二人のクリスマス(前編)
自解釈
自分なりに史料探しを頑張りましたが、間違った情報があるかもしれません。
お気をつけください。
手で触れずとも溶けていきそうな薄い雪が、P14エンフィールドをひしと構える肩に降りかかる。
国の化身である私は、我が国の軍人たちと共に西部戦線に来ていた。
深く掘られた塹壕の中で、一様な格好をした彼らの瞳には緊張と疲れが色濃く表れている。
向こうの軍人たちも同じ顔をしているのだろうか。
それを知る由はない。確認しようと顔を見る前に皆、銃弾の的となる。
永遠にも感じる膠着状態が続き、身も心も疲弊し始めた頃。ゆっくりと、軍服姿の人間が向こうの塹壕から現れた。
塹壕内に凍りつくような緊張が走る。
トリガーに指をかけたその時、
その人間が手を振ってこちらを見ていることに気がついた。
一体何のつもりか。表情を見ようとしても、強さを増す雪のせいで分からない。
手を挙げたまま動かない敵国の兵士。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。私の手は小銃を握り続けていた。
その時、隣からカタンと言う音が聞こえた。視線だけを横に移すと、それが銃を置いた音だと分かった。
隣の兵士は敵国の兵士と同じように、ゆっくりと両手をあげた。
感化されたように、次々と兵士が真似をする。
向こうの罠かも知れない。その行為はあまりに危険だ。
そう警告するが、銃を置き塹壕を這い出る彼らは止まらない。
彼らとて、その危うさは百も承知だ。
しかし、経験したことのない戦争で疲れていた彼らは休息を求めていた。
咎めることはできても、止める権限を私は持っていない。
塹壕に残った者たちと共に、
固く握手を交わす彼らを見ていた。
敵国の兵士と談笑する仲間を、恨めしそうに見つめている兵士がいた。
当然だ。彼の親友は数日前に此の戦線で息絶えた。
かわいそうに、私は彼に「クリスマスが終わったら起こしてあげるから、今は寝ていなさい」と伝える。
笑顔で物資を交換している彼らは、明日には睨み合い殺し合う間柄なのだ。
戯れ合う彼らの姿が目に痛くて、俯いているとふと影が差した。顔を上げると、そこには
「……驚いた」
「驚いたのはこちらも同じだ。まさか、こんなところに君がいるとは」
敵国の化身、ドイツ帝国がいた。
彼と私は、英独関係が悪化するまで外交で何度か顔を合わせている。
しかし直接言葉を交わしたことはないため、顔見知り程度の関係だった。
そのため、慎重に相手の出方を伺う。
ドイツ帝国は口を開いた。
「…外で話をしないか」
膝を曲げ目線を合わせようとする彼に心が動かされ、小さく頷いて塹壕を出た。
一瞬にして視界が広がる。狭い塹壕から解放された気分がして、一つ息を吐いた。
先を歩くドイツ帝国について行く。辺りを見渡すと、両軍の兵士たちが戦死者たちを弔っていた。
歩きながら横目でそれを見つめるドイツ帝国の胸中は果たして分からなかった。
しばらく歩くと小さな岩があり、そこに座った彼が私を手招いた。
「どうぞ」
「……ありがとう」
渡されたのは、一本の巻煙草だった。
私が動かないでいると、彼は小さな火を起こし、巻煙草に火をつけた。
視線で促され、私も火をつける。
しばらくの間、会話をするでも無く私たちは無言で巻煙草をふかしていた。
少し向こうでは、兵士たちが不恰好なボールを使って球技を楽しんでいる。
それを見つめる彼の凪いだ瞳に、何故だか胸がざわついた。
一先ず落ち着こうと巻煙草を持ち直すと、ドイツ帝国が口を開く。
「…君が、コレを許すとは思わなかった」
彼の言葉に反射的に返す。
「君の方が、てっきり抑えつけるかと」
私は、自分の言葉に影響力がないことを知られるわけにはいけない、と話を彼に向けた。
「……」
質問を返された彼は目線を兵士たちに向け暫く黙っていたが、やがてぽつり、と呟いた。
「…情けないが、私にそんな力はないんだ」
それは、耳を疑う告白でありながら、どこか悟っていた言葉でもあった。
ドイツ帝国も、私と同じ。化身というだけで実際の権力なんてないに等しい。
「そうか。君は…」
私は国の化身としての責務も、ここが戦場であることも忘れて、無我夢中で彼と話し続けた。自身の存在意義が、彼と話していると湧き上がってくるような気がした。
対立の立場にある兵士たちが笑い合い、国の化身が弱音を人前で吐く。
こんなぬるい戦線は二度と無いだろう。
ひと時の幸せが、この地に広がっていた。
やがて、遠くの地平線にまばゆい光が顔を出した。
走り回る兵士たちの輪郭が薄ぼけて、夢を見ているような感覚に陥る。
私たちは口を閉ざしていた。
懐から取り出した巻煙草をドイツ帝国に手渡す。
二人は、白く染まった果てしない大地の隅で揃って煙を吐いていた。
コメント
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こっっこれはクリスマス休戦ですか!?🫣(違ったらすみません) 本当に素敵なお話すぎて……涙無しには読めません😭 「咎めることはできても」のところ価値観最高すぎて頭を抱えました… 今回も最高のお話をありがとうございました💐