テラーノベル
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魔王視点で2,500字くらい書いてボツにして、終わりが見えなくなったから新たに書いたら5,000字超えた。短くできない。
ひとつ前の話の時間軸の若様視点。
ひと足先にスタジオへと戻ると、サポメンやスタッフたちの目が一斉に俺に向いた。記憶が戻ったわけではないけど名前は覚えているし、挨拶だって交わせるが流石に少したじろいでしまう。
「よく弾けるようになりましたね、あの短期間で」
スタッフの一人が俺に向けて、大変だっただろうにすごいですね、と素直な賞賛を口にした。確かに死ぬほど大変だった。でも、1日家の中にいて、元貴が作った曲を練習するのはただ楽しかった。現在を生きる俺が苦戦したというフレーズはやっぱりめちゃくちゃ苦労したけど、Mrs.の活動に加えてテレビ収録やラジオなんかに臨む二人に比べれば、時間をかけることができたからやらなければならないと思っていた。それに、ただ“弾けるようになった”だけだ。元貴の紡ぎ出す世界を表現できているとは到底思わなかった。
曖昧に笑う。なんで返すべきか分からなかった。
「藤澤さんともうまくやれているようで安心しました」
ずき、と胸が痛んだ。確かにうまくやれているだろう。周囲が懸念するような、大きな諍いがあるわけじゃない。でもそれは、ただただ涼ちゃんの心を犠牲にした結果に過ぎない。
サポメンもスタッフも、涼ちゃんの様子については訊かなかった。それはどうでもいいからではなくて、涼ちゃんを信じているからに他ならない。どれだけ時間が掛かっても、涼ちゃんなら必ず成功させると分かっているから口にしないのだ。
ここまでの関係性を築くのに、そこまで信用されるようになるために、彼はどれだけ努力したのだろう。俺の態度で胸を痛めながらも表に出さず、毎日を笑顔で過ごすことがどれだけつらかっただろう。
この2週間、自分の都合を優先して過ごしてきた俺には想像もつかないくらい苦しかったに違いない。俺の態度に傷つきながら、俺との思い出に苛まれながら、現実を生きることはつらくて仕方がなかっただろう。
だから今度は、俺が苦しむ番だ。
ありがとうございます、と頭を下げてソファに座ってスマホを開く。最初の頃に情報を収集するためにある程度目を通したけれど、どうせ分からないからとじっくり中身をあらためることをしなかった。
暫く待っていると、元貴と涼ちゃんが手を繋いで戻ってきた。泣き腫らした目をしている涼ちゃんをチラリと見て、罪悪感から目を逸らした。俺のしあわせを願ってくれる彼に、俺はどれほど酷い仕打ちをしたのだろう。
元貴の再開の合図でスタッフたちは自分の仕事に戻り、涼ちゃんは宣言通り一発で決め、レコーディングは無事に終わった。単独の仕事があるという元貴と別れ、マネージャーに家まで送ってもらう。
「部屋に籠るからご飯要らない」
涼ちゃんの言葉を待たず部屋へと入り、ベッドサイドのひきだしを開けて中身を全部ベッドの上にぶちまける。
夜の営みに必要なあれこれは避けて、白いメモ用紙を眺める。『7812』と書かれただけの、謎の紙だ。携帯のパスコードではないし、銀行の暗証番号でもクレジットカードの暗証番号でもない。流石にその辺りは最初に作ったときから変わっていなかった。
どれだけ思い出そうとしても出てこない情報に舌を打ち、今度はクローゼットの扉を開いた。何かあるとしたら自分の部屋で、何かをしまうとしたらもうここしかない。
当然服や鞄が入っているだけのそこに、何かヒントはないかと中に潜り込んで探し始める。ものすごく綺麗好きなわけじゃないけど整頓されている方が気分がいいから、季節ごとに分けられたクリアボックスがあるだけだ。
「……?」
クリアボックスの奥に、小さなお菓子の缶が落ちていた。バレンタインデーに涼ちゃんがくれたチョコレートが入っていた缶だ、と知らないはずの記憶が教えてくれる。
落ちていた、というより、俺のことだから隠していたのだろう。涼ちゃんが勝手に入るとは思わないが、少なくとも中に入って探そうとしなければ見つからない位置にこれを置いたのだろうことは、自分のことだから予想がつく。
