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ももは
#TS
きょむに生まれたプリン
二年生の教室。
「……足りない」
望月乃愛は、机に突っ伏しながら力なく呟いた。
「全然足りないよぉ……」
乃愛は書道部に所属している。
静かな部室で墨を磨り、心を落ち着けながら文字を書く時間が好きだった。
忙しい毎日の中で、唯一ほっとできる大切な居場所。
けれど今、その書道部は廃部の危機に陥っていた。
机の上には、一枚の紙が置かれている。
【部活動継続条件:部員三名以上】
現在、書道部の部員は乃愛一人。
三年生が全員引退した結果、このままでは廃部確定だった。
「そんなの絶対やだぁ……」
乃愛は半泣きで頭を抱える。
「望月さーん」
後ろから、のんびりした声が聞こえる。
振り返ると、書道部顧問の教師が立っていた。
「部員集め頑張ってねー。このままだと廃部だから」
「うぅぅ……」
追撃だった。
先生は悪気ゼロの笑顔で去っていく。
(どうしよう……)
友達は多い。
でも、“書道部に入りたい”という子は少ない。
そんな時。
ふと、乃愛の脳裏に一人の姿が浮かんだ。
白銀の髪。
藍色の瞳。
今朝、自分を助けてくれた少女。
「……あ」
乃愛は勢いよく顔を上げた。
「あの子、一年生だ!」
今年の一年はピンク色のリボン。
間違いない。
しかも。
(めちゃくちゃ綺麗だった……)
思い出しただけで胸がざわつく。
空気が違った。
まるで、物語から出てきたみたいに。
「……よし!」
乃愛の瞳がきらりと輝いた。
「勧誘しよう!」
もちろん、部員不足だから。
……でも。
それだけじゃない。
もう一度、あの子に会いたかった。
***
放課後。
西日に染まった昇降口で、華は静かに靴を履き替えていた。
校内の喧騒も、少しずつ落ち着き始めている。
(……帰るか)
そう思った時だった。
「ま、待って!」
背後から、慌てた声が飛んでくる。
華が振り返ると、そこには肩で息をする乃愛の姿があった。
「あ……や、やっと追いついた……」
かなり急いで来たらしい。
ポニーテールが少し乱れ、頬もうっすら赤い。
華は無言のまま乃愛を見つめた。
藍色の瞳と視線が合った瞬間、乃愛の心臓がまた大きく跳ねる。
(うぅ……やっぱり綺麗……)
いや待って。
女の子相手に何考えてるの私!?
脳内で一人慌てながらも、乃愛は勇気を振り絞った。
「え、えっと……! 今朝は助けてくれてありがとうございました!」
ぺこり、と頭を下げる。
華は小さく首を横に振った。
「気にしないでください」
静かな声。
淡々としているのに、不思議と冷たくは感じない。
むしろ落ち着く声だった。
乃愛は思い切って本題へ入る。
「あ、あの……もしよかったら、書道部に入りませんか!?」
「…………書道部?」
「そ、そう! 今、部員が私しかいなくて……このままだと廃部になっちゃうの!」
乃愛は必死だった。
両手を合わせ、お願いするように華を見る。
「入ってくれるだけでいいから!」
「……」
華は少しだけ目を伏せた。
部活。
そんなものに関わるつもりはなかった。
自分は裏社会の人間だ。
誰かと深く関わるべきではない。
「……すみません」
静かな声。
「忙しいので」
その返答に、乃愛の肩がぴくりと揺れた。
「あ……そ、そっか」
一瞬だけ、寂しそうに笑う。
けれどすぐに、無理やり明るい表情を作った。
「ご、ごめんね! 急に変なこと言って!」
「…………」
「じゃ、じゃあまたね!」
乃愛は小走りで去っていく。
華は何も言わず、その背中を見送った。
胸の奥に、小さな違和感が残る。
(……なんだ、今の)
敵意でもない。
殺気でもない。
