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風邪ひくし、何書いてんのかわかんなくなるし、長いし……。7,600字くらいある。
りょさん視点です。
夢の中で滉斗をぎゅっと抱き締めて、無理やり笑顔を作った。
出会って12年、デビューして10年、お付き合いをして約4年、一緒に住み始めてもうすぐ2年……感謝してもしきれない。もしかしたらこの先記憶が戻ることがあるかもしれないけど、そんな期待は抱かずにいるね。
やっと解放してあげられる。代わりに僕はいつか戻るかもっていう期待に縛られることになるけれど、それは僕の問題だから、若井は若井のしあわせを追いかけて欲しい。
最低限バンドメンバーとして、Mrs.としては一緒にいてもいいかな? ちゃんとやっていくから。いろんな思い出をすぐには捨てられてないけど、ちゃんと切り替えるから。迷惑かけないように頑張るから。
意識が浮上していく。さぁ、終わりにしよう。随分と長い間、しあわせな夢を見させてもらったじゃないか。夢はいつか醒めるのだ、いずれ夜が明けるように。
「……っ!?」
そんな覚悟と絶望を抱いてゆっくりと目を開き、眼前に広がった光景に夢心地に寝ぼけていた頭が一気に覚醒した。あまりの衝撃に呼吸が止まって、なんなら心臓も瞬間的に止まったんじゃないだろうか。
なんで若井の顔が吐息がかかりそうなくらい至近距離に……え、まだ夢の中だったりする? 若井に似た誰か? と疑いながら凝視するが、どう見てもこれは現実で、どう足掻いても若井本人がソファに顔を乗せてすやすやと眠っていた。
動揺しながらも1ヶ月ぶりの距離感に、驚いたのとは違う理由で心臓が高鳴った。さっき夢の中でバイバイって言ったのに、切り替えるからって誓ったのに、そんな誓いが脆くも崩れそうになる。
この2週間で若井はどんどんギターの腕が上がって、ダンスも勘を取り戻したと言わんばかりにキレを増して、元貴の要求に応じられるようになっていた。記憶の有無なんて関係ないんだろうな、身体が覚えている部分もあるだろうし、元貴と若井は心で繋がっているから。
記憶のない思い出なんて僕らでどうとでもフォローできるし、たとえ忘れていたところで周りも「スケジュールごちゃごちゃになってるね」とやさしく受け入れてくれるだろう。それはきっと現状での最適解で、Mrs.にとっても若井にとっても最善の結末だ。
眠る若井を起こさないように気をつけがながら、そっと、だけどじっくりと見つめる。こんなふうに見つめるチャンスは、もう二度とないかもしれない。今日で最後かもしれないから、どうか許してほしい。
今は見えないけれど切れ長の目はカッコよくて、笑うと可愛らしくて、スッと通った鼻筋は凛々しい。出会った当初はまだ幼くて、年齢どうこうっていうより高校生って肩書きに言いようのない煌めきを覚えたものだ。青春って感じがしたのだろう、幼馴染とバンドを組んで、っていう経緯もそれを助長した。
あれから12年、まさかこんなにカッコよくなって、付き合うことになるなんて当時の僕は思いもしなかっただろうなぁ。
