踏みとどまる、そして後悔
「____おい、マジでいないぞ!」
後ろから突然松倉くんと武智くんの焦った声が聞こえてきた。
驚きよりも先に胸のざわつきがした。
’’いない’’という言葉からして、誰かがいなくなったのかもしれない。
松倉くん達があせっているということは……
___まさか…………!?
私、ララは嫌な予感を感じていると、まどかちゃんが走り出したので、私もワンテンポ遅れてあとに続く。
「どうしたの?」
2人の元に着いたまどかちゃんが問いかける。
すると、武智くんが顔を真っ青にしながら言った。
「いないんだよ!コマツナが!」
「えっ……コマちゃんとナッちゃんが?」
「姿が見えねーから家のまわりさがしたんだけど、どこにもいないんだ。近くにいる人たちに聞いても知らないって・・・・・」
「あいつらどこ行ったんだよ。いつもウロチョロしてるから・・・・・」
「……っ」
自分の感じた予感が的中してしまった。
私は無意識に下を見てしまう。
(本当にそうなんだ……。大丈夫かな……。)
「よし、オレたちも手分けしてさがそう」
ケイが言って、ふたりの肩に手を置く。
松倉くん達の表情は硬いけど……でも、しっかりと頷いた。
ケイの言葉の通り、私たちは小鞠ちゃん達を急いで探し始める。
「私、あっちの周辺をさがしてみる!」
近くにいたレキくんとヒカルくんに声をかけると、2人は「「わかった!」」と言ったように頷いて、走り出した。
私も走りながら早速探し始める。
「小鞠ちゃん、菜摘ちゃん、いるなら返事して!」
シーン……
ここは違うか……。もう少し先に進もう。
そこから、何度も2人の名前を呼びながら探したけど……全く見当たらない。
探しながら不安が少しずつ積もっていく。
(こうなったのって、やっぱり私たちがここにいるから……?それとも神隠し……?わからないよ……!)
今はそんなことを考えてたって無駄だって、2人を探すことに必死にならないといけないってわかってるのに……
2人を見つけることが出来なかった私たちは、不安そうな表情をしている松倉くん達を見て、お互い顔を見合わせていた。
そんな時__
バタバタバタ
廊下から誰かがこちらに向かってくるような足音が聞こえた。
そして、ここに来たのは__
「小鞠と菜摘がいなくなったって本当なの?」
ソフィーさんだった。
慌ただしく駆け込んできた彼女が、私たちに問いかける。
松倉くん達が頷くと、ソフィーさんは私たちの方に視線を変える。
「最後に見たのはだれ?なにか変わったことはなかった?」
変わったことか……特になかった気が……。
そう思っていると、まどかちゃんが「あっ!そういえば」と何かを思い出したように声をあげる。
「ふたりがいなくなったって聞く前に、女の子を見かけました。この村の子だと思うんだけど……」
「女の子?この村には子どもはいないと聞いているけど」
ソフィーさんがまどかちゃんの言葉に訝しげな表情をする。
まどかちゃんはそんなソフィーさんを見ながら言葉を続ける。
「でも、見たんです。昨日の夜も……」
まどかちゃんが赤い着物の女の子の話をし始める。
……この村に子どもがいないっていう、ソフィーさんの言葉が本当ならその子は___
話が終わり、周りがしんとしずまっていると、ソフィーさんの表情が険しくなっていき、呟いた。
「まさか……でも、そんなはずは……」
考え込むように口に手をあて、黙り込んでしまった。
重々しい雰囲気の中、私は考え込んでいた。
さっきのソフィーさんの呟いた言葉で怪しいと思ったからだ。
