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――早朝。
やはり事件があった次の朝は、何となく早くに目が覚めてしまう。
ベッドの上で上半身を起こして、暗い外を眺めながらぼんやりと過ごす。
少し前まではずいぶんと悪夢に悩まされていたものだ。
今はフィノールの街で出会ったメインデルトさんのおかげもあって、嫌な夢は見なくなっている。
……いや、あのときはまだ不調な感じは残っていた。
しかしもう、今は完全に元通りだ。ようやくいろいろなことを吹っ切ることができたのかもしれない。
まったく、普通に朝を迎えることのできる嬉しさと言ったら……。
……そして悪夢と言えば、私はテレーゼさんがすぐに結びつくようになっていた。
テレーゼさんも恐らく、嫌な夢を何度も何度も見て……そして、私たちを助けてくれたのだ。
次はいつ会えるのかは分からないけど、絶対に会って、感謝の気持ちをしっかりと伝えよう。
そのときは果たして来るのだろうか。テレーゼさんに会うには、私が王都に行かなければいけないから――
「……王都に行くことって、まだあるのかな……」
置いてきたものはたくさんある。
しかし、まだ残っているかどうかは分からない。
私のお屋敷も、何だかんだできっと没収されているだろう。
そうすれば、そこにあったものや、そこにいた人たちはみんな散ってしまう。
あの場所で、あの全員が揃うことはもう無い――
「……でも、悲しんでばかりはいられないから」
王都はもう、安住の場所では無い。
それなら私は、他に安住の場所を探さなくてはいけない。
今のところ、その最たる候補はこのクレントスだ。
私を受け入れてくれる街。
……ただ、問題がすべて解決したあとは、どうなるのかは分からない。
このまま受け入れ続けてくれるなら残るだけだし、もしも私が災いの種になるなら、また別の場所を探さなくてはいけない。
何せ、私の人生はやたらと長いのだ。
それならさっさと、ダメなところはダメとして、世界中をいろいろと探すことにしよう。
世界は広いんだから、どこかしらでは私を受け入れてくれるはずだ。
いよいよどこもダメとなれば、『疫病の迷宮』の奥深くにでも引き籠るのも良いかもしれない。
……いや、ごめん。さすがにそれはやっぱり無理かな。
暗いし、暇そうだし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず着替えをしてから、私は部屋を出ることにした。
特にやることも無いし、身体を動かしたい気分だったのだ。
ひとまずお屋敷の人に注意されるまでは、散歩でもしてみることにしよう。
そう思いながら部屋から出てみると――
「アイナ様、おはようございます」
――お屋敷の警備の人たちに混じって、ルークがしれっと私の部屋の前にいた。
「……何でルークが、こんなところにいるのかな?」
「しっかり睡眠は取りましたのでご安心ください。
今はこちらの方々と情報交換をしておりました」
「ふ、ふーん……?
確かに早起きするとは聞いていたけど……」
少し力が抜けながらも、とりあえずはルークにありがたみを感じておく。
「ところでアイナ様。
昨日のメイドの仲間が見つかったそうです」
「え、もう!?」
「何でもアイーシャおば……アイーシャさんの仲間のフルヴィオさんが、証拠と供述を集めて解決したということです。
例のメイドをしっかり捕まえておいたのが良かったそうですよ」
「フルヴィオさんって、情報戦を担当してる人だよね。
この短時間に、凄いなぁ……」
「はい、さすがアイーシャさんの仲間です。
私もアイナ様の従者として、その迅速な手腕を見習わなくては……!」
「それはそれで良いことだけど、ルークもいろいろと見事な手腕を持っていると思うよ?」
「ははは、買い被り過ぎです。私はまだまだですから」
……そのまだまだな人に、私はずいぶんと助けられているんだよなぁ……。
ルークはあまり、その自覚が無いようだけど。
「ところでルークって、朝早く起きて何をするんだっけ?
街を見回るんだったっけ」
「はい。あまり変わっていないとは思いますが、数か月振りですからね。
今のうちに、しっかりと感覚を取り戻しておきたいところです」
「走ったりしないなら、私も付いていって良いかな?
