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宝探し。

8 - 第8話 思ひつつ。

♥

568

2025年06月20日

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りょさん視点。




元貴に縋り付いて感情を吐き出して、そのまま衝動に任せて泣き続ける。毎日毎晩泣いてるから涙なんてそろそろ枯れてもいい頃なのに、身体中の水分がなくなってもいいくらいに泣いているのに、止まることなく涙はあふれた。


この2週間で若井の態度はかなり軟化した。同居生活の期限がくれば晴れて自由の身になれるからなのか、付き合う前の、共同生活をしていたくらいの関係性には戻れたんじゃないだろうか。仕事の話が多いけれどそうじゃない話もして、僕の話に手厳しいツッコミを入れながらも耳を傾けてくれて、一緒にいることが苦痛ではなさそうな姿を見せてくれるようになった。嬉しいことであるはずなのに、それが僕を孤独にして恐怖を与えているなんて、若井は思いもしないんだろう。一緒にご飯を食べてそれぞれの部屋で眠る。当たり前だけど触れ合うことなんてあり得なくて、寂しいのはもちろん僕だけで、二人の寝室が使用されることなんてなかった。


あとどれだけの間、僕の居場所は若井の隣なんだろう、感情の問題で、どんなことがあったって仕事に支障をきたしてはならなかった。元貴の作り出した音楽を、僕の手で壊すようなことをしてはいけなかった。

元貴だって大変なのに、僕だけがつらいわけじゃないのに、僕のせいで進行を止めてしまった。


「……ごめん、ありがと……」


元貴の肩を押して離れて、涙を袖で拭う。まだ溢れてきそうだったけど唇を噛んで耐える。

30分間の休憩をとってくれたのに、落ち着くどころか感情は乱れたままで、弾けるかどうかさえ危うかった。私情に呑まれて仕事ができないなんて、プロ失格だ。僕を追いかけてきてくれたせいで、元貴の休憩時間も奪ってしまった。情けないな、と鼻をすすって首を振る。


「……じゃ……よ……」


元貴が何かを呟いた気がして顔を上げると、真剣な表情で僕を見つめていた。苦しそうで怒っているような目の色に、しっかりしないとと気を引き締める。元貴にこれ以上迷惑をかけてはならない。


「ごめん元貴、次は決めるから」

「……うん、信じてる」


ふっと表情を和らげた元貴の指で頬を撫でられ、元貴にキスされたことを思い出してしまった。心臓が変な跳ね方をして頬に熱が集まっていくのを感じ、慌てて元貴から顔を背けた。僕の反応にきょとんとしてからやけに色っぽく笑った元貴は、僕をぐいっと抱き寄せた。そして、耳に唇が触れるくらい近づけて、低くて甘い声で囁いた。


「一緒に寝てあげようか?」

「ひゃッ!?」


びっくりして声を上げ、のけぞって元貴から距離をとる。腰を抱かれているせいで大した距離にはならない上に、むしろ元貴と目が合ってしまって赤くなった顔を凝視された。

くすくすと意地悪く笑った元貴がするりと身体を離して、行こうか、と僕に手を差し出した。いつだってこうやって手を伸ばしてくれる元貴がいるから、僕は踏ん張れるんだ。


元貴と一緒にスタジオに戻ると、若井はソファに座ってスマホを触っていた。僕と元貴を見て僅かに眉を寄せたが、何も言わずにスマホに視線を戻した。

記憶をなくした若井がミスをするならまだしも、僕がレコーディングを止めるなんて情けないって思われてるのかな、と、思わず固くなる僕の背中を元貴がそっと撫でてくれた。それだけで少し呼吸が楽になって、ありがとうと微笑む。元貴もやさしく笑って、さ、張り切っていきましょーと席に座った。


レコーディング中に僕が泣くのはよくあることだから、サポメンさんやスタッフさんも心配しつつも内情までは踏み込んではこなかった。これ以上迷惑を掛けられないし若井に失望されたくないし、何より元貴の楽曲にちゃんと音を乗せたいから、お願いしますと頭を下げてキーボードの前に座った。


