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最終話
朝。
「……勇斗?」
目を覚ました吉田仁人は、隣に手を伸ばした。
「……あれ」
いつもいるはずの温もりがない。
部屋は静かで、少しだけ広く感じる。
「……いない」
上体を起こして、部屋を見渡す。
キッチンにも、リビングにも気配がない。
「……どこ行ったんだろ」
スマホを手に取る。
でも、その前に——
胸の奥が、妙に落ち着かない。
「……なんかやだ」
ぽつりとこぼれる。
たったそれだけなのに、妙に不安になる。
昨日まで、当たり前にいたのに。
「……こんな感じだったっけ」
少し前の自分を思い出そうとして、やめる。
思い出せない。
こんな朝、あったはずなのに。
“ひとりが普通だった時間”
それが、もう遠い。
その時、スマホが震えた。
『起きた?』
「……勇斗」
すぐに通話ボタンを押す。
「どこいるの」
『ちょっとコンビニ』
何でもない声。
いつも通りの、落ち着いた声。
「……びっくりした」
『なんで?』
「起きたらいないから」
少しだけ、声が弱くなる。
『ごめん、すぐ戻る』
「……うん」
少しの沈黙。
「ねえ」
『なに?』
「早く帰ってきて」
自分でも驚くくらい、自然に出た言葉。
『……そんなに?』
少しだけ笑う声。
「……うん」
否定できない。
「なんか、落ち着かない」
『そっか』
優しい声。
『じゃあ急いで帰る』
「うん」
通話を切る。
数分後。
「ただいま」
「おかえり」
ドアが開いた瞬間、仁人はすぐに立ち上がる。
「早かったね」
「急いだから」
軽く笑う勇斗に、仁人は少し近づく。
「……ほんとだ」
「そんなに不安だった?」
「……うん」
小さく頷く。
そのまま、少し間があって。
「なんかさ」
「うん?」
「勇斗いないと、ダメかも」
空気が、静かに止まる。
「……ダメ?」
「うん」
少しだけ照れたように笑う。
「前は平気だったのに」
「……」
「今は無理」
はっきりと言う。
「すぐ会いたくなるし」
「……」
「いないと、変な感じする」
言葉にして初めて、自覚するみたいに。
「これってさ」
少しだけ首を傾げる。
「重い?」
勇斗は、ほんの一瞬だけ黙る。
でもすぐに。
「全然」
優しく答える。
「むしろ嬉しい」
「……ほんとに?」
「うん」
迷いなく頷く。
「俺も同じだし」
その言葉に、仁人は安心したように息を吐く。
「……よかった」
自然に距離が縮まる。
「じゃあさ」
勇斗が静かに言う。
「もう完全に一緒にいればいいじゃん」
「……同棲ってこと?」
「うん」
軽く言う。
でも、その目はまっすぐ。
「どうする?」
少しの沈黙。
でも、迷いはほとんどなかった。
「……する」
「ほんとに?」
「うん」
小さく笑う。
「だってその方が安心するし」
「……そっか」
「勇斗といたいし」
その言葉に、勇斗はゆっくり目を細める。
「じゃあ決まり」
「うん」
夜。
引っ越しの話をしながら、二人で笑う。
「家具どうする?」
「半分くらい持ってくれば?」
「じゃあソファはそのまま使う」
「それがいい」
他愛もない会話。
でも、どこか満たされている。
「ねえ勇斗」
「なに?」
「なんかさ」
少しだけ考えてから。
「今が一番いいかも」
「……そう?」
「うん」
迷いなく頷く。
「全部、ちょうどいい」
その言葉は、穏やかで。
疑いも、不安も、もうどこにもない。
「……そっか」
勇斗は小さく笑う。
「ならよかった」
その夜。
眠りにつく直前。
「勇斗」
「ん?」
「好き」
「うん」
「俺も」
静かなやり取り。
それだけで、安心できる。
「ねえ」
「なに?」
「明日もいるよね」
「いるよ」
「……よかった」
安心したように目を閉じる。
その表情は、何も知らないまま。
ただ、満たされている。
勇斗は、その横顔を見つめる。
(もう大丈夫)
(どこにも行かない)
そっと手を重ねる。
当たり前みたいに、握り返される。
(全部、ここにある)
やさしい嘘も、
静かな計画も、
もう必要ないくらいに。
仁人はきっと気づかない。
この関係の始まりを。
でも——
気づく必要も、もうない。
ただひとつ確かなのは。
「俺がいないとダメ」
そう思っていること。
そしてそれを、
幸せだと感じていること。
やさしい檻の中で、
二人はこれからも、
静かに一緒に生きていく。
ℯ𝓃𝒹
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