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『まだ、好きって言ってない』
東京の夜は、思ったより静かだ。
駅前は騒がしいくせに、一歩住宅街へ入れば、
コンビニの自動ドアの音すらやけに響く。
「こなつ、アイス」
「自分で買えば?」
「財布忘れた」
「昨日も聞いた」
「昨日も忘れた」
「学習能力ないの?」
呆れたようにそう言いながら、こなつは結局、
二本入りのアイスをレジへ持っていく。
そういうところだ。
面倒くさそうな顔をして、ちゃんと世話を焼く。
だからこたは、昔からこなつに甘い。
というより、甘え方を知っている。
「はい」
「ありがと、だいすき」
「軽い」
「重く言おうか?」
「やめて」
即答だった。
夜風に白い髪が揺れる。
その横顔を見て、こたは少しだけ笑う。
好きだな、と思う。
毎日思う。
朝起きても、帰り道でも、洗濯物を畳んでる時も、
テレビを見ながら適当に返事をされる時も。
ずっと。
ずっと好きだ。
でも、言わない。
いや、言っている。
「好き」なんて、毎日みたいに言ってる。
けれど、それは本当の意味じゃない。
こなつはたぶん、気づいていない。
それが少し寂しくて、
でも気づかれるのも怖い。
「……見すぎ」
「見てない」
「見てた」
「好きだから」
「そういうとこ」
こなつはアイスをかじりながら、ため息をつく。
赤くなっていないか、こたはちゃんと確認した。
なっていない。
……ちょっと腹が立つ。
「こなつってさ」
「んー?」
「私が誰かと結婚するって言ったらどうする?」
ぴたり、と。
足音が止まった。
コンビニの灯りの下、
こなつは妙な顔をしていた。
「……は?」
「いや、だから」
「しないで」
「即答じゃん」
「しないで」
今度は、少し強く。
その声に、こたの胸がきゅっとなる。
43
6
#AI
「なんで?」
「……面倒だから」
「嘘」
「ご祝儀とか嫌だし」
「もっと嘘」
じっと見つめる。
こなつは視線を逸らした。
耳が、少し赤い。
ああ。
ずるい。
「じゃあ、こなつは?」
「なにが」
「結婚するなら」
しばらく黙って、
それからこなつは、小さく言った。
「……ドレス着たい」
「うん」
「白いやつ」
「うん」
「あと、隣はちゃんとかっこいい人がいい」
「へえ」
「タキシード似合う人」
数秒、沈黙。
こたは瞬きをして、
それからゆっくり笑った。
「それ、私じゃん」
「……うるさい」
「プロポーズ?」
「違う」
「予約しとく?」
「違うって」
けれど。
違わないことを、
二人とも、たぶん知っていた。
二話 熱の夜
こたが熱を出したのは、
たぶん、三日連続の徹夜みたいな生活のせいだった。
「だから言ったのに」
「うるさい……」
「寝ろって」
「仕事終わんなかったんだもん……」
「“だもん”で許される年齢じゃない」
「ひど」
ベッドに沈みながら、こたは毛布に顔を埋めた。
熱い。だるい。しんどい。
それ以上に、隣で腕を組んで見下ろしてくるこなつが怖い。
いや、怖いというか。
怒っている。
かなり。
「ポカリ飲む」
「ん……」
「薬」
「にがい」
「子どもか」
「こなつが飲ませて」
「自分で飲め」
そう言いながら、結局ちゃんと水まで持ってくる。
こういうところだ。
本当に。
優しいくせに、優しくないふりが上手い。
「……ありがと」
「別に」
「好き」
「熱の時だけ素直になるのやめて」
「普段も素直だよ」
「どの口が」
額に冷却シートを貼られる。
ひやりとして、少し気持ちいい。
ぼんやりした視界の中で、
こなつの白い髪が揺れる。
ああ、きれいだな、と思う。
こんな時まで。
ほんとうに、重症だ。
「こなつ」
「ん」
「今日、泊まって」
「いや、ここ私の家でもあるけど」
「そういう意味じゃなくて」
「……なに」
こたは少し黙った。
熱のせいだ。
きっとそうだ。
普段なら、こんなこと言わない。
言えない。
「……ひとり、やだ」
しん、と。
部屋が静かになった。
エアコンの音だけがやけに響く。
こなつは何も言わなかった。
しまった、と思った。
重い。
絶対重い。
今すぐ死にたい。
「……ごめん、今のなし」
「なしにしないで」
予想外の言葉だった。
こたはゆっくり顔を上げる。
こなつは、少し困ったみたいに笑っていた。
「そういうの、ちゃんと言って」
「え」
「私、気づかないから」
その声は、ひどく静かだった。
「こたってさ、なんでも平気そうな顔するじゃん」