今みたいな付かず離れずの距離感が急激に近づいたのは間違いなく休止期間中の共同生活だった。その期間は僕も若井も精神的にギリギリな自覚があって、だけど元貴が下した決断を間違っていたなんて思わせたくなくて、それでもダンスや筋トレに意味はあるのか、そもそもこれは本当に休止なのかって不安にならない日はなかった。信じていたって、信じているからこそ怖くて仕方がなかった。だからお互いの存在はある種救いだったし、同じ不安を共有する仲間意識もあって、時間が経つにつれて距離は近づいていった。
同じ時間を過ごせば過ごすほど、身体付きがしっかりしたなとか、かわいい笑顔で笑ってくれるようになったなとか、僕の好きなご飯作ってくれるようになったなとか、いろんな変化があって、僕は若井への恋心を自覚した。最初はしんどいときに傍にいてくれた人だからかなって思ったけど、笑顔が見たいとかしあわせであって欲しいっていう感情だけじゃなくて、抱き締めてほしいとかキスしたいっていう情欲を抱いたから、これはそういうことだと理解した。
不安しかなかった日々も過ぎてしまえばあっという間に感じるもので、およそ2年間に渡る休止期間の終わりを元貴が宣言し、フェーズ2に向けて準備に動き出した。慌ただしいけど希望にあふれた日々を送り始めたころ、僕らの共同生活の終わりをスタッフたちから告げられたのだ。元々は休止期間でできることを模索した上での選択だったのだから、当たり前といえば当たり前だ。
その共同生活の最終日、部屋の中も片付けてしまったことだし外食に行こうと言って、近くのファミレスに二人で行った。思い出話をしながらこれから先に待っているだろうワクワクを語り合って、そのときは冬だったのにコンビニでアイスを買って、寒い寒いと言い合いながら食べたのだ。人気の少ない川沿いを歩きながら、一歩先を歩く若井がアイスを食べ終わって振り返り、
『俺、涼ちゃんが好きだよ』
と真剣な表情で言った。今日で最後かぁと寂しくなっていた僕にその言葉は深く刺さり、若井への恋心を抱いていた僕へのご褒美だと感じた。いくら未来のためとはいえ気乗りしない共同生活だっただろうし、僕に向かって「好き」なんて言ってくれると思ってもいなかったから。
『俺も若井のこと好きだよ』
泣きそうになりながらも笑って気持ちを返すと、はぁ、と溜息を吐いた若井が僕との距離をグッと詰めて、突然僕を抱き締めた。
『わ、わかい?』
『恋人になってほしい、って意味で好きなんだけど。分かってる?』
照れたように、拗ねたようにそう言って、僕の目をじっと見つめた。
嬉しくてたまらなかったけど、それ以上に信じられなかった。もしかしてドッキリなのではと失礼なことを考えるくらいには、衝撃だった。だから、僕の口からは素直にその言葉が滑り落ちた。そんな僕に若井は少しだけ苦く笑って、すぐに甘く微笑んだ。
『なんでって……理由なんていくらでもあるけど……たとえばね』
――あぁ、やっぱりだめだ。
好きで好きで、どうしようもない。愛おしくてたまらない。だって僕の中には残ってる。若井の言葉もぬくもりも、全部刻み込まれている。忘れたくても忘れようがないほどに。
無意識に手を伸ばしそうになったとき、若井のまぶたが少しだけ震えた。
「ん……」
どうしたらいいのか分からず慌てて目を閉じた。もぞ、と若井の気配が勢いよく離れたと思ったら、聞きたくない言葉が耳に届いた。
「……ぅ、ゎ……ぶな……ぅわさいあく」
頭から冷水をかけられたように、頭がスーッと冷えていった。そりゃそうだよね、起きてすぐ僕の顔が間近にあったら嫌だよね。でも寝落ちしたのはそっちじゃん?
