「アレグ、もう少し優しくしてあげたら?」
ギルドから出て来た第一王女は騎士団長にもう少し騎士たちに優しく接してあげるよう告げるが、騎士団長は真剣な表情のまま返事をする。
「お言葉ですがアイリス様、我々は今任務中なのです。いつどこから殿下を狙う輩が現れるか分かりません。なので我々騎士は常に警戒心を持っていなければいけないのです」
「私がそう簡単にやられるわけないでしょ。私の実力はアレグ、あなたもちゃんと分かっていると思うけど?」
「確かにアイリス様には魔法の才があり、お強いのも承知しておりますが…」
騎士団長はまるで彼女の父親かの如く、彼女にもっと注意するように伝えていた。そんな彼女はいつものが始まったと言わんばかりに彼の言っていることを大半スルーしているような感じであった。
「ところで、そちらの方々はどなた?」
騎士団長の小言がひと段落したところで彼女は騎士たちの近くにいた俺たちへと視線を向けた。アイリスとは出来る限り関りを持たない方が良いのだが、この状況では不可能だろう。
俺は諦めて名乗ることにした。
「私たちは冒険者をしている者です。先ほどギルドへ入ろうとした際に騎士たちに呼び止められて話をしていたところでございます」
俺は頭を下げて簡単に説明を済ませる。
すると騎士団長は騎士たちに向かって問いかける。
「彼らに何かあったのか?」
「いや、その…実は…」
事情を聞かれた騎士の一人が恐る恐る騎士団長へと状況を伝える。騎士たちはまた怒られると身構えていたのだが、話を聞いた騎士団長は怒るそぶりは見せずに興味深そうな様子で俺を見つめる。
「ほう、この者があの噂に名高いSSランク冒険者殿か」
「えっ?!この方が?!」
騎士団長の言葉に予想以上の反応を見せたのは隣にいたアイリスだった。彼女は先ほどまでとは比べ物にならないぐらいに目を輝かせてこちらに近づいてきた。
「まさか実際にあの漆黒の仮面冒険者様に出会えるとは思いもしませんでした…!」
「ちょっ!アイリス様!!!」
彼女は目新しい物でも見るかのように俺の周りを周りながらじっくりと観察してくる。その様子を見た騎士団長は急いで彼女を止めようと必死に宥める。
「そうだ!冒険者様、私と一つ模擬試合をして頂けませんか?」
「えっ…?」
「何を考えているのですか!!」
突然の彼女の発言に騎士団長や俺やルナ、そして周囲の騎士たちが騒めく。騎士団長は冗談はやめてくださいと彼女を説得しようとするが、思いのほかアイリスは本気のようである。
「あのSSランク冒険者の方とこうして出会えたのですよ?一度は実力を試すために手合わせしてみたいものじゃないですか!」
「殿下のお立場を考えてください!万が一のことが起こったらどうなさるおつもりですか!」
「…アレグ、私の行動による責任は全て私が取ります。なのであなたたちは見守っていてください」
もう真剣な表情で騎士団長へと遠回しに口出し無用だと命令する。騎士団長も彼女の言葉の意図を理解したのか、不満そうにではあるが説得するのを諦めたようだ。
一度こうと決めたことは曲げない性格の彼女がもう折れることはない、そのことを騎士団長もよく知っているのだろう。アイリスはそのような人物なのだ。
…とうぜん俺もそのことはよく理解している。
だが俺も二つ返事で試合を受け入れるわけにはいかない。これを受ければどちらに転んでも面倒なことになるのは目に見えているからだ。
「王女殿下、申し訳ありません。殿下に怪我などをさせてしまっては罪人になってしまいかねませんので謹んでお断りしたく…」
「そのようなことは心配無用です!模擬試合の中で起こった事は全て不問としますから!」
まあ、そう言いますよね…
彼女のことを知っているからこそ分かっていた。
もう逃げることは出来ないと。
「ではギルド長にお願いして模擬試合が出来そうな場所を用意してもらいましょうか!」
「あっ、ちょっと殿下!お待ちを!!」
アイリスはそう言って嬉しそうにギルドの中へと入っていった。
騎士団長や護衛の騎士たちも慌てて彼女の後を追う。
「お、オルタナさん…何だか大変なことになりましたね」
「ああ、本当にそうだな…」
俺とルナはまるで嵐にでも襲われたかのような状況に呆然とギルドの入り口前で彼らの後ろ姿を見つめていた。
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「王女殿下の我が儘で大変ご迷惑を…!」
目の前で騎士団長が俺に対して深々と頭を下げていた。
というのも結局あの後、誰も彼女を止めることが出来ないままトントン拍子で俺との模擬試合を実施する運びとなってしまったのだ。
