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壬氏は今日も、暇そうに後宮内をうろついていた。
本当は暇ではない。暇になるために、きっちり仕事を終わらせてきたのだ。
すべては、たった一人の娘のために。
猫猫を見つけると、壬氏は早足でそのもとへ向かった。
従者の高順は、いつものように眉間にしわを寄せている。
猫猫に天女のような笑みを向けると、毛虫を見るような目で見返された。
それでも壬氏は、なぜか少しだけ頬を緩めていた。
「……なんですか」
猫猫は「また暇なのか」と言いたげな顔で、少し不機嫌そうに言う。
「いや、差し入れをと思ってね」
そう言って壬氏が裾から取り出したのは、瓢箪に入った酒だった。
猫猫は大の酒好きなのだ。
さっきまでの不機嫌な顔とは打って変わって、目をきらきらさせて壬氏を見つめている。
その視線の圧に、壬氏は少しだけたじろいでいた。
「今日は、ある国では“禁酒の日”とされていてだな……」
その一言だけで、猫猫のきらきらした目は一気に曇った。
飲めると思っていたのに、こう言われては落ち込むのも無理はない。
「後宮でも取り入れようか、少し悩んでいるんだが……」
顎に手を当て、悩んだ素振りをして横目で猫猫を見る。
「絶対に、取り入れないでください!!」
猫猫は思わず声を張り上げていた。
それほどまでに酒が好きなのだ。
飲みすぎは体に毒だが、少しくらいなら大丈夫。というのが猫猫の持論である。
「ああ、しない、しないぞ」
壬氏は慌てたようにそう言い、瓢箪を猫猫に差し出した。
猫猫はまた、さっき以上に目をきらきらさせた。
瓢箪を受け取ると、
「失礼します」
とだけ言い残し、そそくさと自室へ戻っていった。
「あ、ちょっ……」
壬氏は後ろ姿に声をかけたが、聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのか、猫猫は振り向くことなく去っていった。
壬氏はその背中を見送りながら、少しだけ困ったように、でもどこか嬉しそうに微笑んでいた。