若井が立ち上がってリビングを離れるのを待ってから、ゆっくりと目を開ける。若井がかけてくれた服を手繰り寄せて顔を埋める。そんなにも嫌なんだったら、こんなやさしさ見せないでほしかった。容赦無く切り捨てて、二度と期待なんて抱けないようにしてほしかった。
しばらくそのままでいると、自分の部屋から出てきた若井がバスルームに直行した。帰ってきてそのまま寝落ちしてしまったのだろう。その隙に出てしまおうと、手早く準備を済ませて家を出た。
今日は珍しくそれぞれの仕事で、夜に合流するまでは元貴とも若井とも会うスケジュールではなかった。僕と若井の関係が終わりを迎える日ではあるものの、デビューしてちょうど10年、記念すべき日の最後は三人でいられそうでよかったなと思っていると、僕たちのメイクを担当してくれるメイクさんとヘアメイクさんに呼び止められた。
手には小道具かなにかなのか、一輪ずつのお花を持っていた。
「10周年、おめでとうございます」
「これ、どうぞ」
「え! ありがとうございます!」
ピンク色の薔薇と、カスミソウを一輪ずつ受け取る。
「可愛くて綺麗な藤澤さんに最大級の敬意を」
「藤澤さんの美意識の高さに応えられるよう、これからも努力を惜しみません」
なになに嬉しいこと言ってくれちゃって……泣きそうになるじゃない。
「あ、いたいた。これからもよろしく、一生懸命な涼ちゃんに、いつも助けられてるよ」
「どれだけしんどくても絶対にものにしてくれる涼ちゃんを、俺たちは信じてるからね」
ありがとうと受け取っていると、サポメンの二人がやってきて、青い小さな花とオレンジ色の花を渡される。
嬉しいんだけど、それ以上に困惑してしまう。急になんだと言うのだろう。
「え、急にみんなどうしたの……?」
不安そうに訊くと、四人は顔を見合わせてにっこりと笑った。答えを言う気はないようで、何も教えてはくれなかった。このあと着替えなので5分後に衣装室に来てくださいねと言い残して去っていってしまった。ポツンと廊下に取り残されて、受け取った四輪の花を見つめる。
何が何だか分からないが、みんなの気持ちは純粋に嬉しかった。みんなの協力があっての僕らだから、今度はこっちからお礼しないとな。
「あ、藤澤さん!」
「風磨くん? 亮平くんも!」
小走りで駆け寄ってきたのは菊池くんと亮平くんだ。
「10周年おめでとう!」
そう言って揃って花を差し出した。イケメンアイドルってお花が似合うなぁ……ってそうじゃない。
「さっきからなんなの……? こわいんだけど!」
ありがとうと受け取りつつも、事務所の人間じゃない人にまで言われると困惑が勝ってくる。もちろん嬉しいけれど、示し合わせたように今日という日に花を一輪ずつ差し出されれば、流石の僕も誰かの企画なんだってことくらいは分かる。こんな話は元貴たちからも事務所からも聞いていない。
でも、菊池くんも亮平くんも何も教えてはくれなかった。
「賞とかとりすぎだとは思うけど、これからもその栄光がつづきますように。5曲くらいちょうだいって元貴くんに言っておいてください」
「風磨、余計なこと言わない。……涼架くんの未来が、幸福に満ちていますように」
風磨くんからは桔梗の花を、亮平くんからは白い華やかなお花を受け取る。ありがとうとなんとか返すと、俺ら次移動なんですみません、またご飯行こうね、と来たときと同じく駆け足で去っていった。
どうしたものかと増えていくお花を見つめる。お花だけでも十分嬉しいのに、かけてくれる言葉はどれも素敵で、企画してくれた人にお礼を言いたいなぁと衣装部屋に向かった。
「はー、相変わらずきれいだね、藤澤氏」
着替えを済ませてエレベーターに乗ると、中には二宮さんが乗っていた。わ、嵐だ、と思いながらお疲れ様ですと挨拶をする。サラッと僕のことを褒めて片手をあげてフランクに接してくれる二宮さんは元貴と仲が良くて、その流れで僕らにもよくしてくれている。
「はいこれ」
「に、二宮さんまで……ありがとうございます」
「音楽に対するきみらの熱い想いはよく知ってる。今後もその活動が実りあるものであるように応援してるよ」