手を伸ばしてそれを拾い上げ、ベッドに座って中を開けた。
『……って、憧れるじゃん?』
頭の片隅に愛らしく微笑んだ涼ちゃんの姿が浮かび、やわらかな声が響く。
『ベタすぎない? てか恥ずかし過ぎない?』
『えー、似合うと思うよ、滉斗に。それにベタってことはそれだけみんなの憧れってことじゃない』
頭の中に浮かぶ、俺のものだろう記憶の片鱗は宝物の欠片だ。ズキズキと頭が痛み、あまりの痛さに奥歯を噛み締める。
どれだけ思い返そうとしてもそれ以上は出てこなかった。舌を打って缶に入っていたものとメモ用紙を持ち、ぶちまけたものをひきだしに戻してクローゼットを閉めた。
部屋を出ると涼ちゃんの姿がなくて、自分の部屋に戻ったのだろうかとノックしても返事がない。お風呂が沸いたことを知らせるメロディが聞こえて、お風呂に行ったのだろうかと足を踏み出したら、違う部屋の扉が開いて涼ちゃんが出てきた。
そこは二人で使っていただろう寝室で、掃除をするために入ったことがある。キングサイズと思われる大きなベッドがあるだけの部屋だ。俺が記憶を失ってから涼ちゃんがそこを使っていた形跡はなかった。
どんな気持ちで今そこにいたの? と訊いたら、きっと俺が拒絶したと考えるだろうから、そこには触れずに、
「ちょっと出かけてくる」
と告げて玄関へと急いだ。俺のことをよく知る人物に、助言をもらうために。
「で、ここに来た、と」
床に正座する俺を腕を組んで冷たい目で見下ろす元貴に、はい、と神妙に頷いて見せる。
「はー……あー……もー……ばか!」
語彙力豊富な彼にしては珍しく、子どもじみた罵倒を受ける。帰宅したばかりの元貴は突然やってきた俺を驚きながらも家に招き入れ、俺の話を聞いて呆れたように息を吐いた。
「宝探しをしろって言ったのは俺だけどさぁ、なんでお前はもっと言葉にしないかな!?」
「……思い出したわけじゃないのに変に期待させる方が残酷じゃんか」
「そうかもだけど! 今は何も言われない方がへこむわ!」
純粋に怒られて肩を縮こませる。
言い訳もできずに黙り込むと、元貴が深い溜息を吐いた。眼鏡の奥の瞳が笑っていなくて、それなのに口元だけ笑顔なのが逆に怖かった。
「この2週間、何も探そうとしなかったのになんで今更探す気になったわけ?」
静かな質問に息を呑む。元貴にそう問われても仕方がない。何を今更、と感じるのは当たり前だ。
元貴はソファに腰掛け、隣を指して、座りなよ、と俺を横に座らせた。
「……もし、涼ちゃんへの罪悪感だけなら、探さなくていいよ」
「っ!」
「聞いてたんだろ?」
急に俺がやる気になった理由なんて元貴にはバレていた。
「涼ちゃんに申し訳ないって気持ちだけなら、今すぐ帰って今まで通り過ごせばいい。涼ちゃんは今のとこ終わりにしたくないって思ってるみたいだけど、そこはいいよ、俺がなんとかするから」
「……なんとかって?」
「お前が悪いわけじゃないけど、お前によって傷つけられた分、俺が慰めて甘やかすから問題ないってこと」
ごく当たり前のように言われて、俺がもらうから、という言葉が本気だったことを知る。
「これ以上傷つけないでやってほしいとも思うけどさ、お前の手を離れたら遠慮なく俺の腕の中に堕とすだけだから、罪悪感だねで動くなら、動かなくていい」
俺の目を見る元貴の目は真剣で、涼ちゃんへの慈愛に満ちていた。おそらく元貴は、俺とは違う種類かもしれないが、誰よりも涼ちゃんを愛している。
そんな元貴が本気を出したらきっと涼ちゃんもその身を委ねるだろう。傷ついた涼ちゃんを元貴が全力で甘やかして慰めて愛したら、俺に勝ち目なんてない。
俺を襲ったのは確かに涼ちゃんへの罪悪感だった。俺のことを一途に想ってくれる彼の気持ちを踏み躙ったことへの贖罪の想いだった。
でも、それ以上に、俺の心の奥底に眠った涼ちゃんへの言葉にしようのない感情があふれ出したのだ。我ながら単純で、残酷で、どうしようもない男だ。あんなにも想ってくれる人を、自分の手で傷つけて、自分以外の男に本音を吐き出して慰められているところを見て、初めて向き合うなんて。
涼ちゃんは俺のものだと本能が叫んでいた。俺がずっと認めることができなかった、受け入れることのできなかった感情を、今はすんなりと受け止めることができる。受け止めなければ失ってしまうと、失うのを怖いと魂が怯えていた。
