テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「降谷さん」
風見は助手席でうつむいている彼に声をかける。だが何も返事はない。
珍しく舌打ちしてしまって、自分でもわからないうちに。
「おい」降谷がそれに反応する。もちろん怒っている。
だが、それ以上に自分も怒っている。風見はわかっていた。車を停める。
がっ、と胸元を掴みあげたのは同時だった。
「なんだ」降谷はゆっくり低い声を出すが、風見も顎を引く。「あなたは私に言ったはずですよ」
過去にもしもはないーー。
「ちっ!」降谷が手を振り払う。「…はあっ…」風見はハンドルに腕を敷き顔を埋めた。
「なんで…」と呟く風見を目だけで降谷は見る。「なんで!」と風見は顔だけこちらに向けた。「あなたには力がある!なのにーー!」がっ、と降谷は風見の肩をはね除けた。
「力だと?そんなものあったってーー」
あなたを、愛してる……
スミスが笑う。ぐっと降谷は目を閉じた。
「あったって……」
守れなかった。彼女の心も、からだもすべて。
「スミスはごめんなさいと言った」
「言うな!」降谷は左右に首を振りながら叫び散らす。風見はこちらを睨みあげてくる。「そんなこと言わせたのは…」
どっ、と背もたれに寄りかかる。
「僕のせいだーー」
「違う」と風見が起き上がる。「降谷さん、しっかりしてください」「は?」降谷はおかしくて少し笑ってしまう。
「あなたは挫折に慣れてない」風見が首を振る。「自意識過剰ですから」と言う彼は顎を引く。
「だがわたしは違う。自分は無力だと常に思ってる。あなたを階段の1番下から見上げるしかできない」
だから、と風見はハンドルに力をこめる。
「這い上がることに……慣れている…」
「風見」
「我々は彼女を守れなかった。これは、これはわたしたちの【失敗】です。明らかだーーわたしは今、挫折したのと同じ気分ですよ」
「ああ…」と降谷はさらに力を抜いた。
こういう気分をそう言うのか、と付け加えて。
「だから」と風見はからだを向け直した。「あなたは彼女を……ただ」スミスの髪の間から流れる涙に、風見は目をそらす。く、と唇を噛んだ。
「きつくないか?」ふふ、と降谷は切なそうに笑う。
「えぇ、挫折って…そういうものです」と風見。「だが」と眼鏡の奥が強くなる。「這い上がれ」「!」「何度だって…生きているんだから……!」
風見は勢いよく車をバックさせ、元来た道を戻る。
はあ、と降谷はため息をつく。
「だとしても、なんて声をかければいんだよ?」
そもそも、もうふれることすら……許されないのではないのか?
守れなかったのに、抱き締めるなんてそんなことーー…できるわけがない。
あんな、ふれたらぼろぼろと壊れそうなスミスを初めて見たのに。
「いらない」風見は目だけ向ける。
「あなたには彼女が必要で、彼女にもあなたが必要なんだ。ただそれだけ」
もう1度立ち上がるために。
「スミスにあんな薬を投与した相手の検討は?」
降谷は前を見据える。
「あぁ。新薬のテストか、何か聞き出そうとしたんだ、だが…」
渡さない……。国と交換しても。
「なら……戦うしかないですよ…どうせ……とんでもない相手なんでしょうけど…というか」
それは【人間】ですか?