なんとか無事にレコーディングを乗り越えほっと息を吐くのも束の間、家に着くなり若井が部屋に籠るからご飯要らないと自室に引っ込んでしまった。

無理をしないでほしいけれど、それを言うとうっとうしいかなと口をつぐむ。飲み込んだ言葉が胃のなかに蓄積されて、ご飯を食べる気にもならなかった。

一緒に住んでいるのにがらんと広いリビングのソファに座って、無音なのがこわくてテレビをつけた。興味のあるニュースがやっているわけではないけど何もないと考え込んでしまうから。


でも、リビングにずっといるのも当てつけみたいになったら嫌だなと、お風呂を沸かしてテレビを消した。冷蔵庫から水だけ取り出して僕も自分の部屋に引っ込もうとして止め、2週間使われていない寝室に向かう。若井だってこの部屋が僕ら二人の寝室だったってことは気づいているし、自宅療養で家にいたときには定期的に掃除もしてくれていたのだと思う。時折この部屋を覗いたが空気がこもった感じもしなければ、布団がじっとりと重いこともなかったから。

若井はどんな気持ちでこの部屋の掃除をしてくれていたんだろう? 客間を掃除するくらいの気持ちだろうか。窓を開けて掃除機をかけるだけなら、そんなに気になることはないか。


「……滉斗」


おいで、と両手を広げてくれる姿を、今でも鮮明に思い浮かべることができる。

大人っぽいのに子どもっぽくて、僕のことを甘やかすのに甘えるのもうまくて、そのくせえっちのときはちょっと意地悪で、だけど全身で愛してるって伝えてくれる、僕だけしか知らない滉斗。

感情の波が激しくてへこむことの多い僕の異変にいち早く気づいて、だいじょうぶだよとやさしく抱きしめてくれる愛おしい恋人。


たとえ若井の記憶が戻らなくても彼はMrs.に不可欠な存在で、元貴にとって無二の親友なのだから、きっと僕らの歩みが止まることはない。ただ、僕と若井の関係が終わるだけ。ただのバンドメンバーに戻るだけ。それだけでもありがたいと思うべきなのに、どうしようもなく胸が苦しい。

苦手意識を薄れさせることができたのは良かったし、若井が演奏できるのも良かった。Mrs.と元貴がいれば若井の世界は完結して、僕はその一要素に過ぎなくなる。ゼロにならないだけマシなんだろうけど、いや、もう何がマシなのか分かんなくなってきた。

若井が生きていて、楽しく音楽をやっているのが一番いいんだよな。どれだけ泣いたって叫んだって朝はやってくるし、世界は動き続けるんだから。


今の若井みたいに開き直ってあと2週間を友人として過ごせたらいいのに、貪欲な僕はどうしようもなく滉斗を求めてしまう。次に目を覚ましたとき、甘い声でおはようと笑いかけてくれることを期待してしまう。どれも叶わなくて、義務的に交わされる挨拶に密かに絶望するって分かっているのに。


「……滉斗……会いたいよ……」


一回でいい。あと一回でいいから、甘い声で呼んでくれないだろうか。嫌われる覚悟で若井にお願いしてみようか。目を瞑っていていいから抱き締めさせてくれって、彼女のことを思い浮かべていいから抱いてくれって懇願してみようか。

この共同生活が終わりを迎えるその日、僕との関係が白紙に戻る瞬間がきたら、そう縋ってしまいそうだ。


でもそれは、僕のわがままだ。

Mrs.のためにならない。元貴の邪魔になる。若井に苦痛を負わせることになる。できもしないお願いと、満たされることのない欲望に蓋をして自嘲する。


「……はは……どうしようもないな、俺」


やさしいってみんな言ってくれるけど、僕だって人間だ。人並みにわがままだし傲慢だし欲だってある。

ただ失いたくないだけ。今ある奇跡を、宝物を護りたいだけ。そうすることでしか、自分を保つことができないから。


このままここにいたところで何も変わらないから、そろそろお風呂も沸いただろうと寝室を出る。リビングには部屋に籠ると言っていた若井がいて、出かける装いをしていた。僕が自分の部屋じゃないところが出てきたことに僅かに驚いている。変な印象を与えていないといいと思った僕に、若井は気に掛ける様子なく告げた。