涼ちゃんの笑顔が見たい。いつも笑っているけどそうじゃなくて、俺のスマホのカメラロールに映し出される、甘くて蕩けそうな笑顔が見たい。気を使うように名前を呼ぶのではなくて、愛おしさが込められた声で名前を呼んでほしい。手を繋いで、抱き締めて、一緒に朝まで眠りたい。何かを探すように涼ちゃんがたまに入っている、あのあたたかな寝室のベッドで戯れ合うように触れ合いたい。
「……涼ちゃんに申し訳ないって思ってる」
「なら」
「でも、元貴に涼ちゃんを譲りたくない。渡したくない」
「あ?」
人相悪く凄みを効かせた元貴が俺を睨みつけた。応える気もないのに譲る気もないって? と言いたげな眼差しを、真っ向から受け止める。
「……お前はさ、贅沢なんだよ」
吐き捨てるように元貴が言った。俺もそう思う。俺の浅はかさが俺を傲慢にしていた。だけど、まだ間に合う。間に合わせてみせる。涼ちゃんが俺のことを好きでいてくれるうちは、俺は足掻かなければならない。
「分かってる。分かってるから、手伝ってほしい」
「意味分からんしそれ」
「7812って、なにか思いつく?」
聞けよ、と言って顔を歪めるが、7812? と訊き返してくれる。なんだかんだ元貴はやさしい。やさしくて残酷だから、あと2週間は待ってくれる。
「ベッドサイドのひきだしにこれが入ってて、クローゼットにこれがあった」
俺が家から持ってきたものを見せると、元貴はあぁ、と笑った。そこには辿り着いたのかと言わんばかりの目だ。
知ってたんなら教えろよと言いたいが、俺が悪いから口にはせずに睨みつける。気にした様子なく元貴は前髪を掻き上げた。
「お前が言ったんだよ、俺に。持ってるコネクション全部使ってどうにかしてくれって。だから俺も頑張ったんだよね、他でもない二人のためだし。無駄になるかなって思ってたわ」
「78は7月8日? 12は?」
「それは知らん」
「……使えねぇ……」
「ぶん殴るぞお前」
だって肝心なことが分からないじゃん。
「てかさ、よくスマホ開いたね?」
「は?」
「だって、お前の記憶と今のスマホじゃパスコード違ったんじゃないの? てっきり初期化したと思ってた」
「031822、涼ちゃんが教えてくれた」
元貴がパチパチと瞬いて、思い当たる何かがあったのか感心したように、それが思いつく涼ちゃんもすげーわ、と苦笑した。
「涼ちゃんに教えてたんじゃないの? 俺が」
「それはない。意外と涼ちゃん、そのへんの線引きはしっかりするから。……手当たり次第に入れるなら候補にくらい上がったかもね、俺でも」
元貴はやさしい目をして笑った。
「2022年3月18日、俺たちの始まりの日だよ」
三人体制になって初めての曲をリリースした日だと、元貴が言う。Mrs.を大切に思う俺がその日付をパスコードに設定するだろうと涼ちゃんは察していたのか。俺のことをよく理解しているから、迷うことなくその日を言ったのか。
ああもう、なんなんだよ。
ぽやぽやしててしっかりしてほしいって思うところばっかり思いつくのに、なんでそんなに俺のことを理解してんだよ。なんで俺なんかにそこまで心を砕いてくれるんだよ。
「メールとかになんかないの? ヒントになりそうなこと」
「見てもわからないから放置してた」
「見ろ! 今すぐ!」
元貴に言われて慌ててメールアプリを起動する。この2週間放置し過ぎて未読メールが溜まりまくっていた。
これを確認するのかとすでに読みたくなくなっていたが、思った以上にすぐに成果が上がった。ダイレクトメールにあふれる中に、一件だけ異彩を放つお店からの連絡が入っていた。
『……では7月8日に……よろしいですか?』
ちりっとした痛みが頭に走り、強く目を瞑る。頭を押さえて蹲る俺を心配そうに元貴が若井? と声を掛ける。
『幸せが訪れますように』
ぱちっと目を開けて勢いよく身体を起こす。ぶつかりそうになって元貴が慌ててのけぞった。
「ぅわ!?」
「元貴!」
「な、なに!?」
「涼ちゃんは俺のだから!」
「は?」
思い出したの? と驚いている元貴にニヤッと笑って見せる。
「7月8日、よろしく」
「おま……」
「まだ完全じゃないけど。うん、なんか変な感じ」