はっ、と降谷は笑う。「風見。お前…変わったな」風見は目だけ向けてまた前に戻した。
「どうも」
病院に戻り、降谷は風見を待たずに走り出した。
まだいるかもわからない。また……自分の前から……
嫌だ。エレベーターのボタンを何度も押す。
「嫌だ!」ぐっ、と拳に力をこめる。
開いた隙間から飛び出し、ドアを開ける。
お願いだーーレディ。もう二度と僕の目の前からーー…
「レディーー!」
彼女は同じ場所で、肩を抱いたままだった。はっ、と顔をあげた彼女の顔がぐしゃぐしゃになっていく。
「れ…」
ふら、と立ち上がる彼女に降谷は飛び付いた。「いなくならないでくれ……!」「ああっ!」スミスがはっとしたように1度天を仰ぐ。何度も首を振る古谷に、しがみつくスミスが、子供のように泣きわめく。「ごめんなさ…」「違うっ!僕が悪いーー悪い!」ぐっ、と手に力をこめる。「あぁ、ああ!」何度もかき抱いて、2人は互いにずるずると床に落ちていく。
君の中に入れてくれ。レディーー僕をそのキューブに入れたまま……
それが僕にはーー
それがわたしにはーー
至福だから……
風見はドアから離れ、泣きわめく2人に背を向けて歩き出した。
「あぁ…」と風見は歩く度に思う。
完敗だ、と。だが、と前を向いた。
「…諦めませんよ……降谷さん」
我ながら馬鹿みたいだと思って笑ってしまったが、風見にはそれでもよかった。
それで、よかった。慣れているから。
「だが…」ふぅーっ、と息をつく。今回はかなりきつい。スマホを取り出し、電話をかける。
「わたしだーー書類を代わりに、あぁ」
休暇届を…。と風見は言いながら歩き出した。
「少し…」と呟く降谷をタクシーの運転手は見た。
隣のーー美人と頭をもたれかかったまま、2人とも疲れきっている。
「休むか……」
「それって…」とスミスがか細く言う。
「まるで自営業じゃない」ふっふっ、と2人で頭が揺れる。
「だんな様が可哀想よ…」つないでいた手を、指を絡めるように変える。
降谷はふとスミスを抱き締めた。運転手がミラーから目を離す。
「いや…あいつもたぶん……」
「そう…」スミスはそのままだが、目の前には違う男を見ていた。
「数日前の話だが」とジェームズが言う。「我々のところにも来ただろ?」と赤井を見る。「あぁ。だいぶ軽くはなっていたが、軽すぎても風で影響を受けるし…」と持つしぐさをしてみせる。
「まあ、使わないとわからないな」
「よく使用許可を出しましたよね?」とキャメルが言う。「上が…」と付け加えて。ジョディは考えるように上を見た。
「…えぇ、でも何かそれって問題?防衛の面で、でしょう?」
「問題さ」ジェームズは肩をすくめる。
「アメリカの新型の武器が日本で先に使用されてしまったら、理由はなんでもいい。手の平を見せたようなものだからな」
「だが日本に使用許可が降りた……」
「そこまでの【防衛権限】があるか?」とジェームズ。
「もしくは……」と赤井は寄りかかっていた壁から離れた。
「はい。おぉ!」と博士が頷き、「構わんよ!家で食べたらいい、あ?おぉ、わかった」電話を置く。
「昴さんがビーフストロガノフを作りすぎたから、持ってくると言っとる」
「寝るわ」灰原がコナンの横を通りすぎるので「おい待て」と止める。
「【女性】がいるのでシャワーを浴びて行くと」はは。と笑う博士に、灰原は止まった。「あら…少しは」と振り向いた。
「礼儀があるようね?いいわ」
コナンと博士は目を合わせ、ため息をついた。
料理を作りすぎるのは、この家の人間が3人いたからだ。鍋の大きさが3人分以上ある……。
赤井はキッチンを出て、浴室の鏡の前で手をついた。
たしかにアメリカは日本を防衛する権限があるが、義務ではないーー結局、防衛と引き換えにアメリカを日本に置きたいだけだ……。
それが新型のライフルの使用許可を降ろしたなんて、何か別の目的があるに決まってる。
だが…と鏡を見た。「どことどこで?」何がどうつながっている……?
