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37 - 第37話 てめぇ、ふざけんな

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2026年03月10日

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 水沼だけが悪目立ちするチームだと思っていたが、試合が進むにつれてそれだけではないことが分かってきた。全体的に相手チームに乱暴なプレーが多く見られるのだ。

 攻撃時、相手ディフェンスライン裏へのスルーパスに抜け出すと、ユニフォームの襟首を掴まれ引き倒された。ユニフォームに裂け目が入るほどのラフプレーだったので俺は非難するも、襟首を掴んだ相手選手は平然とした顔で自身の持ち場に戻って行く。

 拓真さんはレッドカードを主張したが、相手選手にはイエローカードの提示がなされただけだ。

 こちらが守備に回る際にも、危険なプレーをしかけられた。朔太郎がライン際でボールを確保するや、背後からスライディングタックルをくらった。相手スパイクがボールではなく朔太郎の足を直撃したため、朔太郎は倒れ、悶絶の表情を浮かべた。明らかに危険なタックルだった。

 ピッチは一時騒然となり、俺達は審判と相手チームに猛抗議をした。

 だが、提示されたのはレッドカードではなく、イエローカードだった。刈られた部位がアキレス腱から逸れていたため、レッドカードではなくイエローカードだと主審が申し渡してきたのだ。

 納得できない判定だらけだった。襟首を掴まれた前述のファールもあったため、相手選手を糾弾するも、相手チームはスライディングタックルをした選手はおろか、誰一人として謝ってくる者はいなかった。

「朔太郎、大丈夫か?」

 肩を貸すと、朔太郎はケンケンをするように刈られた足を引き摺った。

「ちょっとヤバいかも。前にケガしたとこにあたった。痛っ」

「交代するか?」拓真さんが朔太郎の足首に触れる。「腫れてはいないな」

「なんとかイケそうです。でも、念のため、ベンチにアップ指示をお願いします」

「そうだな」

 拓真さんがベンチに向けてアップをするよう身振りで示す。ディフェンスの選手が勢いよくベンチから走り出て、アップを開始する。

「相手は、今大会で一番カードが多いチームなんだって」朔太郎がゆっくりと足首を回した。「たぶん、あいつらにとって、こんなことはまだまだ序の口なのかもしれない。表情と行動を見ている限り、フェア精神なんてなさそうだし。うちがチャンスの時は、レッド覚悟で止めにくるだろうから、晴翔、気をつけてね」

 味方ボールで試合が再開されると、今度は幸成がラフプレーの餌食になった。

 ボールの競り合いで、相手選手から肘打ちを顔面に喰らったのだ。一度ピッチに倒れ、空を仰いだ幸成だったが、数秒を置かずして怒りと鼻血で顔を染めあげながら立ちあがった。

「てめぇ、ふざけんなこらぁっ!」

 ぴぴっ、と審判が笛を鳴らす。だが、幸成の耳には、笛の音は届いていないようだ。肘打ちをした相手選手の胸ぐらを掴みかかる。

 拓真さんが「抑えろ、幸成!」と制止しようとするも、遅かった。

 相手選手が自身の顔を手で覆いながら、後方に倒れた。ピッチ上で足をばたつかせながらのたうち回る。

「何だ?」

 呆気にとられた幸成が、足もとで身をよじらせる相手選手から距離をとった時、ぴ、と強い笛が吹かれた。

 まずい。

 俺が思うよりも早く、審判が幸成に、注意を意味するイエローカードを提示した。ついで、審判が倒れている相手選手に起きるよう指示を出し、その選手にもイエローカードを提示する。

