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俺は、この高校に一つの王国を築いた。
校門をくぐる生徒たちは、俺に頭を下げる。教師たちは信頼のまなざしを寄せ、後輩たちは目を輝かせて「舘様」と呼ぶ。
机の上に置かれる花。毎朝届く差し入れの紅茶。生徒会室の鍵を持つのは、俺ただ一人。
俺の言葉ひとつで、校内の空気が変わる。良くも悪くも、俺はこの学園の中心――いや、象徴であり続けてきた。
完璧に。規律正しく。隙なく、美しく。
そうすることが、この世界を守ることだと信じていた。
でも、ふとした時に思うんだ。
俺は――この城の中で、本当に“王”になれたのかって。
ふと、窓の外を見る。春の終わりに咲いた花びらが、風に流れて舞っている。
その軽やかさに、なぜか胸が締めつけられた。
完璧を保つことに慣れてしまった俺は、笑うタイミングさえも演出している。
周囲の期待に応えるために、ずっと「理想の王様」でいようとした。
けれど、そんな理想に縛られれば縛られるほど、誰かと心から言葉を交わす機会は、どんどん失われていった。
俺はこの“王国”で、誰よりも高いところに立っている――
「おはようございます、舘様!」
「今日も素敵です、生徒会長!」
校門を抜けるたび、無数の声が俺に降り注ぐ。
俺は微笑みでそれらに応える。背筋を伸ばし、ブレザーの第一ボタンまでしっかり留めて、まるで舞台の上の王子のように振る舞う。
それが、宮舘涼太という“存在”の役割だからだ。
生徒会の後輩が駆け寄ってきて、今日のスケジュールを確認してくる。
「生徒指導の会議は三限後、生徒総会の準備も進めておきます」と手際よく報告され、俺は頷くだけですべてが回っていく。
――完璧。今日もまた、いつも通りの一日が始まる。
そう思った矢先だった。
校舎の影から現れた、一人の男子生徒。
乱れた制服、ネクタイは緩く、イヤホン片耳――教師なら眉をひそめるだろうその姿に、俺の視線が止まる。
渡辺・翔太。
俺の幼なじみ。
かつて一緒に泥だらけになって遊んだ相手で、今では“校内で一番の不良”とさえ言われる存在。
翔太は、俺に近づいてくる。
その瞬間、周囲が少しざわつく。まるで「王の前に不届き者が現れた」とでも言いたげに。
けれど翔太は、俺に挨拶もしなければ、足を止めることもない。
ただ、一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ、俺の顔をチラッと見た。
そして――何事もなかったかのように、通り過ぎていく。
その視線に、温度はなかった。
羨望も、尊敬も、敵意すらも感じない。ただの無関心。
いや、違う。むしろ、そこには“知っている者の冷ややかさ”があった。
(……また、だ)
心の奥にわずかな痛みが走る。
翔太だけが、俺を“宮舘様”として見ない。
子どもの頃の俺を、知っているからだ。
だがそれが、どうしてこんなにも胸をざわつかせるのだろう。
まるで、完璧に作り上げた俺の王国に、ひびが走ったような感覚だった。
渡辺・翔太は、変わらない。
誰より自由で、誰より不器用で、
そして、誰より俺を“俺として”見てこない存在。
廊下を歩いていても、教室ですれ違っても、あいつの視線はどこか遠くて、
周囲のように俺を持ち上げることもなければ、避けることもない。
ただ、知っている――俺の“裏”を。
完璧な生徒会長という仮面の下にいる、本当の俺を。
「……俺は、ちゃんと“やって”るのに」
生徒会室の静寂の中で、思わず独り言がこぼれた。
机の上には今朝届いた感謝の手紙、部活動からの要望書、教師からの信頼の印。
数字で見れば、俺は間違いなく“成功している”生徒会長だ。
それなのに、渡辺・翔太だけは――
(なぜ、あいつだけは俺を認めようとしない)
昔の俺を知っているから?
泣き虫で、我がままで、すぐにすねて、だけど翔太にくっついてばかりいたあの頃を?