ふっ、と息を吐き首を振った。洗濯をそろそろしなくては。
色んなことを考えていたせいで、服を脱ぎシャワーのレバーを捻ったときに初めて気付いた。
すぐに髭剃りをとり振り向く。
ぐっ!と押したせいで、彼女は少し首をのけぞらせた。
「おにいちゃん…」ふふふっ…とスミスは笑う。
「シャワーを止めて?じゃないと…」
ぴっ!と飛ばした指先から、パン!と銃声のような音がして火花が立つ。
「ーー!」赤井にはすぐわかり、すぐに逆の手でレバーを捻った。ぴちゃり、と水滴の音がする。
互いに鋭く見つめあったまま、スミスはぬるー…と両手を腕に伸ばしてくる。
「こわい…?」スミスは首から上まで頬までその手を滑らす。
「大丈夫…」スミスは抱きついてきて、背中を撫で上げる。
「あなたが死ぬときは…私も一緒」と耳元で囁く。「連れてってあげる…」
「…何が……」と赤井は動く碧い髪を目だけで見る。瞬きするのさえ躊躇われる。
間違いないーーあの爆発感度はニトロ。そしてここは浴室……換気扇がまわっていない。温度が下がらないーー…。
「人間の焼ける匂いを嗅いだことは?」
赤井は喋らない。動かない方がいい。目だけは離さなかった。
「【お礼】を言いに来たの」にや、とスミスは笑う。「あの日と同じように…」
す、とスミスは段々とからだの下へ下がっていく。
「あのライフルは…」と言うスミスに、赤井はすぐに理解した。「使いやすいけど……」ちゅ、と男性器にキスして、撫で回すから、目だけそらした。
「米軍の前線に女はいないからなのね。寝転がったら…胸が邪魔で使いにくいわ…」
ばっ!と彼女は離れて、シャワーのレバーを浴槽に向けて出す。温度を最大にしたまま。
「…真実に辿り着くのが…お前たちは遅い」
浴室がどんどん暖まる。
「…なぁ?【シュウ】……」
「!」
「おねぇちゃんがそう呼んでた…」
にや、とするスミスの顔が煙で見えなくなっていく。
だが真顔だった。
「…外務省の息子が誘拐された。犯人は私が狙撃。殺した。これで日本はアメリカに借りを作ってしまった。だが…」
ぐ、とスミスは顎をあげる。
「わたしはニトロだーー苦痛と安寧をもたらす……だがな……」
すっ、とスミスは自分の唇にニトロを塗り、口付けてくる。
前髪が目にかかり、スミスは嘲笑うようなまま下がっていく。ガラ!と浴室のドアを開けて、思いきり閉め出て行った。
まずいーーと赤井はゆっくりレバーに手を伸ばしていく。
「赤井さん?どこ?」という声が聞こえてはっとする。
「コナンく、んーー」唇を動かすのさえ躊躇う。さっきキスされたとき、濡れたままだ。
「赤井さん?大丈夫?」
「はっ…」と1度息を吐く。それさえ…
「だ、めだ」
「え?具合悪いの?」
「ちが…」ごく、と唾を飲む。もう少しでレバーに手が届く。
「離れて、くれ」
爆発したら彼までーー
「開けていい!?ねぇ!」
「くーー…」たら、と腕を液体が垂れかける。温度は上がり続ける。
はっ!とした瞬間、睫毛から1滴、液体が落ちていくーー
パァン!という足元の音と共に、赤井は思いきり動いて温度を最大まで下げた。
ざばあ!と大量の水をかぶり、どさりと床に手をつく。「あっ…」
「赤井さんっ!」コナンが遠慮なくドアを開けて叫んだ。「今の音は!?だ、大丈夫!?」はぁ、はぁ、と片手で顔を拭い、前髪をあげる。
「ニトロだーー」はあっ、と顔をあげる。
「ニトロ!?まさかレディさんが!?」
くっ、とコナンは行こうとしたので赤井は止める。
「いい……あぁ、考え事はするもんじゃないな……」はぁ…とようやく立ち上がる。「閉めてくれ」と言われ、コナンはその通りにした。
コメント
2件
ありがとうございます!
みぅです🤍🥀 第29話、読みました……。 降谷さんと風見さんの対峙、すごく重くて苦しかったです。でも、風見さんの「這い上がることに慣れてる」って言葉が、胸に刺さりました。降谷さんが「挫折」を認めた瞬間、ぐっと来た…… そしてラストの赤井さんとスミスさんの浴室でのやり取り、鳥肌が立ちました。「連れてってあげる」って囁くスミスさん、怖いのに美しくて。ニトロの恐怖と、人の心の闇が交錯する感じ、本当にゾクゾクしました。 次が気になりすぎます……!
#女主人公
如月 久柚⌛🍊最近復活(?)
3,010
花梨
72,833