それから先輩と俺はいつも通り毎週金曜日に一緒にお昼を過ごす日々に戻った。
ただ、前より自分のことを話してくれるようになった気がするし、たまに一緒に帰ったりするようになって、俺はより先輩のことを好きになっていった。
気づけば季節は秋になり、俺は一緒に帰ろうと誘われて先輩と今、爽やかな秋風に吹かれながら公園のベンチに座っている。
「元貴明日って忙しい?」
「なにも予定ないです···」
「良かったら、うちに遊びに来ない?」
まさかのお誘いが嬉しくておもいきり首を縦に振る。
「行きます!行きたいです!」
「···ピアノをね、元貴に聴いてほしいなって」
「めちゃくちゃ嬉しいです···」
俺のために、弾いてくれる。
それは先輩がまたひとつ何かを乗り越えたってことなんだろう。
「僕も嬉しい···元貴には本当に感謝してる」
少し照れている先輩は抱きしめたいくらい愛おしかった。
次の日、美味しいと聞いたことのあるプリンを手土産に購入して先輩の家にお邪魔した。
「お邪魔します、これお土産です」
「わぁ、いいの?ありがとう、前から思ってたけど元貴ってマメだよねぇ」
先輩は後で一緒に食べようねって冷蔵庫に入れている。マメなんかじゃない、好きな人には尽くすタイプなんです、と心のなかで返事しておく。
「こっち来て。あ、親は仕事で夜まで帰って来ないからゆっくりしていってね」
案内された部屋には立派なピアノがあり、その為だけの部屋、といった感じだった。このピアノで先生に教えて貰っていたんだろう、俺の知らない過去に少しだけ胸がチリ、と痛む。
用意してくれた椅子に座り、先輩が弾いてくれるのを静かに待った。
少し緊張しているようだったけど、弾き始めると先輩は楽しそうに弾いてくれた。そしてその曲は俺も大好きな「ホール·ニュー・ワールド」だった。きっとディズニーが好きだと話したことがある俺のための選曲だろう。
弾き終わるとその頬がふわりと朱色に染まる。
「久しぶりに、誰かに聴いてもらうって緊張するね」
「俺の好きな曲で嬉しかったです。凄く素敵だった、ピアノも、先輩も」
ピアノを弾いている先輩は想像以上に綺麗でその音色と合わせて俺は胸がいっぱいになった。
「ありがとう。誰かに聴いて貰う為に弾くのは本当に久しぶりで···一番最初に元貴に聴いて欲しかった」
それは今の俺にとって世界一嬉しい言葉だった。思わず目の前が涙で滲む。
「本当に先輩のピアノは人を幸せするから···これからもたくさん弾いてください。それに俺にもまた、聴かせてほしい」
「うん···僕も聴いてくれると嬉しい。本当はもっとお返しが出来たら良かったんだけど···」
そっとピアノの蓋を閉めて俺の頭をぽん、と撫でた。そんな風にされると抱きつきたくなってしまって困る。
「じゃあ俺···先輩から貰いたいものがあるんです」
「なぁに、僕があげられるものだったらいいんだけど」
先輩は何を言い出すのか俺の言葉を待って、高いものは買えないけど、なんて笑っている。
「俺は、先輩が欲しい」
頭に乗せられた手をとってそっと握る。その手は少しひやりとしていて気持ちよかった。先輩を見上げると朱色だった頬も耳までさらに赤くなっていた。
「それは···どういう意味?」
「そのままです。俺は、涼ちゃん先輩の全部が欲しい。俺と付き合って、俺を好きになってください」
心臓がバクバクと煩い。この静かな部屋では余計に鳴り響くように聞こえる。
ぎゅぅ。
その時先輩が俺の背中に手を回して抱きしめ、肩におでこを乗せた。
「···もう、好きな場合はどうしたらいい?」
先輩の優しい声が耳元で響いたがその言葉の意味を理解するまでは少し時間がかかった。
反応がない俺に聞こえなかったと思ったのか、更に耳に唇を寄せて先輩は呟いた。
「僕も、元貴のことが好き」
「···本当ですか?」
ようやく返事をしたけどその声はかすれてしまって挙句、恥ずかしいことに少し上擦っていた。
「出逢って一緒に過ごすうちに、元貴のことが気になる存在になってたよ。ピアノを聴かれてたってわかった時に元貴まで失いたくないって思って好きになってるって気づいて···それに、ここまで僕の為にしてくれて、救ってくれて···こんな僕でいいなら元貴にあげる」
えへへ、と可愛く笑った先輩を俺は、立ち上がって思い切り抱きしめた。
一気に身体が熱くなっていてなんなら少し汗をかいてしまっているかもしれない。けど抱きしめたい気持ちを押さえられなかった。
「ふふ、元貴可愛い」
「先輩のほうが可愛いです」
俺のほうが背が低いし、年下だからってそんな事言って···と思い先輩を見上げ少し睨むと、むに、とほっぺたを両手で挟まれる。
「僕を貰ってね?」
そう言うと先輩の顔が近づき、唇が触れた。驚いている俺の顔を見て先輩はふふっ、と笑った。
「貰いますからね!誰にもあげない」
そういって更に抱きしめる俺を抱きしめ返して先輩は笑っている。その余裕のある感じが悔しいけど、恥ずかしいくらい心臓がドキドキしている俺は反撃できずにただ抱きついていることしか出来なかった。
今に後悔するほどドキドキさせてやるからな。
覚えておいてよ、涼ちゃん。
コメント
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♥️💛が可愛い過ぎて、癒されました🥹✨