そのあとギルド長がアイリスに言われるがままにギルドの地下にある訓練場を提供したことで確定となり、今こうして俺は模擬試合のために控室にいる。もちろんギルド長が彼女を止められるはずなどないのだから仕方ない。
そうして控室にて開始の時間を待っていると騎士団長が部屋にやってきて謝罪をしてきたという流れだ。彼も本当に苦労しているのだろうと同情する。
「いや、こうなっては仕方がありません。あとは上手くやるしかないでしょう」
「…ありがとうございます。そういえば申し遅れました私、王国騎士団で団長を務めておりますアレグ・バーンズと申します。以後お見知りおきを」
「私はオルタナと申します。知っていると思いますが、SSランクの冒険者です」
俺たちは互いに遅い自己紹介をして軽く握手を交わした。
「SSランク冒険者の方にこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、王女殿下は魔法に関してかなりの腕前をお持ちですのでお気を付けください。SSランクの貴殿に匹敵するとは思いませんが、王国魔法士団の団長にも引けを取らない実力がありますのでどうかよろしくお願いします!」
おそらく彼は俺のことを心配して言っているのではなく、意味合いとしてはアイリスの無事を俺に頼みたいという部分が大きいだろう。
本音としては「絶対、王女には傷一つ付けずに試合を終わらせろ」とでも言いたいのだろうなと思う。だが流石は騎士団長、彼からは一切の心情が分からないほど表情の変化がなかった。
「ええ、善処します」
俺がそう告げると騎士団長は表情一つ変えずに控室から出ていった。彼はかなり真面目な人柄だと噂で聞いたことがあるから今のこの状況はかなり胃が痛いだろうと思う。
それにしてもアイリスの王族とは思えないほどの行動力は今でも健在のようだ。昔から一度こうと決めたことはすぐ行動に移して、誰に何と言われようとも決して曲げることはなかった。
それに向上心も強くて、常に自己研鑽に励む姿はとても尊敬に値する。
そんなアイリスと初めて会ったのは俺…いや僕がまだ貴族の子息として王立学園に通っていた時のことだ。
当時の王立学園では身分による差別は禁止されていたのだが、流石に貴族と平民の間での交流はあまり多くなく、加えて貴族間の地位による壁というのも空気感としてあった。
だがそんな中でまさか王族であるアイリスが子爵の子であった僕に魔法を教えてほしいと頭を下げてきたのだ。何でもその当時、彼女はスランプに陥っていて一向に魔法が上達しない時期だったらしい。
そんな時に校内で一番の成績を誇っていた僕に興味を持ち、いろいろと僕のことを調べているうちにぜひとも教えを乞いたいと思ったのだそうだ。
確かに当時の俺は学園内でトップの成績で良い意味でも悪い意味でも目立っていたのだが、そんな俺に彼女は周りの目を一切気にすることなく話しかけてきた。
もちろん最初は僕も恐れ多いと断ったのだが、その日から何度も何度も彼女に「先輩~!」と呼ばれては常に彼女が側にいるという日が続いた。そしていろいろあって、結果的に僕が根負けする形となって彼女に魔法やその他の勉強を教えることになったのを今でも覚えている。
まあその後、さらにもう一人教えることになったのだけども…
まあそれはさておき、あの頃から何も変わっていないアイリスの姿を見て俺は少し安心していた。それに一目見ただけで分かったが、あの頃からさらにアイリスは魔法の腕に磨きをかけているようだ。
少しの間かもしれないが彼女に魔法を教えていた身としては彼女の成長が嬉しく感じる。だからこそ少しこの試合で彼女の成長っぷりを見てみたいと思っている。
だが少し心配なのは彼女に俺の正体がバレてしまわないかということだ。
俺が彼女のことをよく知るように彼女も俺のことをよく知っている…と思う。もし今でも彼女が俺のことを覚えているのであれば、戦い方の癖や魔力の雰囲気などから気づかれてしまう可能性もないことはない。
だが流石に俺でもそれだけの要素で相手の正体を見抜くのは非常に困難なのであまり心配しなくてもいい気はするが、気をつけて置くに越したことはないだろう。
そうしてついに模擬試合の時間となったので俺はゆっくりと立ち上がり、訓練場の方へと向かう。懐かしさやワクワク、不安や心配など様々な感情が入り乱れた心を静めながら俺は彼女との試合の舞台へと上がっていった。
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