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「で、どうだった?」
旅から帰った翌日の朝、健太とツヨシは同時に同じ質問をして顔を見合わせた。
健太はハーバー共和国の冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出した。
「予想通り。ミエと他の女の子達がぶつかっちゃってさ」とツヨシは言った。キムチ以外和食しか食べないミエが、ガイドブックで自前に調べてあった行く先々のレストランを拒否し続け、初日から険悪なムードが漂ってしまったという。初めての町を散々車で走り回ってみんなを待たせた挙句、日本食レストランは見つからず、中国系スーパーマーケットでパック入りのご飯、納豆、インスタント味噌汁、キムチを買い込み、夜更けに安宿の調理場を借りて食べたという。
「それが、初日だけじゃなかったんだよ。毎日続いたんだ」ツヨシはなで肩を落とした。
他の女性陣の反発は相当なものだったが、表面的にはミエの提案を素直に受け入れ、文句一つ言わないものだから、問題はさらに複雑化したという。「ミエへの陰口は全部俺のところへやって来ちゃってね」ツヨシの苦み走った顔つきは、コーヒーの渋味からではなさそうだ「そして彼女達、なんて言って来たと思う? 『ツヨシさんしかどうにかできないのよ。あんた男でしょ』ときた」そうして仲裁を買って出たツヨシがスーパーマーケットに立ち寄り、自炊を続けたものだから、他の女の子達から「頼りない」「役立たず」のレッテルを貼られた。
「挙句の果てには『健太君だったらもっとずばっと言うよ』とか『ツヨシじゃなくて健太君呼べばよかったね』とか、ことあるたびにお前の話が出るんだよ」そんな日々を続けた三週間で、体重は五キロ減ったという。「お前達はどうだったんだ?」 健太は今回の旅についてはあまり触れず、キヨシがマレナ宅に移り住んだことを話した。
「そりゃ意外な組み合わせだなあ……ラテンとの生活、うまくいってんのかな」
「キヨシからの連絡、一本もないんだ」
そのときベルが鳴った。電話機に近い健太が受話器を取ると、噂のキヨシからだった。
「用件を先に言います。あのレンタカー、まだ返ってない可能性があります、レンタカー屋に」
えっ
「いや、その」キヨシはいつもと違って早口だ「僕がいない間に、車はマレナと伯父さんが返してきたっていうんで、完全に信用してました。ところが同じ色のカムリで出かけるところを、最近何度も目撃してるんです」キヨシの声は涙声になった「ごめんなさい。僕が責任を持って返しておくって、あれほど約束したのに」
「本当にあの車だったのか」と健太は言った「その見かけた車は、ワインレッドを渋くしたような、あのカムリだったか?」
「そうでないことを願いますよ、もちろん」とキヨシは言った。
続いてキヨシは、マレナ宅に不信感を持っていることを告げた。マレナの伯父のところに来る人達の目の下のくも、落ち着かない動き、不潔な服装から、麻薬中毒者が集まってきているように思えてならない、というのだった。
「なんでもっと早く連絡してこないんだ」健太の息が荒くなった。
「こっちだって一秒でも早く連絡したかったですよ。でも、」呼吸が乱れる「監視が厳しいんです。今、マレナが部屋を出たタイミングで、やっと連絡できたんです」
電話口の向こうに人の気配を感じた。音声は突然途切れた。ツヨシが怪訝そうな顔で健太を見つめている。
「俺の名前で借りたレンタカーが、まだ使われてる可能性がある」と健太は言った「ツヨシ、今時間あるか」ツヨシはウーンと唸って、テーブルの上にうつ伏せになった。痩せた背中の上には、旅先の疲れが層になって積もっている。健太はミエに電話を入れた。外出中だった。電話帳をめくって片っ端から連絡をかけまくると、ようやくヘラルドがつかまった。