キャンバスの上にふっと影が落ちて顔を上げると、蓮水さんが立っていた──。
「絵を描いていたのかい?」
「はい…」とだけ小さく声に出して、こくりと頷く。
向けられる優しい眼差しに、胸は再びきゅんと切なく疼いた。
「君の絵、好きだよ」
耳のそば近くで告げられる言葉が、もしも絵ではなく私自身に伝えられたことだったら、どんなにかいいだろうと思う。
私、あなたのことを……。
伝えられないセリフが宙に浮いて、ため息だけがこぼれる。
気持ちの整理をどう付けたらいいのかがわからなくて、何も喋り出せずにいると、
「これからちょっと早めのディナーにでも行かないか?」
柔らかな笑みを浮かべた彼に食事に誘われて、うつむき加減で、また「はい…」とだけ応えた。
今の私には彼の笑顔は眩しすぎて、目を合わせることもできなくて、急いでイーゼルを折りたたんでキャンバスを脇に抱えると、前を歩き出して行く背中を、やや複雑な思いで追いかけた──。