「ちょっと出かけてくる」


その一言を僕に伝えるために待っていてくれたようで、それだけ言うとさっさと玄関に向かって行った。

どこにいくの? とも、誰かに会うの? とも訊けず、扉の閉まる音が遠くで響いた。


あと2週間しかないのに、いよいよこの家で寝ることさえしなくなってしまうのか。朝一番に挨拶を交わすことさえできなくなってしまうのか。今の僕は若井を留めておくだけの理由を持っていない。記憶がないと言っても周囲を欺けるくらいには普通に生活が送れているのだから、一人で出かけたって問題はない。


「……元貴……は、忙しいか」


とうとう独りぼっちになって、たまらなく寂しくなって元貴を思い浮かべるけれど、誰よりも忙しなく働いている彼を呼び出すことなんてできるわけがなかった。

一緒に寝てあげようかと言ってくれたけれど、甘えていいわけがない。茶化されているだけだろうし、元貴みたいに音楽を生み出す過程でどうしようもなくなって僕を呼び出すのとは意味が違うのだ。何かを作り出すこともない、ただの僕の感傷だ。


小さく震えたスマホを見ると、マネージャーから予定変更の連絡だった。明日から暫くダンスレッスンのはずだったけれど、先方の都合でリスケになったらしい。

了解と返事を送り、練習のためにスタジオを借りて欲しいとお願いをすると承諾の旨と衣装合わせのスケジュールが送られてきた。

ありがたいことに忙しくさせてもらっているから、イベントも目白押しだ。どのイベントの衣装か分からなくなりそうで、スケジュールを整理するためにカレンダーアプリを開き、ふと若井が事故に遭う前に、7月8日を空けておいて欲しいと言っていたことを思い出す。


なんで? と訊いても教えてはくれず、絶対空けておいて、と詰め寄られた。僕らのデビュー日だからみんなでお祝いでもするのかなと思っていたけれど、元貴は何も言わなかったからそうではないと思う。


なにをするつもりだったのかを今の若井に訊いたところで答えが返ってくるはずもない。

その日がちょうどこの生活が終わりを迎える日なのは偶然なのか必然なのか分からない。元貴のことだから必然のような気もするし、節目の日だからっていう偶然なような気もする。


せめて滉斗が何をしようとしていたのだけでも知りたいと思うのはわがままだろうか――、わがままっていうか無理だよねと独り言を吐き出して、知る手立てのない予定の中身を考えるのはやめてお風呂に入ることにした。


暫く若井が帰ってくるのをリビングで待っていたが、日付が変わりそうになっても帰ってくる気配はない。

部屋に戻るのも面倒でソファに寝転がって目を閉じると、疲れていたのか意外にもすんなりと眠りの淵に落ちていき、珍しく夢を見た。ここ最近は全然眠ることができなかったから夢を見る間もないほど浅い眠りだったから、夢を見るのは随分と久しぶりな気がした。

眠っているのに夢だと分かったのは、夢に出てきたのが僕が会いたくて仕方がない“滉斗”だったからだ。夢って欲望が現れるっていうけど、それなら毎日でも見てもいいはずなのにね。自分の部屋じゃなくて滉斗と一緒に過ごしたリビングで眠ったからだろうか。


「……会いたいよ」


僕の呟きに滉斗は小さく笑って、会ってるじゃんと言う。そうだけどそうじゃないんだよと苦笑する僕に、おいで、とやさしく両手を広げた。飛びつくように抱きつくと、ぎゅぅと抱き締めてくれた。ふわっと香る滉斗のにおいに涙腺が緩む。


「……あと少しで、解放してあげるからね」


滉斗に頭を撫でられ、夢の中で泣きながら呟く。笑いながら泣く僕を見て、滉斗が不思議そうな顔をしている。あはは、解像度高いなぁ。


「……すき、だいすきだよ、ひろと」


笑った滉斗の輪郭がぼやけでいく。夢だからいつか醒めるって分かってるのに、こんなに苦しいなら夢に見たくなかったかも……うそ、うそだ、夢の中だけでも会いたいよ、俺のことを好きだって言ってくれるきみに会いたい。


