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足将軍
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乃愛ちゃんの必死さが可愛くて、何度も「入って!」って祈りたくなりました(笑)。華が一度断ったのに、あの「咲」の文字に足を止めて部室の扉を叩いたシーン、めちゃくちゃ胸にきました。あの字に込められた温かさが、闇の世界に生きる華の心に触れたんだなって。乃愛の「また会えた!」っていう無意識のときめきも尊い…。最後の黒崎さんの登場で、一気に世界が広がる感じも続きが気になります!
二年生の教室。
「……足りない」
望月乃愛は机に突っ伏しながら、力なく呟いた。
「全然足りないよぉ……」
乃愛は書道部に所属している。
静かな部室で墨を磨り、心を落ち着かせながら文字を書く時間が、忙しい毎日のなかで唯一の癒やしだった。
けれど今、その書道部は廃部の危機に瀕していた。
机の上には、一枚の紙が置かれている。
【部活動継続条件:部員三名以上】
現在、書道部の部員は乃愛ただ一人。
三年生が全員引退した結果、このままでは廃部は確実だった。
「そんなの絶対やだぁ……」
乃愛は半泣きで頭を抱える。
「望月さーん」
後ろから、のんびりした声が聞こえた。
振り返ると、書道部顧問の教師が立っていた。
「部員集め、頑張ってねー。このままだと廃部だから」
「うぅぅ……」
追撃だった。先生は悪気ゼロの笑顔で去っていく。
(どうしよう……)
友達は多い。けれど「書道部に入りたい」という子は少ない。
そんな時、ふと乃愛の脳裏に一人の姿が浮かんだ。
白銀の髪。藍色の瞳。今朝、自分を助けてくれた少女。
「……あ」
乃愛は勢いよく顔を上げた。
「あの子、一年生だ!」
今年の一年生はピンク色のリボン。間違いない。
しかも——
(めちゃくちゃ綺麗だった……)
思い出しただけで胸がざわつく。
空気が、まるで違う。物語から出てきたみたいに。
「……よし!」
乃愛の瞳がきらりと輝いた。
「勧誘しよう!」
もちろん、部員不足を解消するため。
……でも、それだけじゃない。
もう一度、あの子に会いたかった。
放課後。
西日に染まった昇降口で、華は静かに靴を履き替えていた。
(……帰るか)
そう思った時だった。
「ま、待って!」
背後から慌てた声が飛んでくる。
振り返ると、肩で息をする乃愛の姿があった。
「あ……や、やっと追いついた……」
ポニーテールが少し乱れ、頬がうっすら赤い。
華は無言のまま乃愛を見つめた。
藍色の瞳と視線が合った瞬間、乃愛の心臓が大きく跳ねる。
(うぅ……やっぱり綺麗……)
(いや待って。女の子相手に何を考えてるの、私!?)
乃愛は顔を赤らめながらも、勇気を振り絞った。
「え、えっと……! 今朝は助けてくれてありがとうございました!」
ぺこりと頭を下げる。
華は小さく首を横に振った。
「気にしないでください」
静かで、淡々とした声。冷たくは感じない。むしろ、なぜか落ち着く声だった。
乃愛は思い切って本題を切り出した。
「あ、あの……もしよかったら、書道部に入りませんか!?」
「…………書道部?」
「そ、そう! 今、部員が私しかいなくて……このままだと廃部になっちゃうの!」
乃愛は両手を合わせ、お願いするように華を見た。
「入ってくれるだけでいいから!」
「……」
華は少し目を伏せた。
部活などに関わるつもりはなかった。
自分は裏社会の人間だ。誰かと深く関わるべきではない。
「……すみません。忙しいので」
その返答に、乃愛の肩がぴくりと揺れた。
「あ……そ、そっか」
一瞬だけ寂しそうに笑ったが、すぐに無理やり明るい表情を作った。
「ご、ごめんね! 急に変なこと言って!」
「じゃ、じゃあまたね!」
乃愛は小走りで去っていく。
華は何も言わず、その背中を見送った。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
(……なんだ、今の)
敵意でも、殺気でもない。
なのに、妙に気にかかった。
翌日。
華は静かな廊下を歩いていた。
窓から入り込む春風が、白銀の髪を優しく揺らす。
その時、ふと一枚のチラシが目に入った。
【書道部 部員大大大募集中!】
手書き感満載の派手なチラシ。「大大大」の部分は後からフェルトペンで書き足したようだった。
華は興味なさげに視線を逸らしかけ——止まった。
掲示板の中央に、一枚の半紙があった。
『咲』
たった一文字。
特別上手いわけではない。技術だけなら、もっと美しい字はいくらでもある。
けれど、その文字には不思議な温かさがあった。
柔らかくて、真っ直ぐで。見ているだけで、心が静かになる。
「……咲く、か」
華は小さく呟いた。
闇の世界で生きる自分には、遠い言葉だった。
それでも、なぜか目を離せない。
気づけば、華は書道部室の前に立っていた。
(……何をしているんだ、俺は)
自嘲するように目を細めたが、足は動かなかった。
しばらくの沈黙の後、華は静かに扉へ手をかけた。
ガラッ。
「っ!?」
部室の中にいた乃愛が、勢いよく振り返った。
逆光の中、白銀の髪の少女が立っていた。
乃愛の瞳が大きく見開かれる。
華は静かに乃愛を見つめ、そして言った。
「……入部、します」
数秒。
乃愛はぽかんと固まった。
「…………へ?」
理解が追いつく。次の瞬間——
「ええええええっ!? ほ、本当に!?」
部室に叫び声が響き渡った。
華はわずかに眉を寄せる。
「……そんなに驚きますか」
「だ、だって断られたし!? 夢じゃない!?」
乃愛は大混乱だった。
部員が増える!しかも美少女!
いや、それ以上に——
(また会えた……!)
胸が熱くなる。
そんな乃愛を見て、華は小さく視線を逸らした。
……騒がしい。
なのに、不思議と嫌ではなかった。
「よ、よろしくね! 私、望月乃愛!」
乃愛が勢いよく手を差し出す。
華は少しだけその手を見つめたあと、静かに握り返した。
「……朔晦華です」
その瞬間、乃愛の笑顔が、ぱっと花が咲くように明るくなった。
まるで満月みたいだ、と。
華はふと思った。
そして、自分がそんなことを考えたことに、少しだけ驚いていた。
夜。
街外れの廃ビル。
冷たい風が、屋上を吹き抜けていく。
その中央で、一人の男が月を見上げていた。
金髪のセンターパート。
細く閉じられた赤黒い瞳。
耳元では赤いタッセルイヤリングが揺れている。
足元には血だまり。
そして、動かなくなった男の死体。
黒崎蓮(くろさき れん)は、煙草をくわえながら静かに息を吐いた。
紫煙が夜空へ溶けていく。
「……普通に生きられる場所があっても尚」
低い声が、夜に落ちる。
「それでもお前が“殺し”を選ぶなら——」
黒崎はゆっくり目を細めた。
「そいつは、もう“本物”や」
その声音には、どこか愉しげな響きが混じっていた。
雲に隠れたぼやけた月の光に目を細めながら、男はまるで遠く離れた“誰か”を見つめるように、静かに微笑んだ。