小さなピンク色の可愛らしいお花がたくさんついた一輪を受け取り、先ほどもらった花たちを入れた紙袋の中に丁寧にしまいこむ。チラ、とその袋を覗いた二宮さんが、今何本? と訊いた。
「二宮さんからいただいて8本です」
「そっか、じゃぁあと少しだね」
「……何か知ってるんですか?」
じっと見つめると、そんなこわい顔しないでよドッキリとかじゃないから、と笑い、だけど結局はなにも詳細は語らずに、きみらのしあわせを願ってるよと僕の肩を叩いて、地下に下りる僕とは違う階で降りて行った。最初から花を僕にくれるつもりだったのなら、たまたま乗り合わせたということはないだろう。まさかずっとエレベーターで待機を……? いや、そんな暇人じゃないよね……。
駐車場で事務所の車に乗り込むなり、マネさんが振り向いて白い華やかな花をくれた。そうだろうね、あと少しって二宮さんも言ってたし、ちょっと予想はついていた。何が企画されているのかはわからないけど、たとえそうだとしてもお世話になっている人にもらうのは嬉しいに決まっている。亮平くんとは違う種類のちょっと小ぶりのお花だった。
「いつも私たちのことを気にかけてくださって、本当にありがとうございます。大変なことも多いですが、毎日一緒に仕事ができて本当に嬉しいです」
「そんな、こっちこそありがとうだよ!」
どれだけマネさんたちに助けられていることか。元貴や僕らが忙しいということは、マネさんたちも休みじゃないということだ。複数人いてくれるけど、みんながみんな有り得ない量の仕事を抱えている。その中でも僕らの気持ちや理念を一番に考えてくれているのだ。目を合わせて笑い合うと、マネさんが照れ隠しかパッと前を向いた。
「では、動きますね」
「はぁい。あ、どこ向かうの?」
「着いてからのお楽しみです」
疲れているなら眠ってもいいですよ、という言葉に甘えて、そっと目を閉じる。
朝から心が疲弊するできごとがあって、今日という日が終わりに向かうにつれて、またダメージを受けるだろうから、みんなのやさしさが心にじんわりと沁み込ませていく。失うものは大きいけれど、僕はまた立ち上がらなければならない。こんなにも僕を、僕たちを想ってくれる人たちがいるのだから。
「着きましたよー」
「……え?」
声をかけられて目を開け、見知ったテーマパークの入り口に呆然としながら、ここ? と再確認をする。僕が動けないでいると、外にいたチーフマネージャーが車のドアを開けてくれて、それと同時にさっきマネさんからもらったものと色違いの花を差し出された。
「いつだって皆さんは私たちの希望です。あなた方と叶えたい夢は、まだまだ数えきれません」
紫色の花を受け取って、ぽかんとしながら車を降りる。降りた先には社長が待っていて、青い小さな花を受け取る。
「真実を語り合える関係でありなさい」
どういうこと? 元貴の映画の話?
もはや言葉が何も浮かんではこなくて、どうしたらいいんだろうと狼狽すると、奥の方からスーツに身を包んだ元貴がやってきた。うっわ、きめっきめじゃん、なんかの映画かと想った。
「華やかになったじゃん」
「も、もとき、ねぇ、これ、どういうこと?」
「行こう、涼ちゃん」
僕が持っていた紙袋を右手で持った元貴が、僕の右側に並んで腕を組んで歩き出す。
コラボレーションが決まったときもここに来たし、メンバーで来たこともあるし、バラエティ番組で来たこともあるが、そのときと違ってどう見ても僕たち以外のお客さんがいない。閉園時間を超えているからっていうのもあるだろうけれど、なんだか様子がおかしい。
「ねぇ元貴、お願いだから説明してよ、なんなの?」
きれいにライトアップされている園内は音楽もなく静かで、幻想的で、正しく夢の世界みたいだった。その中でやわらかく微笑む元貴はお世辞抜きでカッコいい。
「涼ちゃん、若井のこと、好き?」
「……ッ、そんな話じゃなくて!」
「答えて」
立ち止まって僕をまっすぐに見る元貴の強い語調と泣きそうな表情に驚く。どうして元貴がそんな顔をするの? 答えるまで動く気がないらしい元貴の腕をギュッと掴む。
そんなの訊かなくたってわかるでしょ? なのになんでわざわざ訊くの? 元貴が終わらせてくれるの?
