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《フィオ視点》
「自分を描く、アリなの?」
僕は仰向けに倒れ込んだ。
地面とぶつかった衝撃で氷の砕片が跳ね、視界に散らばる。
「フィオ!」
ノクス様が身を乗り出し、僕の顔を覗き込む。
「何処か痛むところはないか?」
今にも泣きだしそうな顔で、不安に声が震えている。
「……僕は無傷なんだけど」
客観的に見れば、心配されるべきはノクス様の方だろう。
右腕は肘から先が消失したまま。
全身を覆う火傷は治りきっておらず、ところどころ爛れ、赤黒い肉が覗いている。
胸や腹を貫いた傷も、まだ血が滲んでいた。
本人だけが、痛々しい傷を顧みない。
僕は小さく笑う。
「心配かけてごめんね。身体は問題ないよ。ただ、虚無感がすごくて」
「……虚無感?」
「拍子抜けが過ぎる」
僕は仰向けに寝転んだまま、右手を額に当てた。
冷たい。
「……フレデリカが、こんな感じの手をしてた」
あの子はいつも、心配かけまいと気丈に振る舞おうとしてた。でも、彼女の手からは、緊張した人に特有の、血の気配を失った冷たさが感じ取れた。
「……生まれて初めて、人を殺す覚悟を決めたんだけどな」
ノクス様が目を見開く。
「君は今まで、人を殺したことがなかったのか?」
「ノクス様は僕を何だと思ってるの?」
「心臓は躊躇なく刺したろ」
「自分のだからね、勝手が違う」
命を賭けての大博打自体、初めてでないし。
スラム時代、妙齢の女賭博師と過ごしていたころは、まあ酷かった。
彼女に連れられ、貞操を担保にした賭博を毎日のように繰り広げた。当時十一の少女に尊厳を賭けさせた師匠も、それを許した賭場もクズの極みだと思う。変態趣味の金持ちに雇われた歴戦の賭博師との真剣勝負は、なかなかに地獄だった。
ロザリア様とはじめて会ったときの勝負――あれはノーカンか。あの時は、命を賭けるというより捨てる気だったし。
「命を賭けるの、命を捨てるの、命を奪うの……ぜんぶ感触は別なんだね、学んだよ」
「……君が学べば学ぶほど、将来が不安になる」
僕は上体を起こし、グレイヴ卿の消えた跡――何もない空間を見つめる。
「本物のグレイヴ卿は?」
「西の辺境に遠征中だ。職務には忠実な変態だからな。国境の防衛戦には本体が出向いたんだろう」
「やっぱり自画像より本体の方が強いんだ」
「ああ。分身は魔力を生み出せない。顕現の際、本体が与えた魔力が尽きた時点で消失する。手数こそ本家と同じだが、大規模な魔術を使えない」
「……道のりは長いなあ」
グレイヴ卿に囚われ、閉塞した世界をぶち壊す。
それが僕の目標だ。
そのために賢者の石を盗み、魔術師としての力を欲した。
「……でも、全然足りない」
もちろん、今すぐグレイヴ家を潰す気はないし、現実的ではないと思う。
ただ、最低限の格は要る。
例の自画像程度なら、自力で撃退できるだけの力がほしい。
ノクス様が少し強く、僕を抱きしめる。
「足りない力、ノクス様で補おうとは思ってないよ」
「……まだ何も言ってない」
「肌から感じる庇護欲がものすごいんだよ。今日はどうしようもなく頼ったけど、人に守ってもらうの、居心地悪いんだ」
「君は、私の大切な弟子だ」
ノクス様の抱擁は、心地いい。
これだけ密着度で何の色情も感じない。
だからこそ、甘えたくない。
「君が欲しいのは、自分で自分を守る力か」
「うん」
「力と言っても色々だ。例えば権力。今の君はスラム出身の少女にすぎない。グレイヴ卿がどれほど卑劣な扱いをしても、すべては闇に葬られる。これがもし、王族や上位貴族、騎士団所属の魔術師となれば、簡単には手を出せない。個としては世界最強のあの変態にも、社会に身を置く一員として、手を出せない相手はいる」
「えっとつまり、偉くなって身を護る方法もあるって話? わからなくはないけど、でも優先すべきはもっと直接的な力じゃない?」
「いや、戦力も権力も同時に手に入れよう。王国認定の魔術師に足る功績を挙げ、同時に、強力な術式をフィオの肉体に刻む……一挙両得の計画がある」
「……何をするの?」
「王国の騎士にふさわしい、害獣駆除のお仕事さ」
いつの間にか、右手の再生は終わっていたらしい。
ノクス様はまるで内緒話をするかのように、人指し指を立てる。
「竜を狩る」
#溺愛
コメント
5件
柊トワさん、第15話読了しました!フィオの「命を賭けるのと捨てるのと奪うの、全部感触が別なんだ」という気づき、すごく重くて胸に残りました。彼女の内面の冷たさとノクス様のひたむきな庇護欲の対比が美しい回でした。最後の「竜を狩る」で一気に物語が動き出しそうで続きが気になります…!