「……してる?」
「してる。むかつくくらい」
「ひどいな」
「だから、言って」
ベッドの端に腰掛けて、
こなつはそっと、こたの髪を撫でた。
熱のせいじゃない。
たぶん今、顔が熱いのは別の理由だ。
「寂しいとか、しんどいとか、やだとか」
「……言ったら、困るでしょ」
「困らない」
「重いよ」
「知ってる」
「面倒だよ」
「今さら」
ふ、と。
こたは小さく笑ってしまった。
ずるい。
本当にずるい。
こんなの、好きになるに決まってる。
「……こなつ」
「ん」
「私、多分」
好き。
その一言が、喉で止まる。
言えない。
怖い。
壊れたらどうしようって、
ずっと思ってる。
でも。
こなつは、逃げなかった。
ただ静かに、待っていた。
だから。
せめて今は。
「……ずっと、こなつがいないと無理」
こなつの手が止まった。
沈黙。
数秒が、永遠みたいだった。
それから。
「……知ってる」
かすかに震えた声で、
こなつはそう言った。
「私も、そうだから」
その瞬間。
胸の奥で、何かがほどけた気がした。
まだ、“好き”とは言っていない。
けれど。
たぶんもう、
それは言葉の問題じゃなかった。
こたは目を閉じる。
安心したせいか、急に眠気がきた。
「寝なよ」
「……うん」
「ちゃんと隣いるから」
「……うん」
子どもみたいに頷いて、
こたは眠りに落ちていく。
最後に思ったのは。
やっぱりこの人と、
結婚するんだろうな、ということだった。
三話 朝になって、
逃げ場がない
目が覚めた瞬間。
「…………終わった」
こたは天井を見つめたまま、人生の終焉を悟った。
頭は少し重いが、熱は下がっている。
問題はそこではない。
昨夜だ。
昨夜の自分。
熱に浮かされて、何を言った?
――ひとり、やだ。
死にたい。
――ずっと、こなつがいないと無理。
今すぐ消えたい。
――やっぱりこの人と結婚するんだろうな。
それは言ってない。
ギリギリ心の中だった。危ない。
「…………無理」
毛布を頭までかぶる。
消えたい。
東京から。
いや、日本から。
「起きた?」
「起きてない」
「起きてるじゃん」
リビングの方から足音。
こなつが部屋に入ってくる気配。
こたはさらに毛布に潜った。
「朝ごはんあるよ」
「いらない」
「熱ぶり返すよ」
「それで記憶も消えないかな」
「無理だね」
「最悪」
ベッドの横に座る気配。
近い。
やめてほしい。
心臓に悪い。
「……覚えてるんだ」
「やめて」
「全部?」
「やめて」
「かわいい」
「ほんとやめて」
毛布越しでもわかる。
絶対笑ってる。
この人、絶対楽しんでる。
「別に、変なこと言ってなかったよ」
「慰めが雑」
「本当だって」
「じゃあ忘れて」
「やだ」
「なんで!?」
ばさ、と毛布を剥がされる。
目が合った。
至近距離。
こなつは、昨日みたいに静かな顔をしていた。
それだけで、胸が苦しくなる。
「……忘れたくないから」
ずるい。
そういう顔で、そういうことを言う。
ずるい。
「こたがちゃんと言ってくれたの、嬉しかった」
「……熱のせい」
「うん」
「ノーカンで」
「やだ」
「横暴」
「今さら」
その返し、昨日も聞いた。
なんだか悔しくて、
こたは唇を尖らせる。
「……こなつだって」
「ん?」
「好きとか、言わないくせに」
言った瞬間、
しまった、と思った。
空気が変わる。
こなつは少しだけ目を丸くして、
それから、困ったように笑った。
「……言えないんだよ」
「なんで」
「言ったら、終わる気がして」
その声は、思ったより弱かった。
「今のままが壊れたら嫌で」
「……私も」
「知ってる」
「じゃあ」
こたは、起き上がる。
熱の名残で少しふらついたけれど、
そんなのどうでもよかった。
「じゃあ、同じじゃん」
逃げたくない。
昨日、あれだけ弱音を吐いたくせに。
ここで逃げたら、かっこ悪い。
「こなつ」
「ん」
「私、好きだよ」
ちゃんと。
今度は熱なんかじゃなく。
逃げ道も作らずに。
「ずっと好き」
静かだった。
世界が止まったみたいに。
こなつは何も言わない。
失敗したかもしれない、と思った、その時。
「……知ってた」
「え」
「だって、こたわかりやすすぎ」
「嘘」
「ほんと」
「じゃあもっと早く言ってよ」
「自分で気づいてほしかった」
「性格悪いな」
「こたほどじゃない」
笑った。
ふたりとも。
泣きそうなくらい、安心して。
それから。
こなつは少しだけ顔を赤くして、
視線を逸らしながら、小さく言った。
「……私も、好き」
その一言で。