……違う。
あいつの目に映る俺は、作り物なんだ。
きっとそう思っているから、今の俺を、嘲笑すらせず、ただ見過ごす。
(だったら……認めさせてやる。今の俺を)
無意識に、拳が強く握られていた。
あいつのその目を、変えたい。
「宮舘・涼太は、すごい」と――いや、「今の俺を、ちゃんと見ろ」と言わせたい。
俺はその日から、無意識に翔太の動きを追うようになった。
どこでサボっているのか。誰とつるんでいるのか。
そして、どうすれば“偶然”を装って、二人きりになれるのか。
最初は「見過ごされていること」への意地だった。
けれど気づけば、目で翔太を探している自分がいた。
――あいつの本音が、知りたい。
それだけが、心の奥をしつこく、離れなかった。
―――――――――
その日、俺はいつもより早く屋上へと続く階段を上っていた。
屋上は基本的に施錠されているが、生徒会には鍵が渡されている。
生徒総会の準備に使う予定の場所。……というのは表向きの理由だった。
(いた)
扉のすぐ先、金網の柵にもたれかかるようにして、ひとりの男が空を見ていた。
渡辺・翔太。制服の上着は脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を肘までまくり、風に髪を揺らしている。
誰にも邪魔されない、放課後の屋上。
ここなら――ふたりきりになれる。
扉を開く音に、翔太が振り返った。
そして、すぐに無表情に戻る。
「……なんだよ、王様がこんなとこに。生徒の監視?」
皮肉交じりの声。それでも、逃げる様子はない。
俺はゆっくりと彼に歩み寄る。
「違う。お前に、話がある」
「へえ。俺に?」
「……そうだ」
翔太は少しだけ目を細めた。
何かを見透かすように、それでいてどこか呆れたように。
「こんなとこまで来て、わざわざ?」
俺は息を吸い、言葉を選ぶ。
「お前、いつも俺のこと、無視してるだろ」
「は?」
「全校生徒が俺を信頼してる中で、お前だけは、違う目で俺を見る。ずっと気づいてた。……だから、知りたい。なぜお前だけは、今の俺を認めようとしない?」
翔太は数秒、黙って俺を見つめた。
そして、ふっと笑った。
「そんなの、簡単じゃん。お前、今の自分、好き?」
……答えられなかった。
翔太は続けた。
「昔のお前の方が、らしかったよ。泣き虫で、面倒で、でも俺の後ろついてきてさ。今は“舘様”って感じだけどさ、それって……無理してんだろ?」
胸の奥が、ぐらりと揺れた。
見透かされていた。俺が隠してきた“弱さ”も、“演じてきた完璧さ”も――全部。
「……でも、お前だって不良じゃん」
ようやく返せた言葉が、それだった。
翔太は一瞬だけ目を丸くして、次に小さく吹き出した。
「ま、それも否定はしないけどな」
沈黙が落ちる。
けれど、それはどこか居心地の悪いものではなく、不思議な静けさだった。
風が、ふたりの間を通り抜けていく。
いつの間にか、太陽は傾き始めていた。
俺は、翔太の横顔を見た。
そのまっすぐな目と、言葉に嘘がないことを知って、心の奥で何かが、じんわりと解けていくのを感じた。
翔太は軽く背伸びをして、再び金網にもたれた。
夕陽が差し込むその横顔に、どこか昔の面影が重なる。
「にしてもさ……」
ぽつりと、翔太が呟いた。
「王様がわざわざ庶民の屋上に降臨とか、なんか不思議な絵面だよな」
「……は?」
「いや、だってお前、いつも後光差してんじゃん。誰に会っても“ごきげんよう”みたいなテンションでさ。……なんか今日、妙に人間っぽいなって思っただけ」
俺は思わず、苦笑してしまった。
「俺にだって、人間らしいところくらいある」
「へえ? それ、証拠写真とかある?」
「あるか、そんなもん」
「じゃあ信じねぇな。……まあ、今こうして話してるお前は、ちょっと昔の涼太に戻った感じもするけど?」
その言葉に、胸の奥がじんとした。
翔太が“昔の俺”を持ち出す時、それは決して馬鹿にしているんじゃない。