「……好きだよ、どうしようもないくらい。今日を迎えるのが怖くて仕方がないくらい、滉斗が恋しいよ」
感情に引きずられて泣きそうになるのをグッと堪えて笑顔を作る。
「……そっか」
元貴がふわっと笑って、ジャケットの内側から少し潰れちゃったかな、と言いながら紫色の花を取り出した。
「赤い薔薇にしたかったんだけど、それはダメってうるさくてさぁ」
「……ねぇ、これ、なんなの? 10周年のお祝いじゃないの?」
だってみんな、そうやって言祝いでくれた。これからもよろしくって言ってくれた。
元貴は相変わらずカッコよく笑って、僕の手を包み込むように握って、花を持たせた。
「それもあるよ。それもあるけど、俺はちょっと違う」
空いている手で俺を抱き寄せて、元貴は耳元で囁いた。
「涼ちゃん、俺はあなたに永遠を誓うよ。永遠に傍にいるし、永遠に愛してるし、永遠にMrs.を続けていく。死んでも続けるから、あっちに行っても付き合ってよね」
綺麗にセットされてるから撫でられんない、とむくれ、このメイク、めちゃくちゃ似合ってる、と微笑んだ。
10年の記念日に、こんなしあわせなことがあっていいのだろうか。元貴はずっと一緒にいてくれる。僕を、僕でいさせてくれる。
全てを失うだろう今日、確かに残るものを与えてくれた。
泣いちゃダメだよメイク崩れるから、と元貴は言って、僕のおでこに触れるだけのキスをした。
「……いこ」
照れ笑いを浮かべた元貴にエスコートされるように手を引かれ、お城を正面に控える道をゆっくりと歩いていく。お花たちは再び元貴が持ってくれている。
覚えてる? ここでみんなで写真撮ったよね。
うん、若井が無理して絶叫乗って、あそこで休憩したよね。
ターキー食べたくない?
グリーンまん食べたい。あとピザもすっごいかわいいよね。
元貴と戯れ合いながら歩いていくと、お城が見える開けた広場に出た。
そこに佇む、ひとりの人物を見て息を呑む。元貴を見るとやさしく目を細めていた。
「さ、涼ちゃん。ここからまた、はじめよう?」
「え……?」
「今日は終わりじゃない、始まりの日だよ」
僕から離れた元貴が若井のところまで歩いていき、紙袋を差し出した。
「ほれ、11本」
「さんきゅ。……ねぇ、統一感なさすぎない? 好きな花でいいって言ったけどさぁ」
「いいじゃん、俺たちらしくて。世界にひとつだけのブーケだよ」
そう笑って言って、花をひとつずつ取り出して若井に渡していった。たしかにねと頷いた若井は、一輪ずつ透明のフラワースリーブを剥がしていく。
「涼ちゃん、おいで」
元貴が僕を振り返り、腕を広げた。
何が起きているのか分からない僕は、固まったように動けない。こんなところで若井に振られるって、どんな罰ゲームより、どんなドッキリよりひどいじゃない。
動けない僕に苦笑した元貴が若井をちらっと見て頷いて、僕の方に戻ってきた。
「言ったでしょ」
「な、に……?」
「始まりの日だって」
僕の腕を引っ張るように歩き始める。よろける僕を支えながら、元貴は僕を若井の前まで連れていった。
若井が真剣な眼差しで僕らを見ている。
「宝探しは、終わったんだよ」
そう告げて僕を若井の前に置き去りにして、少し離れた位置まで歩いていってしまった。
僕がみんなからもらった花を束にした若井は、そこに青い薔薇を付け足し、黄色のリボンで括った。そして僕に向かってやわらかく笑いかけた。
その笑顔があまりにやさしくて、僕の心臓が軋むように痛む。
「……なん、なの?」
「なにが?」
「なんで、こんな……」
最後にいい思い出でもくれてやるってこと? 最悪の思い出にしかならないよ、こんなの。
若井は小さく吹き出して、疑心暗鬼に陥る僕に花束を差し出した。
「涼ちゃんが言ったんじゃん」
「え?」
「シンデレラ城の前でプロポーズされるって、憧れるって」
目を見開く。
確かに、そんな話をした記憶がある。でもそれは、付き合い始めたあとの話で、もっといえば数ヶ月前の話だ。若井が知っているはずが……え?
