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彼から発せられた言葉に俺は唖然とした。俺が?

意味を懸命に咀嚼して飲み込み言葉を返そうとするものの、引っかかって出てこない。誤解だ。


「きみは手に入らないものに価値を感じているだけだ。そうだろ?」


新しく煙草に火をつける彼に、そんなことない、と俺は言いたかった。だがそれを口に出すのはひどく恥ずかしいことだ。だって、そんなの、愛の告白じゃないか。


「え、僕の勘違い?」とか言って彼は眉を下げたが、俺はそれを無視した。山岡がわずかに動揺しているのを感じ取ったが何も言いたくなかった。懐を探り、煙草を咥える。ライターなくしちゃったな、とぼやいた。


「貸そうか」

「いや……火だけ貰えれば」


指に挟んだ煙草を咥えて、彼に顔を近付けた。


「煙草、ただくっつけただけじゃ酸素足りなくて燃えないです」

「あ、ああ」


山岡も煙草を咥えて息を吸った。オレンジ色の火が燃え移ったのを確認し、顔を離した。思い切り呼吸をする。

直接煙草の火を貰う瞬間、今までで一番顔が近付いた。何度も彼を抱いたけれど、一度もキスをしたことがない。恥ずかしかったから。

しばらく無言が続いた。

突然山岡が言う。


「マルボロって、どういう意味か知ってる?」

「……どっかの将軍の名前でしたっけ」

「うーん、そっちでもいいけど」


違うの? 俺が首をかしげると山岡は口籠った。頬をかいている。


「なんなんですか、はっきりしてくださいよ」

「いや……僕の口から言うのはちょっと恥ずかしいな」

「じゃあなんで話題にしたんすか」

「あとさ、このクールって銘柄にもちゃんと意味があるんだよ」

「へー。山岡さん雑学博士っすね」


あはは、と声を出して彼は笑った。


「これ、あげるよ。僕はまた禁煙するから」

「……はあ」


俺にクールのボックスを押し付け、山岡は軽く手を振って室内に戻った。知らない煙草の匂いが残った。

貰ったボックスを開けてみる。……一本しか残ってないじゃん。

試しに火をつけて吸ってみた。やたら軽くて、しかもまずい。

けれど、ひっくり返りそうだった胸の中をメンソールがすっと冷やしてくれたから、俺は少しだけ落ち着いた。

これはきっと、悪夢を見た翌朝にペットボトルの水を愛おしく思うのと同じだろう。


俺も自分のデスクに戻り、PCを開く。山岡からメールが来ている。それを読むと、例の銘柄の意味が書いてあった。

似合ってる気がする、という言葉の真意を理解し顔がかっと熱くなる。

俺は鼻持ちならないキザ野郎の顔を睨みつけた。彼は笑っている。目を細めて、本当に楽しそうに俺を見ていた。

頑張って、とでも言いたいんだろうか。たった今俺を振ったくせに嫌味なやつだ。

俺はあんたのことが好きだけど、あんたの相手は俺じゃなくて、俺の相手もあんたじゃないって、そう言いたいんだろ。ふん、と鼻を鳴らし、席を外す。

俺はいつどこで誰と出会い、誰を好きになるのか分からない。また来るかもしれないその日のために大きく伸びをしたあと、鏡の前でネクタイを締め直した。


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