どこか、懐かしむような声音で――それが、妙に心に触れる。
翔太がふっと笑って俺の肩を肘で軽く小突いた。
「……ま、王様も人間だったってことで、特別に今日だけは挨拶してやるよ。おはよう、舘様」
その言い方がふざけていて、でもどこか優しくて。
俺は、たまらず吹き出した。
「……ありがとう、庶民代表さん」
その瞬間だけ、風があたたかくなった気がした。
“王様”と“問題児”じゃなくて、“涼太”と“翔太”に戻れたような、そんなひとときだった。
――――――――
放課後、生徒会室で書類の整理をしていると、窓の外からなにやら声が聞こえてきた。
騒がしいというほどでもないが、何か揉めているような、妙な空気。
ふと、気になって外を覗いた。
中庭の隅、人目の少ない場所に、数人の男子が集まっている。
その中心に――翔太の姿があった。
「……また、何か揉めてるのか」
反射的に、生徒会長として動こうとしたその時。
俺の目に飛び込んできたのは、怒鳴る翔太ではなかった。
誰かを責める姿でもない。
むしろその逆だった。
「お前、そんなこと言うなよ。アイツは今日、熱あっても部活出てたんだぞ? …ちゃんと見てやれよ」
翔太は一人の下級生を庇っていた。
顔を真っ赤にしてうつむく後輩に向けて、ゆっくりと肩を叩きながら、仲間たちを諭すように言葉を投げていた。
怒鳴らず、威圧もせず、ただ真っ直ぐに。
「それで倒れたら意味ねぇだろ。強くなりたいなら、まず仲間のこと考えろよ。俺はそう教わった」
その言葉に、周囲の空気が変わる。
責め立てていた雰囲気がすうっと引いて、数人の生徒が気まずそうに顔を伏せる。
翔太は最後に「わかったなら行け」と軽く顎をしゃくり、背中を向けて歩き出した。
その歩き方は、堂々としていて、どこか誇らしげで――
俺が“王”として振る舞う時よりも、よほど真実味があった。
「……なんだよ、それ」
声に出たのは、心の底からこぼれた本音だった。
あんな翔太、知らなかった。
というより、見ようとしてこなかっただけだ。
不良だって噂だけで、“問題児”と片付けていた俺が、
本当は、誰よりも仲間を想って、正しさを知っているその姿を――見逃していた。
なんだか、悔しくなった。
そして、同時に……少し、羨ましかった。
(俺、こんな風に誰かを守れてたか?)
完璧な言葉。整った表情。誰に見られても恥ずかしくない振る舞い。
俺が必死に積み上げてきたものが、その瞬間、どこか虚しく思えてしまった。
だけど、それでも不思議と嫌じゃなかった。
ああ、翔太って――かっこいいんだな。
夕方の教室。ほとんどの生徒が帰ったあとの空気は、日中の喧騒が嘘みたいに静かだった。
廊下の端にある3年B組の扉をノックもせずに開けると、予想通り――翔太が一人、窓際にいた。
「……いた」
思わず声に出た。
翔太はイヤホンを片耳に入れたまま、窓の外を見ていたが、俺に気づくと顔だけこちらを向ける。
「うわ、王様直々にご訪問? 俺、なんか悪いことした?」
皮肉を混ぜたその口調に、俺は思わず苦笑してしまう。
「……ちょっと、話がある」
翔太は眉をひそめたが、何も言わずにイヤホンを外してくれた。
俺は彼の前まで歩き、机に手を置く。
「こないだの放課後、中庭でのこと」
翔太は一瞬きょとんとした顔をして、それから「ああ」と納得したように頷いた。
「見てたのか。さすが、生徒会長、情報早いな」
「……あのとき、庇ってたの、部活の後輩?」
「ま、そんなとこ。正確には元後輩だけど。俺部活やめたし。部活たまには覗いてこうかなって思った時あの場面に遭遇した訳。あいつ具合悪いのに無理して来て、他のやつらが空気読まずにキレてさ」
翔太は軽く肩をすくめて言った。
「俺、あいつが無理してんの知ってたからさ。黙ってられなかっただけ」
「……お前さ、不良じゃなかったの?」
皮肉でも非難でもなく、ただの疑問として口をついた言葉だった。