固まった僕の前に跪いた若井が、ポケットから小さな箱を取り出した。その箱を両手で開け、僕に向けた。映画のワンシーンのような光景に、理解が追いついてきた頭が告げるしあわせな誤算に涙があふれてきた。
「たくさん傷つけて、たくさん待たせてごめん。これから先、絶対に泣かせないし、絶対に涼ちゃんの手を離さないし、涼ちゃんだけを愛し続けるって誓う」
静かに語る若井の顔がぼろぼろと流れる涙のせいで滲む。言葉なんて出てこなくて、嗚咽が漏れそうになるのをどうにか噛み締めて耐える。
「藤澤涼架さん、僕と結婚してください」
ねぇ、だって、今朝、最悪だって言ったじゃない。昨日までろくに帰ってもこなくて、記憶が戻ったなんて一言も言わなかったよね? なんで、ねぇ、どうして。
「返事はイエスしか受け付けてないんだけど?」
ただただ泣き続ける僕に、若井が困ったように笑った。静かに立ち上がり、僕の腰を抱いて涙で濡れる頬に唇を寄せた。
あぁ、滉斗だ。僕が泣くといつもこうやって抱きしめて、頬にキスをくれる。
「……つぎ、忘れ、たら……ッ」
「うん」
「ぜったい、ゆるさない、から」
うん、と若井は頷いて、はめていい? と訊いた。小さく頷くと、箱から指輪を取り出して、僕の左手の薬指にそっと通した。寸分の狂いなく指の根元まで指輪を滑らせると、そのまま僕の手を自分の口元まで持っていく。
「しあわせにするから、しあわせにしてね、涼架」
「……しあわせになるから、しあわせになって、滉斗」
僕は変わらず泣き続けながら笑って、滉斗も目を潤ませながら笑った。
『愛してる』
きっと今、僕は世界中の誰よりもしあわせ者だ。
恋ひ恋ひて逢へる時だに愛しき言尽くしてよ長くと思はば(大友坂上郎女)
続。
次回最終話予定だったんですけど、この後の若様とりょさんのいちゃらぶ書きたくなって、1話増えました。
私、人生でほぼディズニー行ったことなくて全然分かんないので、ふわっとお読みください。
もっと書きようがあったと思うのに、力不足を実感しました。
コメント
22件
若様の記憶戻って良かった゛泣 スタッフさん達や皆がお花を渡した時から何かあるなとは思いましたが…まさか結婚式だったとは…若様が「赤い薔薇はダメ」って言ったのは花言葉もあるんでしょうか…(赤い薔薇の花言葉は愛情などでプロポーズなどで人気) この時魔王さんはどんな気持ちだったんだろう…2人の幸せの為なら自分を犠牲にする魔王さんにも幸せになってほしい所です…
た、足りない!!イイネのハート一個じゃ足りない!!100回くらい押したい!!素敵なお話ありがとうございます!!心が浄化されていきます(昇天)
体調不良かなと、勝手に心配してました🙏💦 季節の変わり目、お身体ご自愛ください🫶 もう、涙涙涙でした~🥹 次回の💙💛のいちゃラブ、楽しみです💕笑 そして、魔王はどんな思いだったのかな?とちょっとしんみりもしました😂