(そんなはずは……って言ってたよね……ということは、この村に彼女がいた時、なにかがあったって考えて良さそう。それを知ることが出来たら大きな手がかりかもしれない。)
ただでさえ彼女の情報は少ない。
だから、掴めたら彼女に近づけるかもしれない。
そうしたら、もしかしたら……。
心のどこかで希望を抱いていると、兄さんが口を開く。
『ーもしかするとそれは、「座敷わらし」のような存在かもしれない』
「……そうですね。私もそう思いました」
私が兄さんの言葉に対して共感だと伝えると、まどかちゃんは不思議そうな表情で、
「座敷わらし?」と言う。
兄さんはそんな彼女や、みんなに説明し始める。
『精霊や妖怪の一種だよ。おかっぱ頭の子どもの姿をしていて、ここみたいな古い家にあらわれる。「座敷わらしがあらわれたあとはいいことがおきる」とか「その家は裕福になる」という伝承もあるから、家の守り神と言われることもあるんだ。』
’’守り神’’か……。
この言葉を聞いたからか、雰囲気が少しだけ緩んだような気がした。
でも、兄さんが言葉を続けたことで、雰囲気がまた重くなっていく。
『ただ……逆に「いたずら好き」だとか、「災厄のおとずれを知らせる」という話もあるよ』
「災厄のおとずれ……?」
「やめろよエイト。災厄とか、笑えねーよ」
顔が青くなっているまどかちゃんに、思い詰めたような表情で兄さんに言う武智くん。
兄さんは「Sorry」と謝りながら、更に言葉を続ける。
『怖がらせるつもりはなかった。でも、超自然的な存在に対しては、慎重にむきあわないといけないから……」
「妖怪もユーレイも、そんなもん、ぜんぶ存在するわけねーだろ。神かくしだってウソっぱちだ!」
松倉くんが不安の色を瞳に浮かべながらも、強気で言う。
(に、兄さん……不安を煽るような真似しないでくださいよ……!?まぁ、兄さん本人はそのつもりはないんだろうけど……。と、とにかくそれ以上何も言わないでください……!)
内心焦っていると、ソフィーさんがスッと前に。
「落ちついて。ふたりのことは、かならず見つける。リカルドや村の人たちにも声をかけて、さがす範囲を広げるわ。安全のため、キミたちは全員この家に待機していなさい。いいわね?」
私たちにその言葉をのこして、足早に玄関へと向かう彼女。
すると、まどかちゃんがそのあとを追いかける。
「あ、おい、まどか!」とケイが焦ったようにあとについていく。
残った私を含めた科目男女も一緒に行く。
向かっている途中、まどかちゃんだと思われる声がきこえた。その後にソフィーさんの声も聞こえたから、おそらくソフィーさんとなにか話しているのだろう。
玄関前に着くと、ソフィーさんはまどかちゃんを見ながら、話している。
「超自然的な存在は、「境界』と呼ばれる、ふたつの異なるものの境目にあつまりやすいと言われているわ。たとえば川と陸の境目である水辺や橋、家と外をつなぐ縁側、昼から夜にうつりかわる黄昏時……どちらでもないあいまいなものに、不気味な影は身をひそめている」
さっきまでまどかちゃんを見ていたはずの視線が私たちの方に向けられた、その時__
「ーキミたちもまさに、そういう存在そのものじゃないかしら」
私はその言葉に、身体が凍りつくようにかたまってしまう。
まどかちゃんが驚いたようにこちらに振り返ていた。
「そのつもりがなくても、ただ近くにいるだけで災厄をひきよせ、大切な人を危険にさらしてしまう……。やはり『人ならざる者』は、けっして人間と交わるべきではないのよ」
その言葉に、顔色があおくなっていくのを嫌でも感じる。
(……っ、やっぱり、そうなの……?そういう風になっているとしか思えない…。私たちがいるから、こうなってるの……?)