翔太は少し驚いたように目を見開き、次に苦笑する。
「なにそれ、今さら?」
翔太は苦笑しながらそう言ったけど、その声色はどこか柔らかかった。
その瞬間、ふと脳裏によぎったのは、まだ幼かった頃の記憶だった。
——転んで膝をすりむいた俺が泣いていると、翔太は何も言わずにそばに座ってくれた。
ハンカチなんて持ってないから、自分の袖で泥をぬぐって、「泣くな、ばーか」と笑った。
それでも泣き止まない俺に、ポケットのラムネを無理やり口に押し込んできて。
「お前、甘いの好きだろ」って、憎まれ口叩きながら、ずっと横にいてくれた。
そうだった。
翔太は、昔からずっと、こういうやつだった。
不器用で、言葉にトゲがあって、素直じゃないのに――
なぜか誰よりも、優しくて、真っ直ぐで。
「……昔から、変わらないな。お前って」
俺がそう言うと、翔太は「は?」と眉をしかめた。
「なに? 急にしんみり? 気持ち悪いんだけど」
「……悪かったな。でも、ほんとにそう思ったんだよ。変わんないなって」
翔太は少しだけ視線を逸らして、窓の外に目を向けた。
その頬が、わずかに赤くなっているように見えたのは、夕焼けのせいか、それとも――。
俺の胸が、ゆっくりと熱くなっていく。
この人は、誰にも媚びない。でも、大切なものはちゃんと守る。
そんな翔太を、俺は――
(……昔から好きだったのかもしれない)
無意識のうちに、そう思っていた自分に気がついて、胸の奥が少しだけざわめいた。
翔太は、知らない。
俺の中で、彼の存在がこんなにも大きいことを。
でも今は、まだ伝えなくていい。
そっと心の奥にその気持ちをしまいながら、俺は一歩、翔太の隣に近づいた。
――――――――――
放課後の生徒会室。夕陽が差し込む中、重ねられた書類に目を落としながら、俺はペンを止めた。
静かだ。
いや、静かすぎる。
ふと、椅子の背にもたれながら天井を仰いだ。
書類はすでに整っている。明日の議題もチェック済み。予定は完璧。
でも、それだけだ。
何もミスしていないのに、どうしてこんなに息が詰まるんだろう。
「……俺、いつからこんな風になったっけな」
ポツリと、声が漏れる。誰もいない空間に、虚しく響いた。
毎朝、きっちり髪を整えて、制服の第一ボタンは外さず、
どの先生にも丁寧に挨拶をして、誰に見られても恥ずかしくないように。
全校生徒の前に立つときは、姿勢も言葉も一つ一つ選び抜いた。
それが、“生徒会長・宮舘・涼太”だった。
いや、“宮舘王国の王”だった。
みんなが俺を信じ、尊敬し、頼ってくれる。
間違わない俺でいることで、必要とされてきた。
でも。
翔太を見て思ったんだ。
彼は間違える。時には怖がられてるし、誤解もされてる。
それでも、誰かのためにまっすぐに動ける。
自分の言葉で、人を守っていた。
俺には、あんな風にできない。
いや――やろうとしてこなかった。
間違えたくなかった。
嫌われたくなかった。
「……でも、俺はもう、ちょっと疲れたかもしれない」
ふと、机の上のネームプレートに目がいく。
“生徒会長・宮舘
きっちりと刻まれた文字を、指先でなぞった。
(誰かに見せるためじゃなくて、ただの俺として、立ってみてもいいんじゃないか)
誰にも媚びず、飾らず、それでも人にちゃんと向き合える翔太を見て、
俺も、そうありたいと思った。
きっと、最初は戸惑う。
きっと、失敗もする。
でも、もう――
「無理しないで、いよう」
そう呟いた時、初めて心の奥から息が抜けた気がした。
肩から、何かがふっと下りていく。
空っぽになったわけじゃない。むしろ、今まで隠していた“俺自身”を取り戻していくような感覚。
――そうしてまた歩き出す。
それでも、俺が俺であることには、きっと変わりない。
そう信じてみたくなった。
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