テラーノベル
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「……今日、職場で何かあったんでしょ」
「……っ、な、なにを……」
予期せぬ指摘に、穂乃果の心臓が大きく跳ねる。咄嗟に目を逸らそうとしたが、ナオミの視線は逃がしてくれない。
「誤魔化しても無駄よ。アンタとは短い付き合いだけど、顔に出てるからすぐにわかったわ」
「……っ」
図星だった。昼間、彩美にかけられた残酷なまでの善意。職場の廊下を駆け巡る、直樹が仕組んだ「婚約」という名の呪縛。隠していたはずの現実の澱が、ナオミの透き通るような瞳に見透かされていく。
「……言いたくないなら、無理にとは言わないけど。……アンタ、さっきからストールを握る手に力が入りすぎなのよ」
指摘されて初めて、自分の指先が白くなるほど布地を握りしめていたことに気づく。情けなくて、惨めで、けれど温かくて。
「……もうすぐ、十二月になるから。……色々、ケリをつけなきゃいけないことが、あるんです」
声を震わせながら、穂乃果はぽつりと溢した。
ナオミはそれを聞くと、溜息をつくように夜風を吸い込み、大きな手で穂乃果の頭を乱暴に、けれど慈しむように撫でた。その手のひらの重みが、今はひどく愛おしい。
「例のクズ男の事? アンタ、別れたって言ってたでしょ」
「そうなんです……。でも、向こうは全然納得してなくて。私が無視を続けていたら、職場で勝手に『婚約してる』って言いふらされて……誰も私の言うことなんて信じてくれないんです」
堰を切ったように溢れ出した言葉。ナオミはそれを遮ることなく、ただ夜景を見つめたまま静かに聞いていた。
「はぁ……。本当に、面倒な男に捕まったのね。……急に穂乃果が可愛くなったから、惜しくなったのかしら?」
「えっ、か、かわ……っ。そ、そんな、そんなことはないと思いますっ……!」
不意打ちすぎる言葉に、穂乃果の思考が真っ白にショートする。熱い、と思う。お風呂上がりだからでも、十一月の風が止んだからでもない。ナオミの口から「可愛い」という響きが、あまりにも自然に、重みを持って放たれたから。
「ないことないわよ。今のあんた、前よりずっといい顔してるもの。……ま、アタシが磨いてあげてるんだから当然だけど」
ナオミはそう言って、悪戯っぽく口角を上げた。その表情に、穂乃果は言葉を失って立ち尽くす。
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あや