「あの子、女将さんの孫だけど、昔からおてんばな子でね。そっか……結婚するのか。それなら女将さんも安心だな」
祐誠さん、本当は嬉しいんだろうな。
身内が結婚するみたいな気持ちになってるのかも知れない。
「そうですね。お孫さんが結婚するなんて、絶対喜んでおられますよね」
私は、自分の不安な気持ちをそっと胸にしまった。
それから、2人で近くの遊歩道を散歩したり、いろいろ話したりして、夜までゆっくり過ごした。
目が合えば嬉しくて、ただ側にいるだけで心が安らぐ。
この祐誠さんとの大切なひとときは、最高に幸せな時間だと感じた。
部屋での夕食は、目にもあでやかな懐石料理。
どれもこれも美味しくて…
日本でも有名な板長さんの料理らしく、心から幸せな気分になり、お腹も満たされた。
「ベランダに出てみないか」
祐誠さんの誘い。
「はい」
かなり広くて、奥行きのあるベランダ。
出たところに小さなヒノキの露天風呂が沸いていて、湯気が立ち、旅館の風情を漂わせている。
1番奥まで行くと湖とその後ろに悠然とそびえ立つ山々が連なって見えた。
「うわ……日が落ちる前と全然雰囲気が変わりますね」
「ああ。そうだな」
夜の湖……
静かで真っ黒な水面が風で少しなびいて……神秘的で綺麗だ。
でも、少し怖い気がする。
冷たい空気が、私の頬をかすめた。
「この夜の湖と山の景色。子どもの頃はちょっと苦手だった。ジーッと見てたら、何だか闇の中に吸い込まれてしまいそうで。でも、今はずいぶん慣れてしまった。ずっと見ていられる。まあ、それだけ大人になったということか……」
祐誠さんは31歳。
私は……25歳。
確かに、中身が伴ってるかは別としても、私も年齢的には大人だ。
結婚だって、いつしてもおかしくない。
「俺は、残りの人生をありのままの素直な自分で生きていきたい。そう思っている」
祐誠さんは、暗闇の奥の壮大な光景を見つめながら言った。
「ありのまま?」
そして、ゆっくりと体をこちらに向けた。
「ああ。今、自分がこんなにも心穏やかにいられるのは、紛れもなく雫がいるからだ。俺は、君を失いたくない。俺の人生から消したくない。君がいない毎日なんか……いらない」
絵画のような情景、静まり返った夜。
そこに、露天風呂のお湯が流れる音だけが淡々と響く。
「雫……」
すぐ目の前にいる祐誠さん。
真っ直ぐ見つめる誰よりも美しい瞳。
祐誠さんのその憂いを帯びた瞳に吸い込まれそうになる。
夢のようなシチュエーションに胸が高鳴り、鼓動を打つ速さが最高潮に達したその時……
祐誠さんは、言った。
「結婚しよう。俺と一生を共にしてほしい」
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