「ちょ、何で俺までイエローなんすか」

 幸成は審判に詰め寄った。

「よせ、幸成」拓真さんが、幸成と審判との間に割って入る。「こらえろ、幸成。相手の挑発に乗るな」

「だって、あいつが俺に肘かましてきやがったのに、なんで俺がイエローなんすか」

 幸成が、審判と拓真さんの二人に不満気な顔を向ける。顎を引いた審判が、動じない姿勢で幸成に向き直った。

「きみの報復行為に対するイエローだ」

「報復? ちょっとユニフォームへ手が伸びただけですよ。押してもないのに、あいつが大袈裟に倒れたんです。報復になってない」

 幸成が肘打ちをしてきた相手選手を指さそうとした。すると、その相手選手が顔を歪め、泣きだしそうな声を絞り出した。

「首から上を強く押されて、倒されました。報復行為です」

「んだと、てめえっ!」

 かっとなった幸成が相手選手に駆け寄り、再び首もとを掴もうとした。

「幸成!」

 拓真さんも俊介も朔太郎も俺も、チームメイトのほとんどが同時に声をあげた。

 ばたり、と相手選手が腰からピッチに倒れる。又もや顔を手で覆って、悶えるように芝上でもがいた。直後、ピーッ、と強く長い笛の音が響き渡る。

 胸ポケットに手を突っ込んだ審判が、幸成に向けて毅然とした態度で一枚のカードを提示した。

 赤色。退場処分をあらわすレッドカードだ。

 観客席を含めた会場全体が、ぴりりとした不穏な雰囲気に包まれる。

 幸成は、頭より上方で掲げられたレッド―カードを見あげ、口を開けたまま立ちすくんでいた。一瞬にして十歳以上老け込んだように感じられる表情のまま、頬をぴくりとも動かさずに固まっている。

「ちょっと待ってください」拓真さんが審判にぶつからん勢いでにじり寄った。「胸ぐらを掴もうとはしましたが、手が触れる前に相手選手は自分から倒れてます。あきらかにカードを誘発する自演行為です」

 言葉こそ丁寧だが、拓真さんには珍しく青筋を立てていた。

 当然だ。レッドカードは、試合で退場となるばかりではなく、次戦も出場停止となる処分だ。今日の準決勝を勝ち進んでも、幸成は決勝戦のピッチには立てない。ベンチ入りさえできずに、観客席から試合を見守ることになってしまう。

 守りの中核となる幸成を欠くことは、チームとしても一大事だった。

 犬が威嚇するような唸り声が聞こえた。

 幸成だった。うううう、がああああ、と低く大地を揺するような声を漏らし、肘打ちをしてきた相手選手を睨んでいた。

 ピッチ上に剣呑な空気が生まれる。相手選手が蠅を追い払うような仕草をして、その場から立ち去ろうとした。幸成の頬がひきつり、一気に破れた。

「ふざけんな、てめえぇぇぇッ!」

 幸成が拳を振り上げた。「幸成っ!」現場に居合わせているチームメイトのうち誰かが、咄嗟に幸成の身体に組みついた。それでも幸成はチームメイトを引き摺りながら、相手選手を殴ろうと歩を進めている。また一人、また一人、とチームメイトが幸成を止めるために、スクラムを組む。俺もその中に加わっていた。

「幸成!」「幸成、抑えろ」

 幸成は涙を溢れさせていた。

 畜生、畜生と唾を飛ばし、膝をピッチにつけた後、幸成は身体を支える力を失ったように前方へ倒れた。

 朔太郎が幸成をかばうように抱きかかえた。なおも、畜生畜生と幸成はぼやくように呟き続けている。

 両脇をチームメイトが支えながら、幸成が退場していく。がっくりとうな垂れた幸成の背中が、気持ちを代弁していた。丸まり、生気を根こそぎ奪われていた。

 試合が再開される直前、肘打ちをした相手選手が自陣のベンチに向けてサムアップをした。口角をあげてにやりと笑う。前半三十分過ぎのことだった。俺達はいまだにシュートを一本も打てていない。

 チームは劣勢に立たされた。

 一人少ないため、攻撃よりも守備に奔走する時間が長くなる。ボール支配率は明らかに相手の方が上だ。パスを回され、右へ左へと否応なく身体を振らされる。時折、縦へ鋭いパスも通されるため、上下運動も加わり、ふくらはぎが悲鳴をあげていた。

 朔太郎の怪我の部位は大丈夫だろうか。ボールをクリアするたびに顔を顰めている。朔太郎だけではなかった、皆の顔が苦しそうに歪み始めていた。


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