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前半終了の笛とともに、俺は片膝をついた。
自分の不甲斐なさを責める気力さえも削がれていた。
0対0の両者ともにスコアレスで折り返すことになったものの、ボール支配率、パス成功数、ドリブル突破率、コーナーキック数、フリーキック数、シュート数、挙げればきりがないほど、数値で表せるスタッツは相手の方が上回っていた。
走行距離は俺たちの方が走っているが、これは守備に奔走している分、走らされた結果によるものだ。きっと後半では、スタミナ切れなど、ボディーブローを喰らい続けたような疲労に俺達は見舞われる。
特にシュート数が問題だった。
ゼロだ。一本もシュートを打てていない。相手チームのペナルティエリア内でボールを保持することすらできていない。
高い位置まで上がっている水沼が、まるで第二のディフェンダーのように立ちはだかり、足で、頭で、ボールを弾き返していた。フィールドプレーヤー並みにボールの扱いが巧みなのだ。
せめて、瑞奈がいれば――。
瑞奈の創造性豊かなプレーならば、相手を切り崩し、水沼の意表をつくパスから決定機をつくることができる。
俺が瑞奈の代わりを務めないといけない。そう思うも、瑞奈のようにはプレーできなかった。無理なんだ、無理なんだよ。瑞奈がいないと、……勝てない。
「晴翔」
身体の中に次々と石を放り込まれている心情になっていた俺に、拓真さんが穏やかに話しかけてくれる。
「気にするな。後半きっとチャンスが来る」
拓真さんが俺の手を掴んだ。そうして、俺を引っ張り上げるように立たせてくれた。
「すみません、でも……」
「その『すみません』は、おまえを立たせたことについてか? それともおまえがシュートを打てなかったことについてか?」
笑いながら拓真さんが俺の背に手を回した。俺は下唇を噛む。
「シュートを打てませんでした。フォワードなのに。瑞奈のようにもプレーできませんでしたし」
目に力が入らない。眼前がぼやけだしていた。鼻の奥でつんとしたものを感じる。息苦しい。足が重かった。
「泣くな」
拓真さんが短く言い放つ。顎をあげ、前方をしっかりと見据えながら。
「すみません」
「三度目の『すみません』は聞きたくないからな」拓真さんが苦笑した。「なあ、晴翔。おまえ背負い過ぎだよ」
どういうこと? 黙考するように口を噤むと、自然と涙が目の奥に引っ込んでいった。
「背負い過ぎ……ですか?」
「物理的なものじゃない。心理的なものだ。別におまえが攻撃を組み立てなくてもいいんだよ」
心を撃ち抜かれた気がした。震える声で拓真さんに尋ねる。
「俺……交代ですか?」
拓真さんはぶんぶんと手を大袈裟に振った。「違う。違う」拓真さんが足を止める。はからずも一歩前へ出た俺は、拓真さんを振り返った。「今朝、瑞奈からLINEが来た」
え……。
拓真さんが目尻を下げる。
「『すみません。晴翔くんをよろしくお願いします』とだけ書かれてたよ。休む理由にも触れず、どう晴翔をよろしく扱えばいいのかも書かずに。『すみません』で始まるのはおまえと一緒だ」
拓真さんが今度は盛大に大口を開けて笑った。俺は、口を噤んでいる。
「まあ、なんだ。瑞奈が休む理由を、おまえからさぐるつもりはない。あいつが休むからにはそれなりの理由があると思っている。ただ、『晴翔くんをよろしくお願いします』にはしっかり対応しなくてはいけないと思った。普段の瑞奈はそんなことを言わんからな」
拓真さんが空を見上げた。
今日も快晴だった。夏らしいくっきりとした雲が蒼い空に浮かんでいる。汗が耳裏から首筋を沿って流れた。
「瑞奈がピッチにいると、おまえはもっとリラックスしてプレーしている。それはきっと、瑞奈がボールを繋いでくれる安心感からだろう。実際のところ、瑞奈とおまえのホットラインで俺達は数えきれないほど得点を決めてきた。だが、今は瑞奈がいない」
拓真さんが一度唇を湿らせた。
拓真さんは空に目をやったままだ。
「瑞奈の分までプレーをしなくてもいい。それは、瑞奈の代わりに今日、右サイドのポジションにいる大河がこなすべきプレーだ。もしくは、ウイングバックを申し出た朔太郎が担う。おまえは、大河や朔太郎がボールを繋げるように導け。それは、瑞奈がいる時に、おまえが自然とやっていることだ。それを、大河と朔太郎に対してもやるだけでいいんだ。おまえと瑞奈がやるほどの息の合ったパス交換までは求めない。おまえと瑞奈は出会った頃から、つがいのようなゴールデンコンビ級のパス回しをしていたからな。気負い過ぎるな。もっと肩の力を抜いて、瑞奈がいる時のようにのびのびとやれば絶対にシュートチャンスがやってくる」
いつの間にか、拓真さんが俺の目を直視していた。
温かくも厳しい視線だった。熱がそこにあった。俺を滾らせる、でも落ち着かせる、不思議なエネルギーを感じた。
あ、これって……情熱。
瑞奈の叫び声が、必死に前を向く顔が、脳裏で思い返される。『情熱!』瑞奈がすぐ近くで俺を鼓舞しているみたいだ。目に力がこもっていく。足が、ふっ、と軽くなった。視界はもうぼやけていなかった。
「いい顔になった。後半が勝負だ」
拓真さんが俺の背を強く、でも優しく叩く。
「はいっ」
声が碧空に吸い込まれた。