二度寝もちょっと、できなさそうだし」
「分かりました。
特に面白いことは無いかと思いますが、それでは参りましょう。
……ずいぶん冷えるようなので、しっかり準備をしてくださいね」
「ん、確かに。それじゃ適当に、上着を羽織ってくるね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――寒っ!!」
外に出ると、冷たい風が猛然と襲い掛かってきた。
夏……? これ、完全に冬……じゃない?
空はもうすぐ白み始める雰囲気を漂わせていた。
そんな中、街のあちこちには武装した兵士がいて、平時ではないことを窺わせる。
「……こんな時間に、みんな大変だね」
「そうですね。
しかしこの戦いを乗り越えれば、きっとアイーシャさんの元で、より良い街になっていくことでしょう」
「ああ、昨日たくさん説明を受けたっけ……」
正直、難しいことは分からなかったけど――
……アイーシャさんは各所から代表者を集めて、評議会のようなものを作りたいらしい。
今はこの街を治めるアルデンヌ伯爵が強い権力を握っているけど、それを分散させていく……みたいな感じで。
その上で、ヴェルダクレス王国から独立したいのだという。
独立が難しいのであれば、自治区や特区のような形を認めさせる案もあるのだとか……。
――私は政治に明るくないから、詳しいことは分からない。
でも、権力が分散するのは、何となく良いことのような気はする。
端的に言えば、アルデンヌ伯爵が失脚するのであれば、何でも良いのかもしれない。
ヴィクトリアも一緒に落ちぶれるわけだしね。ふふふふふふふふ♪
「――アイナ様?」
「え? あ、何?」
「いえ、楽しそうなお顔をされていましたので。
何かありましたか?」
「ううん、嫌なことを考えてただけ!」
「嫌なこと……? はて……?」
ルークは不思議そうな顔をしたが、わざわざ私の闇の部分を見せる必要も無い。
しかし最近の私には闇が多いから、日常では明るく振る舞っていかなければ……!!
引き続き、静かな街をルークと二人で歩いていく。
たまに巡回中の兵士に呼び止められはするものの、名前を告げればすぐに解放してくれる。
……名前が売れるというのは、悪いことだけではない。
そもそも錬金術師のゲームだったら、普通は『名前が売れる』のは『錬金術師として有名になる』っていう話になるんだけど、私の場合はかなり状況が違うからなぁ……。
そういえば、『疫病の迷宮』を創ったときの『世界の声』には、幸いなことに私の名前は出てこなかった。
あそこでもし出てしまっていたら、『神器の魔女』ではなくて『疫病の魔女』なんて呼ばれるようになっていたかもしれない。
……さすがにそれは、いかにもな魔女っぽいから嫌かな。
今後のために、早々に『神器の魔女』という名前を世論に擦り込まなければ……。
「――私は自分で名乗ったから良いんだけどさ。
ルークは、わざわざ汚名を被って平気だったの?」
「え? 突然、どうしたんですか?」
「あはは。いろいろ考え事をしちゃってね。
……それでほら、『竜王殺し』の件」
「問題ありません。
『神器の魔女』に仕えるのであれば、私にもそれくらいの名前が必要です」
ルークは迷うことなく、そんなことを言い切った。
――『神器の魔女』に『竜王殺し』。
確かに私が『神器の魔女』であるなら、ルークも『竜王殺し』くらいの名前が欲しいかもしれない。
……いやはや、何とも世界を滅ぼしてしまいそうな組み合わせだ。
「付き合わせちゃって、ごめんね。
でも、そういうのは私たちだけにして、エミリアさんにはそんな名前が付けられないように頑張ろうか」
「ははは、分かりました。
エミリアさんなら、そういう呼び方を逆に欲しがりそうですけどね」
「ああ、確かに……」
――二人ばっかりズルい! わたしにも何か付けてください!!
……私の中のエミリアさんが、突然そんなことを言い始めてしまった。