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真っ白な光の中に溶け
意識が指の先からほどけていくような感覚の淵で、私は確かな「鼓動」を感じていた。
それは、私の左胸の奥で刻まれるリズムではない。
肌身離さず身に着けていた
あの古びた「御守り」が、まるで命を宿したかのように激しく、熱く脈打っていたのだ。
(…勝手に死のうとするな、馬鹿野郎……お前を、一人にはさせない)
直接脳裏に響いたのは、いつものぶっきらぼうで、けれど誰よりも愛おしい蒼様の声だった。
その声に弾かれたように目を開けると
そこは広場の中心──
呪術師が放ったどす黒い泥の渦の底だった。
しかし、異様なことに私の体は汚れてなどいなかった。
御守りから溢れ出した不思議な光の膜が私を包み込み、周囲に蠢く不浄の泥を一滴たりとも寄せ付けていなかったのだ。
御守りから溢れ出す輝き。
それは蒼様が持つ凛とした龍の気と
私が心の底から叫んだ「生きたい、彼の隣にいたい」という切実な祈りが混じり合った
見たこともないほど鮮やかで力強い桃色の閃光だった。
その光は瞬く間に膨れ上がり
社を、そして広場を縛り付けていた呪いの結界を、内側から粉々に砕き散らした。
「なっ……何事だ!? 供物の娘が、自ら呪術を跳ね返しただと…!?」
「ありえん、そんな力、どこに……!」
狼狽し、錫杖を振り回す呪術師の叫びなど、今の私の耳には届かなかった。
私は泥の底から這い出し、ただ一人を探して視線を走らせる。
視線の先、ひび割れた大地の上で
自らの誇りである逆鱗を砕き、膝をつきながらもなお
空ろな瞳で私を探して虚空へ手を伸ばし続ける蒼様の姿があった。
「…蒼様……っ!」
私は迷わず駆け出した。
正気を取り戻せない村人たちが
「逃がすな!」「化け物め!」と口々に罵り、地面から拾い上げた石を投げてくる。
鋭い石の角が私の頬を切り、素足の裏からは石屑で血が流れた。
けれど、今の私にはそんな痛みなど、春の風に吹かれた羽毛が触れた程度にしか感じられなかった。
私の心にあるのは、ただ彼の手を握りしめたいという一念だけだった。
もつれる足でどうにか辿り着き、私は倒れ込むようにして蒼様の体に縋り付いた。
ボロボロになり、光を失いかけた彼の深緑色の髪が、私の指先に頼りなく触れる。
「……こ、はる…お前ってやつは……本当に、手のかかる女だ」
蒼様は、力なく、自嘲するように笑った。
宝石のようだった瞳からは龍の輝きが失われ、その命の灯火が消え入りそうになっている。
私は激しく首を横に振り、血の滲んだ彼の大きな手を、私の両手で壊れ物を扱うように包み込んだ。
「……何度言われても、私は逃げませんから…っ、あなたがいない世界で一人で生きるなんて、私にはできません」
「……私は、あなたの隣にいたい。たとえ世界中を敵に回しても、天の神様に背いても、私はあなたの番として…おそばに居たい…っ」
その瞬間、奇跡が起きた。
私たちの指先を固く結び、呪術師の毒でどす黒く汚れかけていた「赤い糸」が
カッと目を開けていられないほどの、神々しい黄金の光を放ったのだ。
糸は二人の指を離れ、まるで意思を持つ黄金の蛇のように空中で激しく絡み合い
二人の周囲に巨大な円を描いた。
それは「生贄」という名の不条理な呪縛を焼き切り
「番」という名の真実の魂の契約を完成させる、神懸かりの光。
「……お前。…本当に、後悔しないのか。人としての生を捨て、龍の呪いに身を浸すことを」
蒼様が、ゆっくりと、力強く上体を起こした。
砕かれ、煤けていた彼の胸元の逆鱗が
私の涙と溢れ出す光を貪るように吸い込み、まばゆい深緑の輝きを取り戻していく。
彼は立ち上がり、私の腰を折れそうなほど強く抱き寄せた。
周囲を取り囲む、松明を手に狂乱する村人たち。
逆上し、形相を変えて錫杖を振り上げる呪術師。
けれど、いつの間にか、降りしきっていた不浄の雨は止んでいた。
厚い雲の切れ間から、冴えざえとした満月が顔を出し、冷たく
けれど二人を祝福するように青白い光を投げかける。
「……後悔なんて、一度だってしたことはありません。蒼様となら、たとえ地獄の底までだって、私は笑ってついていきます」
私は、彼の胸元で熱を放つ御守りをぎゅっと握りしめ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
これが、私たちが自らの意志で選んだ運命だ。
#ハッピーエンド
#婚約破棄
虐げられた少女と、孤独を抱え続けた龍神。
二人の絶望と愛が重なったとき
歴史の闇に葬られた「真の神懸かり」の力が
今、静かに、けれど圧倒的な力で覚醒を迎えようとしていた。
「───ふっ…よく言った、小春。…ならば、その目に焼き付けておけ。お前が選んだ男が、どれほどの力を持つ『神』であるかを」
蒼様が、不敵に、そしてこの上なく誇らしげに笑う。
その背後で、天を突き
星を揺らすほどの巨大な白銀の龍の影が、咆哮と共に立ち昇った。