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#ワンナイトラブ
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ただの偶然?
その可能性が圧倒的に高い
が、
直感が全力で否定する
ふと一瞬香っただけの香水の匂い
香りの元は……
この日のランチ組は私を含め四人
ボス格の神崎さんと
ノリの良い同格の小山田さん
それと大人しめの鈴木さん
断定出来ない
根拠もない
だが
女の直感がビンビンにフラグを立てる
夫は同業他社に勤めている
ランチメンバーに営業部は私以外にいない
他社へ出張へ行く可能性は薄い
ラインに登録されていた浮気相手の名前は
男の名前だった
直接的な接点は誰にもないが
間接的な接点は誰にもあり得る
突如として巡りだす思考
食事も喉を通らず
味覚もなく
味もしない
「……」
「——さん、水川さんってば!」
「……え?」
長髪で隠した補聴器に手を当て
声のする方へ振り返る
「どうしたのボーっとして?」
「もうランチタイム終わるよ」
「まぁ水川さんだし、よくある事でしょ」
「ははは、まあね」
気付くと一緒にいたランチメンバーは既に片付け
私だけをその場に残し
絶えぬお喋りを続けながら
席を離れて行った
気付けば13時前
食べ終わらぬ残飯をそそくさと片付け
私も足早にデスクへと戻った
***
とうに冷め切った夫婦関係
予感していた夫の浮気
動じる事もなかったはずが
気になって仕方がない
気になって仕事が手につかない
早まる鼓動
巡りめく思考
雑念を振り払い
無心で向かうパソコン
「——さん、水川さん!」
「……え?」
長髪で隠した補聴器に手を当て
声のする方へ振り返る
気付くと脇に新CEOが立っていた
自問自答と妄想に溺れ
気付かぬうちに内に籠っていた
「すみません、お仕事の邪魔しちゃって。社員一人づつ直接挨拶して回ってます」
「初めまして……かな?随分と没頭してたけど大丈夫?」
新たに就任したばかりの
今朝初めて目にしたばかりの
新CEOの突然の接触
「あ、はい、すみません大丈夫です。営業補佐の水川と申します、宜しくお願いします」
「……そうですか。なら良いですが何かあったら抱えずに相談して下さいね」
風格のある体格
見透かしたような鋭い目
オーラを纏った圧倒的な存在感に
私は目を見て話せなかった
だが
風貌とは裏腹に
醸し出すその雰囲気は温かく
かける言葉は温もりに満ちていた
「——ではまた。失礼しました」
そう言って新CEOは隣の席へと去って行った
「……」
(初めまして……かな?)
(……って言った?)
ただの偶然?
その可能性が圧倒的に高い
が、
初見で覚えた既視感
それも相成って
その言葉が妙に心につかえた
時の流れに身を任せ
ただ脳死で送っていた日常
リピートするだけの
いつも変わらぬ日常
会社の買収
新体制の到来
新CEOとの邂逅
夫の浮気
不倫相手
変化のない最低な日常が
それが穏やかであったと錯覚する程の
怒涛の変化の濁流
落ち着かない
仕事が手につかない
気が滅入ってしまった私は
片付かない仕事を疎かにしたまま
その日は定時退社した
***
会社を出ても
電車に乗っても
気が晴れず
ボーっとしたまま
(どうせ夕飯作ってもまた夫は食べないだろうな……)
どうあろうと
今まで手を抜く事のなかった結婚生活
何かがその琴線に触れ
保っていた糸が切れてしまった
気になっていた駅前のカフェ
結婚以来
私は初めて寄り道をした
カランカラン♪
入店しカウンターへと向かう
気になっていたメニューを注文し
空いていた席に着く
多少の罪悪感を抱えながら
物思いに耽る
寄り道したとてする事は
物思いに耽るだけ
寄り道をし続け
浮気し続けてきた夫
その不倫相手は同僚の誰かかもしれない
私にも夫への気持ちが残っていたのだろうか
いや
恐らく嫉妬などと崇高な感情ではない
ただ
知らずにはいられなかった
神崎さんは法務部
未婚で自由奔放な性格
プライベートではかなり遊んでいる様だが
夫との接点は見えない
小山田さんは人事部
明るく交友は広そうだが
仕事上での接点はないだろう
ましてや小山田さんは既婚だ
鈴木さんは購買部
内気で大人しく人見知りがち
二人に比べ私に似た立場
他人の夫との浮気は想像できない
俯瞰して考えてみても
誰もが可能性がないとも言えないが
誰もが接点は見えない
夫と浮気する理由もない
雲を掴むような推論
ひとしきり情報をテーブルに並べ
頭を整理し落ち着きを取り戻す
よくよく考えれば
偶然ネットで知り合った線だってあり得る
そもそも
匂いが発端の飛躍した妄想
思い込みが過ぎるのも危険な気がしてきた
(……ん?)
(……そうか!)