今の俺に未来の俺が語りかけてくるような、映像が見えるような、なんとも言えない感覚だ。
涼ちゃんにもすぐ伝えるべきだろうか。いや、まだ早いかな、完全に戻ったときに伝えたい。これも元貴から言わせれば言葉たらずなんだろうけど、中途半端なほうが俺は嫌だ。
「よし、帰るわ」
「自由すぎるだろ」
「さんきゅ、また明日来る」
「はいはい……」
呆れたように、だけど嬉しそうに微笑んだ親友に見送られ、通りに出てタクシーを捕まえる。住所を告げて座席に深く腰掛ける。
スマホを取り出してカメラロールを遡る。いつだって笑顔の俺たちがいて涙が込み上げてきた。なんで忘れたんだよ、なにを忘れてんだよ、なによりも大切な宝物なのに。
支払いを済ませて家に入ると、リビングの明かりがついていて、涼ちゃんがソファに丸まって眠っていた。眠っているのに頬が濡れていて、ズキリと心が痛む。こうやって独りで泣いていたのだろうか。
暑さ対策で冷房がついていて、風邪を引いてはいけないと脱いだジャケットを掛けてシャワーを浴びて自室に戻って眠りについた。
朝早くに目が覚めたから、ちょうどいいとばかりに出かける準備をする。リビングに行くと涼ちゃんはまだ眠っていて、起こすのは可哀想だから書き置きを残して家を出た。
元貴の家に着いてインターホンを連打すると、キレ気味の元貴がふざけんなよと言いながらドアを開けてくれた。
だって完璧に決めたいじゃないか。自分が悪いんだけどあと2週間しかないんだから、使えるものはなんでも使わないと。記憶の欠片を拾い集めながら、準備をしなければならない。
そこから俺はMrs.としての仕事をしながら来る7月8日のために準備を始めた。その過程で関係者に会うたびに記憶は少しずつ回復していって、1週間が経つ頃にはほぼほぼ完全に戻っていた。毎日会っている元貴はそれに気づいていようだけど何も言わなかった。
深夜まで打ち合わせをして家に戻ると高確率で涼ちゃんがリビングで寝落ちていて、俺は毎回自分の服をかけていた。俺の服を握り締めて眠る涼ちゃんの頬を撫でて、あと少しだからね、と呟く。
そして7月7日、全ての準備と根回しを終えて家に帰ると、リビングで寝る涼ちゃんを見つけてしゃがみ込んで顔を眺める。
ここ最近ではなかったのに、今日は頬が濡れていた。俺が頬に触れると涼ちゃんの唇が僅かに震えて、確かな音を出した。
「……すき、だいすき、ひろと」
しっかりとした言葉に、起きているのかと少し離れると、目は固く閉じられたままだった。寝言でも俺に愛を伝えてくれるなんて、本当に可愛くて愛おしいひとだ。
濡れる頬に唇を寄せて、そっと囁く。
「俺も好きだよ、りょうちゃん」
ほら、夜が明ける。俺と君の始まりの日だ。
立ち別れいなばの山の峰に生ふる待つとし聞かば今帰り来む(中納言行平)
続。
もっと感動的にしたかったけど私には無理だった。
幼馴染ってこんな感じかなーかわいいなーって思いながら書きました。
あと前話の小野小町の和歌、百人一首じゃなかったです、有名だけど。
コメント
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若井さんの記憶が戻ってきてる...?やばい、嬉しいです。いよいよ明日ですね...若井さん、藤澤さん、そして大森さん。大森さんやっぱし愛が強くて重いですね...!笑 百人一首、知識が無いからあんまり知らなかったです...! 更新ありがとうございます!
魔王がカッコイイ❤️このケツ思い切り蹴るぐらいが魔王の優しさ溢れてますよね☺️私の癖でね、魔王の真髄を見たくて他の話を読み返してみたんですが、やっぱり魔王が本気を出したらドロドロがスゴいことになるし、そもそもなんで付き合うことを許したんだ笑になるなと思いました(^_^;)別世界線で本気で取り合う2人も見てみたいけど❤️💙もお互い大切過ぎるから難しいなと思ったり🤔
十二分に感動しました!!!記憶が戻って、本当に良かったです🙌💙💛 でも💙、💛ちゃんに言葉足らず過ぎて、まだハラハラはしてます。笑 そして、魔王に慰められて、甘やかされる💛ちゃんもちょっこし見たかったです。笑 そして、25000字からの50000字!!!凄すぎます。 本当にいつも素敵なお話、ありがとうございます✨