なのに、妙に気にかかった。
華は小さく息を吐き、その場を後にした。
***
翌日。
華は静かな廊下を歩いていた。
窓から入り込む春風が、白銀の髪を揺らす。
その時。
ふと、一枚のチラシが目に入った。
【書道部 部員大大大募集中!】
手書き感満載の派手なチラシ。
「大大大」の部分は、後でフェルトペンで付け足しているようだった。
文字から熱い想いだけは伝わってくる。
華は興味なさげに視線を逸らしかけ――止まった。
ぴたり———と。
目線の先は、掲示板の中央。
そこには一枚の半紙があった。
『咲』
たった一文字。
特別上手いわけじゃない。
技術だけなら、もっと綺麗な字はいくらでもある。
けれど。
その文字には、不思議な温かさがあった。
柔らかくて。
真っ直ぐで。
見ているだけで、少し心が静かになる。
「……咲く、か」
華は小さく呟く。
闇の世界で生きる自分には、遠い言葉だった。
けれど。
なぜか、その文字から目を離せない。
気づけば。
華は書道部室の前に立っていた。
(……何をしているんだ、俺は)
自嘲するように目を細める。
だが、足は動かなかった。
しばらくの沈黙。
そして。
華は静かに扉へ手をかけた。
ガラッ。
木製の扉が音を立てる。
「っ!?」
部室の中にいた乃愛が、勢いよく振り返った。
「え……」
逆光の中。
白銀の髪の少女が立っていた。
乃愛の瞳が大きく見開かれる。
華は静かに乃愛を見つめる。
そして。
「……入部、します」
数秒。
乃愛はぽかんと固まった。
「…………へ?」
理解が追いつく。
次の瞬間。
「ええええええっ!? ほ、本当に!?」
部室に叫び声が響き渡った。
華はわずかに眉を寄せる。
「……そんなに驚きますか」
「だ、だって断られたし!? 夢じゃない!?」
乃愛は大混乱だった。
というか、普通に嬉しすぎる。
部員が増える!
しかも美少女!
いやそれ以上に――。
(また会えた……!)
胸が熱くなる。
そんな乃愛を見て、華は小さく視線を逸らした。
……騒がしい。
なのに、不思議と嫌ではなかった。
「よ、よろしくね! 私、望月乃愛!」
乃愛が勢いよく手を差し出す。
華は少しだけその手を見つめたあと、静かに握り返した。
「……朔晦華です」
その瞬間。
乃愛の笑顔が、ぱっと花が咲くみたいに明るくなる。
まるで満月みたいだ、と。
華はふと思った。
そして、自分がそんなことを考えたことに、少しだけ驚いていた。
***
夜。
街外れの廃ビル。
冷たい風が、屋上を吹き抜けていく。
その中央で、一人の男が月を見上げていた。
金髪のセンターパート。
細く閉じられた赤黒い瞳。
耳元では、赤いタッセルイヤリングが揺れている。
足元には、血だまり。
そして、動かなくなった男の死体。
黒崎蓮(くろさき れん)は、煙草をくわえながら静かに息を吐いた。
紫煙が夜空へ溶けていく。
「……普通に生きられる場所があっても尚」
低い声が、夜に落ちる。
「それでもお前が“殺し”を選ぶなら――」
黒崎はゆっくり目を細めた。
「そいつは、もう“本物”や」
その声音には、どこか愉しげな響きが混じっていた。
男は雲に隠れぼやけてしまった月の光に目を細める。
まるで、遠く離れた“誰か”を見つめるように。
コメント
3件
乃愛ちゃんの必死さが可愛くて、何度も「入って!」って祈りたくなりました(笑)。華が一度断ったのに、あの「咲」の文字に足を止めて部室の扉を叩いたシーン、めちゃくちゃ胸にきました。あの字に込められた温かさが、闇の世界に生きる華の心に触れたんだなって。乃愛の「また会えた!」っていう無意識のときめきも尊い…。最後の黒崎さんの登場で、一気に世界が広がる感じも続きが気になります!