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元貴が「禁断の力」を解放してから三日。彼は一度も目を覚まさず、その体は氷のように冷たくなっていた。
一番の異変は、彼の象徴でもあった
黒い猫耳の先が、まるで色が抜け落ちたように白く透け始めていることだった。
「……これ以上は、僕たちの音楽じゃ抑えきれない」
涼ちゃんが悲痛な面持ちで、元貴の額に濡れたタオルを置く。
若井は自分の右腕の火傷も顧みず、意識のない元貴の手を握りしめていた。
「……どこかに、あいつを治せる奴がいるはずだ。……伝説でもなんでもいい、方法があるならどこへだって行く」
二人が辿り着いたのは、地図に載っていない禁忌の地「忘却の谷」。
そこには、かつて世界から追放された、あらゆる病と呪いを癒やす「伝説の薬師」が住んでいるという。
谷の奥、毒霧が立ち込める森の先に、その薬師の庵はあった。
「……帰れ。死にゆく獣人に用はない」
現れたのは、長い銀髪を持つ、感情の欠落した瞳をした男。彼もまた、かつて人間に裏切られ、この谷に隠れ住むようになった賢者だった。
「頼む! 薬師……! こいつは、俺たちの仲間なんだ。……こいつがいなきゃ、俺たちの音楽は完成しないんだよ!!」
若井が薬師の足元に跪き、頭を地面に擦りつける。プライドの高い若井が、なりふり構わず他人に頭を下げる姿を、涼ちゃんは初めて見た。
薬師は冷ややかに元貴を診て、小さく舌打ちした。
「……『琥珀の核』が燃え尽きかけている。……これは病ではない。
己の命を薪にして、仲間に明日を捧げた結果だ。
……治す方法は一つしかないが、お前たちにその覚悟があるか?」
「ある! 何だってする!」
「……お前たちの『一番大切な音』を、この男に分け与えろ。
……若井、お前は右腕の自由を。
……涼架、お前は音楽を聴くための左耳の聴力を。
……それを代償にすれば、この獣人の核を再び灯す薬を作ってやろう」
残酷な条件だった。音楽家にとって、指の自由と聴力を失うことは、死にも等しい。
涼ちゃんがフルートを握りしめ、震える声で言った。
「……いいよ。それで元貴が助かるなら。……片方の耳が聞こえなくても、僕はあいつの声を、心で聴くから」
「……俺もだ」
若井が迷いなく、火傷した右腕を差し出す。
「この腕が動かなくなっても、足でだってギターを弾いてやる。
……元貴のいない世界で完璧な演奏をするより、あいつが隣で笑ってる不完全な演奏の方が、ずっとマシだ」
薬師は、二人の狂気とも呼べるほどの絆に、わずかに眉を動かした。
「……馬鹿な男たちだ」
儀式が始まった。薬師が二人の「音」を抽出し、琥珀色の液体にして、元貴の唇に注ぎ込む。
その瞬間、元貴の黒い猫耳がピクンと跳ねた。
白く透けかけていた耳の先に、じわじわと元の黒色が戻っていく。
「……ん……。……わか、い……涼、ちゃん……?」
琥珀色の瞳がゆっくりと開く。
元貴が真っ先に見たのは、右腕を力なく垂らし、左耳を押さえながらも、涙を流して笑っている二人の姿だった。
その時、元貴のノートがまばゆい光を放った。
六つ目の音符、『代償』。
「……おかえり、元貴」
「……うん。……ただいま……。
……ねえ、二人とも、どうして泣いてるの……?」
元貴はまだ知らない。自分が目覚めるために、二人が何を差し出したのか。
そして、その「欠けた」三人で演奏する音楽が、これから世界にどんな衝撃を与えることになるのかを。