こちらを鋭い目で見ているソフィーさん。
科目男女は互いの顔を見ることも、何かを言うことも出来ずにただ、彼女のことを見ていただけだった。
この時、さっき抱いていた希望が散っていたような感覚がした。
・・・
ソフィーさんが外へ出て少ししたとき、誰かに肩をぽんと触られたような感覚がした。
はっとして、振り返るとそこには心配そうに見つめる兄さんがいた。
私は少しでも彼の心配を和らげようと声をかける。
「兄さん……すみません、考え事をしてただけですよ。」
「顔が真っ青だったよ。……ソフィーさんのこと、怖く感じてる?」
うっ……バレてる……。
さすが兄さん……本当、よくわかってるな……。
「……少しだけ。でも……今は怖がってる場合じゃないし……もう大丈夫です。」
「なら、いいけど……。」
兄さんのおかげで、怖い気持ちも不安も少し落ち着いた気がする。
私たちはケイ達の後をついていくような形で居間へと戻ると、松倉くん達が縁側から出ようとしていた。
キャンプメンバー達はそんなふたりに戸惑っている。
「おい、待て」
ケイが2人に声をかける。
2人は振り返らずに答える。
「待ってろって言われて、すなおにじっとしてられるかよ」
「止めるなよ。おれらはあいつらの兄貴なんだ」
いつになく真剣な声。
そこから2人の本気を感じてしまい、私たちは顔を見合わせる。
少しして、ケイがいった。
「オレたちも行く。グループを組んで、ぜったいにひとりにならないようにするのが条件だ」
マツタケコンビはふりかえって、ケイを見た。
私たちもケイの意見に賛成するように、うなずく。
「………わかった」
こくりとうなずくふたり。
ケイは「よし」と言って、それからまどかちゃんを見た。
「まどかは、ほかの子たちとここにのこれ」
思いがけなかったのか、「えっ?」と声が漏れた。
「でも……!」
「六年生代表として、のこりのメンバーをたのむ」
残ったキャンプメンバーたちの不安そうな顔を見たまどかちゃんは、手を強く握りながらも「わかった」と頷く。
(良かった、これでまどかちゃんが何か被害に遭うことはないな……。)
私は内心安心して、居間から出ようとした、その時……
「ララ、止まって。」
「……え…?」
誰かに言われて、足を止める。
振り返ると、そこに居たのは兄さんだった。
そして、思いもしなかったことを言われた。
「ララ、君もここに残って欲しい。」
「兄さん、なぜです……?まどかちゃんが残るなら、少しでも探すのに人手はいた方がいいと思います。」
不思議で仕方がない。
小鞠ちゃんと菜摘ちゃんを少しでも早く見つけられるかもしれないのに。
人は多い方がいい。
それに、ここにはまどかちゃんが残ってくれる。
なのに、なんで……?
そう思ってると、兄さんは私の心を見透かしているかのように話し始める。
「……ララの言いたいことはよくわかる。オレはララのそういうところが好きだし、ララなら止めたとしてもそうするってわかってる。」
言葉が一旦切れる。
それと同時に、彼は私の手をすくい上げて不安そうに眉を下げながら言った。
「でも……ララまでいなくなるのは違う。ララはたった唯一のオレの妹なんだから。」
「……!!」
その言葉を聞いた時、今までの気持ちが全部飛んでいった。
そんなことを言われたら……そんな表情をされたら、嫌でも言うことを聞くしかない。
「わかりました。……でも、兄さんこそ無事に帰ってきてくださいね…!」
「もちろん。約束するよ」
笑みを作りながら言う兄さん。
彼の手が離れ、触れられていた左手はまだ温もりが残っていた。
「コマちゃんとナッちゃんをお願い。でも、みんなくれぐれも気をつけてね」
「ああ。」
いつの間にか私の隣に来たまどかちゃんが声をかけると、ケイが返事をして離れていった。
私は視線を男子たちの方に向ける。
男子たちの背中をみると、いつもよりかっこよく、たくましく見えた。
__松倉くん達の大切な人達を真剣に想って、覚悟を決めて行動しようとする姿。
そして、それぞれ想いの形は違っても、みんななりに考えて本物の人間になるために行動してる男子たちの姿。
私の中でこのふたつの姿が重なっているような気がした。
「みんな、大丈夫だよ。ひとまずあつまって座ろうか」
まどかちゃんが明るい声でメンバー達に声をかけていた。
少しでもみんなの不安を和らげようとしてるのがわかる。
そして、まどかちゃんが人数を数え出した時……違和感をかんじた。
(まどかちゃん……?そこには誰もいないよ……!?)
