだ。
そもそも人の出入りの激しいこの部屋。
数分でもこんな時間があること自体珍しかった。
若井が口を開こうとした瞬間に、ノック音とその名前を呼ぶ声が扉の外から聞こえた。
タイミングが良いのか悪いのか。
部屋に入ってきたマネージャーの存在がどちらとも言えない所で揺らいでいる。
「…じゃ、後でね」
若井にしか聞こえないように、小さく。
何か言いたそうな表情をしながらも マネージャーに返事を返してその場を離れた。
再度訪れた束の間の静寂。額を抑えて息を吐いた。
あの瞬間の、あの表情。
ずっと見てきたメンバーとしての、友達としての表情とは何かが違う。
それが何なのかは大体察しがつくけど。
まだ分からなくてもいいかな、なんて思ってしまう。
ちゃんと全部、その声で聞かせて欲しいから。
コメント
4件
メロい
け 〜 ち ゃ ん .