ああ、また朝が来る。


絶望に苛まれながら目を開けると、見慣れたリビングの天井が見えた。またひとつ、頭の中でカウントを減らす。

ゆっくりと起き上がるとぱさりと床に何かが落ちた。


「……え……」


それは若井のジャケットだった。慌てて拾い上げて周囲を確認すると、机の上に『先に出るね』という書き置きがあった。いつ帰ってきたのかも知らなければ、出かけて行ったのにも気付かなかった。


「……ひろと……」


ごめんね、と呟いてからジャケットを抱き締める。

夢の中で感じた滉斗のぬくもりを腕に抱いているような気持ちになって、ほんの少しだけしあわせを感じることができた。


だけど同時に、消すことのできない自分の感情を自覚してしまう。滉斗のことが、若井のことがたまらなく好きな自分を見つけてしまう。

どうせなら最後を迎えるその瞬間までやさしくしないで欲しかった。中途半端に僕の感情を生かすくらいなら、いっそのこと好きだと思う気持ちごと殺して欲しかった。


その日を境に、仕事をしているときは一緒にいるけれど、家の中で若井と一緒に過ごすことがなくなっていった。帰ってはくるけれどすぐに出かけていき、明け方近くまで外に出ているらしかった。朝起きてきたら一緒に家を出るけれど、リビングに腰掛けて食卓に囲むことはなくなった。

ちゃんと寝て、ちゃんと食べているのかも分からなかった。だからと言って僕とは違ってミスをするようなことはなかった。ステージに向けてリハをしてもダンスをしても卒なくこなし、ギターの演奏も元貴が満足する音を出せるようになっていた。


だから忙しすぎる元貴に相談なんてできなかった。Mrs.の活動の支障となるわけにはいかなかったから、僕もミスをしないように必死に練習をした。


若井は無事にこなせるようになった今の自分を受け入れて、この生活の終わりが見えてきたから新生活に向けて準備でもしているんだろうか。僕との生活が終わったあとの住む場所や家具でも探しているんだろうか。次の生活を見据えたからこんなにもあからさまな態度を取るようになったのだろうか。そうだとしたら悲しすぎるけれど、こんなふうに分かりやすいのも彼のいいところだ。


あのときかけてくれたジャケットはちゃんと若井に返却した。だけど、若井と過ごしたくてリビングで帰りを待って寝落ちるたび、若井はそのジャケットをかけてくれた。それが悲しいほどに嬉しくて、僕もわざとリビングで寝るようになった。諌められたらすぐにでもやめるつもりだったのに、僕のそんな無駄な足掻きに若井は何も言わなかった。


ただ、リビングで眠ってもあの日のように滉斗の夢を見ることはなかった。それなのに7月7日の今日、また夢を見た。


夢の中で僕と滉斗は笑っていた。隣り合って座って、なんでもないくだらない話をして、しあわせそうに微笑んでいた。最後の挨拶かな、なんて、くだらないことを考えて、僕は最後の告白をした。


「……すき、だいすき、ひろと」

「俺も好きだよ、りょうちゃん」


滉斗のやわらかな笑顔と甘い声を記憶に刻み込みたいのに、だんだんとぼやけてくる。


ほら、夜が明ける。君といられる最後の日だ。


思ひつつ寝ればやひとの見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを(小野小町)



続。

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568

コメント

8

ユーザー

やばい、ほんとに泣きそう... こんな自分が体験している訳でもないのにこんな心が揺さぶられるなんて...

ユーザー

💙さん毎晩何してるんですか?!7月8日…何かあるんでしょうか…魔王さんの事ですし何かはあるんでしょうね…

ユーザー

更新ありがとうございます。 💛ちゃんが切な過ぎて、特に今回泣きながら読んでました💦夢の中でしか会えないのが…🥹 💙君が毎晩何してるのか気になりますが、ジャケットかけてくれる優しさが素敵ですよね。 今回魔王様がほんとカッコよくて、もうこのまま奪っちゃって〜って思って見たり😆 また次のお話楽しみにしています。

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