私は信じられなかった。
まどかちゃんには何か見えているのだろうか。
でも、私には何も見えない……。
まどかちゃんは私たちが見えていない”何か‘”を唖然とした表情で見ていた。
そして、まどかちゃんの視線が廊下へと向く。
「あっ…..みんな、ちょっとここで待ってて!」
私たちに焦ったような声で言うまどかちゃん。
「え!?ま、待っ……」
私は驚きつつも、あとを追いかけようとした、その時__
『そのつもりがなくても、ただ近くにいるだけで災厄をひきよせ、大切な人を危険にさらしてしまう……。やはり【人ならざる者】は、けっして人間と交わるべきではないのよ』
突然浮かんだソフィーさんの言葉。
その言葉に足が凍りついたように動かせなくなった。
そこから頭の中で嫌でも考え始める。
(私が追いかけてどうする?だって私の、私たちの存在は、まどかちゃんや周りの人たちを不幸にさせてしまう……。私が行って、追いついて…付いて行った時に何かあったら?それでまどかちゃんに被害が出たら、私は……っ!)
怖くて、不安になって……もっと動けなくなる。
まるで、チェーンに縛り付けられているみたいだった。
「2人が見つかったんだって!」
「……!!」
キャンプメンバーの1人の声で意識が戻る。
2人……小鞠ちゃんと菜摘ちゃんのことだよね。
見つかったか……良かった……。
安堵を感じるのと同時に、不安を抱く。
まどかちゃんは……無事なの……?
私は咄嗟にキャンプメンバーの子にまどかちゃんのことを聞き、すぐにその場所へ急いで行く。
(まどかちゃん、お願い、無事でいて……!!)
心の中でただただ祈りながら、走り続ける。
「あ…………」
男子たちや村の人達の姿が見える。
みんなが集まっていた、シダレヤナギの木の下に……小鞠ちゃんと菜摘ちゃんがタマさんに抱きしめられていて。
そして……そのそばには___
「まどかちゃん……!」
「ララちゃん!……って、わっ!?」
私はぎゅっと抱きつく。
まどかちゃんの温もりを感じて、ここにいるんだと実感する。
「良かった……ちゃんとここにいる……無事なんだね……」
泣くつもりはなかったのに、不思議と涙が流れてくる。
まどかちゃんは、そんな私に抱き返してくれた。
私は……最低だ。
“まどかちゃんを守りたい、たとえどんな状況でも。”
まどかちゃんと初めて出会って、関わりを持つうちに心の中でそう誓った。
なのに……私は……彼女を止めることも、そもそも追いかけることもできなかった。
私は後悔を抱いていた。
あの時、”何か”のことをまどかちゃんに聞いて、冷静に止めれられてれば……。
できなかったとしても、彼女を追いかけていれば良かったのに……。
「さあ、お祭りの時間だよ。神様に感謝をおつたえしに行こう。天狗さまでも座敷わらしさまでも、アタシらにとっちゃ同じ……大切な神様だからねぇ」
タマさんがやさしい表情で言う。
私は自然と笑顔になった。
そして、さっきの思いは別の思いへと変わっていく。
……今は、みんなが無事にここにいることを喜ぼう。
自分のことを気にするのは大切だけど、目の前の光景も大切。
“今”としっかり向き合わないとね。
そう思っていると、まどかちゃんが私の方を見つめていた。
私も見つめ返すと、彼女は笑顔になって言った。
「ララちゃん、戻ろう!」
明るい表情をするまどかちゃん。
それと同時に、私の身体から彼女の腕が離れる。
私も抱くのをやめて、みんなの顔を見る。
「……うん。」
私はみんなの何気ない会話を聞きながら、あとに付いていく。
……ソフィーさんと向き合うのは、まだ私には難しいかもしれない。
でも、今は、みんなで過ごすサマーキャンプを心から楽しもう。
~Fin~
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