何年分かわからない想いが、
一気に報われた気がした。
「え、それだけ?」
「え」
「もっと」
「無理」
「頑張って」
「無理」
「じゃあキスして」
「急」
「好きって言ったじゃん」
「だからって急すぎる」
「じゃあ私からする」
「待って」
待たない。
だって、ずっと待っていた。
こたは笑って、
そっと、こなつの頬に触れる。
近づく。
呼吸が混ざる。
目を閉じる、その直前。
「……結婚式、ドレスちゃんと着てね」
「今その話する!?」
結局、ちゃんとしたキスは
その一言のせいで失敗した。
けれど。
笑いながら崩れた距離は、
もう二度と元には戻らなかった。
四話 ちゃんと、隣で
恋人になったからといって、
劇的に何かが変わるわけではなかった。
「こなつ、アイス」
「昨日も食べた」
「恋人に冷たくない?」
「恋人だから甘やかさない」
「そんな……」
相変わらず財布を忘れ、
相変わらずこなつに呆れられ、
相変わらず同じアパートに帰る。
けれど。
たったひとつだけ。
確実に変わったことがある。
「……近い」
「恋人なので」
「それ昨日も聞いた」
「便利な言葉だよね」
ソファに座れば隣にくっついてくるし、
料理をしていれば後ろから抱きついてくるし、
寝る時には当然のように腕を絡めてくる。
こたは満足げだ。
こなつは、だいぶ振り回されている。
「重い」
「愛だよ」
「物理的に」
「失礼な」
けれど、離されない。
文句を言いながら、
ちゃんと受け入れてくれる。
そのたびに、好きだなと思う。
本当に、何度でも。
「ねえ、こなつ」
「ん」
「ちゃんとキス、まだだよね」
ぴたり。
味噌汁をよそう手が止まる。
わかりやすい。
「……今その話する?」
「する」
「ごはん中」
「大事な話なので」
「絶対今じゃない」
「逃げた」
「逃げてない」
「じゃあ今」
「今は嫌」
「じゃあいつ」
「…………」
「ほら」
沈黙は肯定である。
こたはにやにやしながら、
テーブルに頬杖をついた。
「こなつって、意外と初心だよね」
「うるさい」
「かわいい」
「黙って」
「好き」
「知ってる」
その返しが、最近ずるい。
前までは言われるたびに流していたくせに。
ちゃんと返されると、
こっちの心臓が危ない。
……ずるいのはお互い様か。
その日の夜。
雨が降っていた。
窓を叩く音が静かに続いて、
部屋の中はやけにあたたかい。
ソファで並んで映画を見ていたはずなのに、
気づけば内容なんて頭に入っていなかった。
隣にいる。
それだけで充分だった。
「……こた」
「ん?」
「こないだの、続き」
珍しく。
本当に珍しく、
こなつの方からそう言った。
こたは瞬きをする。
「続き?」
「……キス」
数秒。
完全に思考が止まった。
「え」
「嫌ならいい」
「嫌じゃない」
「声でかい」
「嫌じゃないです」
緊張しているのが、自分でもわかる。
こんなの、告白の時よりずっと緊張する。
こなつは少し赤い顔のまま、
けれど逃げずにこっちを見ていた。
「……ちゃんとしたいって、思ったから」
だめだ。
そんなこと言われたら。
好きが増える。
もうこれ以上どうしろっていうんだ。
「こなつ」
「ん」
「結婚しよ」
「順番」
「じゃあまずキスして、そのあと結婚しよ」
「雑」
笑う。
少し震えて。
少し泣きそうで。
でも、ちゃんと幸せだった。
こたはそっと手を伸ばして、
こなつの頬に触れる。
今度こそ、邪魔はない。
近づいて。
目を閉じて。
静かに、唇が触れた。
ほんの一瞬なのに、
時間が止まったみたいだった。
離れても、まだ近い。
呼吸が、熱い。
「……した」
「したね」
「……やばい」
「うん」
「死ぬかも」
「生きて」
ふたりで笑う。
その笑い声すら、愛しかった。
こたは額をこなつに寄せて、
小さく言った。
「今度はちゃんと、本気で言う」
「ん」
「結婚しよう、こなつ」
今度は冗談じゃない。
逃げ道もない。
ちゃんと未来まで連れていく言葉。
こなつは少しだけ目を見開いて、
それから、泣きそうに笑った。
「……うん」
その返事だけで、充分だった。
「ドレス、ちゃんと選んでね」
「タキシードもね」
「隣、私だから」
「知ってる」
雨の音が続く。
東京の夜。
狭いアパート。
けれど、この場所が
世界でいちばん幸せだった。
⸻
まだ、好きって言ってない。
……なんて、もう嘘だ。
何度だって言える。
この先も、ずっと。
「好きだよ」
「うん。私も」
それだけで、
ちゃんと未来になった。
⸻
【完】